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白翼ブートキャンプと天才魔女

 とぼとぼと魔法学園の寮への帰途につく。

 なんでこう、わたしはやりすぎてしまうのか……。

 いや、ちょっと鍛えてあげようと思っただけなのだ。わたしだってお母様にあの百倍は食らってたし、そんな変な修行ではないはずだ。たぶん、恐らく。それに、「人間こういうことができる」っていう天上の高さを教えれば具体的目標ができる。それだけでも今後の伸びは違うんじゃないかなあって……。


『まー元気だせよ』


「うっさい……はあ、なんでこうなるのかしら」


『なんでって、そこで不思議がるお前が不思議だよ。剣術バカや武術バカは俺も見てきたが、あそこまでガチになる奴なんてめったに居ねえぞ』


「滅多に、ってことはちょっとはいるんでしょ」


『ま、そうだな』


「はーあ……マイノリティは寂しいわね」


 帰る際、馬車は遠慮させて貰った。わたしが悪いとはいえ、あの態度の急変はちょっと切ない今日はもう良いや……お肉買って、ぽちちゃんに癒してもらおう、そうしよう……。そう思いながらの道すがら、数少ない友人達に出会った。男女二人連れだ。


「あら……キリアン、シャイナ、どうしたの?」


「エルカさん」


「エルカ様!」


 男の方はキリアンで、一緒にいるのはシャイナという女子学生だ。ブルネットの髪の、背の小さいおっとりとした雰囲気の女の子。確か二年後輩だったから14歳のはずね。引っ込み思案だが、珍しくわたしのことを怖がらない生徒の一人だ。昔、モンスターに襲われそうになったところを助けた縁で妙に懐かれている。


「あの……騎士団とモンスター討伐に行かれると聞いたんですが……本当ですか?」


「あー、うん、成り行きでね……」


 あ、しまった。

 冒険者になるのを断っておいて冒険者業をしているなんて。


「あ、ええと、その……本当はあんまりやりたくないの。ただ今回は色々事情があって……」


 自分でも苦しい言い訳なのはわかっているが、弁明するしかない。


「いえ、良いんです。こちらこそ強引な話をしてしまい、謝りたかったんです」


「すみません、キリアンも人の話を聞かないところがあって……」


 キリアンもシャイナも一緒にぺこりと頭を下げる。

 あーもう良い子たちね。撫で回したい。


「んで、アンタ達どうしたの?」


「ちょっと冒険者ギルドに寄ったもので。それでエルカさんが騎士団の仕事を請け負ったって話を聞いたんです」


「あらそう」


 流石に耳聡い連中が多いわね。


「でもなんで冒険者ギルドに?」


「あ、僕らも一応、冒険者登録していますから。エルカさんには遠く及びませんけど……」


「わっ、私! エルカ様に憧れて登録したんです!」


 …………私に憧れないほうが良いと思うけどなぁ。

 一部からは蛇蝎の如く嫌われてるし。

 有事の際は顎で使われるし。

 ていうか、この二人が冒険者か……もっと前衛系というかパワー系を連れてった方が良いと思うのだけれど。


「でも貴族二人連れじゃナメられるわよ、詐欺を狙ってくる不埒者も居るんだから」


「いえ、これから仲間を集うところなんですが……学生の身で兼業でやるとなると中々仲間も見つからなくて……」


 二人共貴族っぽくない服装はしてるけど、なんていうか育ちの良さがにじみ出てるのよね。そもそもダンジョン探索なんてキツい仕事できるのかしら。マズいメシ以前に飢えや乾きに耐えなきゃいけないとか、お風呂入れないとか、学園では経験できない苦労は多いはずだ。流石に先輩としては心配ね。


「ま、変なのに絡まれたらわたしの名前出していいから。流石に専業で冒険者やるのは無理だけど、手伝うくらいならしてあげてもいいわよ」


「そこまでして頂く訳にはいきません! わたし、強くなってエルカ様に恩返ししてみせます!」


「そういうの別に良いんだけどねー……あ、そうだ、ちょうど良いものがあった」


「ん? なんです?」


 そういえば騎士団にもっていった缶詰、自分で食べるつもりだった1ヶだけ残っていた。


「保存食よ、あげるわ」


「ええっ、エルカ様から頂けるなんて……! 宝物にします!」


「宝じゃなくて、食べ物だから。後生大事にせず食っちゃって。あ、もし悪くなっちゃってたら捨ててね」


「不思議な容器ですね……? 鉄……?」


 キリアンの方は素材の方に興味があるようだ。


「ブリキよ」


「……こんなに綺麗に接合できるものなんですね、初めて見ました。一体何処でこれを?」


 うっ、流石にキリアンは鋭い。図書館司書のバイトをするだけあって知識量も豊富だ。


「ちょっと知り合いの職人が作ったのよ。中身は問題ないわ。密封されてるからナイフかなんかで蓋をこじ開けて食べて頂戴。食べたら一応感想聞かせてね」


「はい!」




★☆★




 次の日、改めてまた騎士団の詰め所に顔を出すと、それまでは居なかった中年の男がどっしりと構えていた。ブロンドのオールバックに意志の強そうな太い眉。体格もがっしりとしていて剣よりは戦斧が似合いそうな空気を醸し出している。


「おお、お嬢ちゃんが噂の羅刹様か」


「ラセツ?」


「うむ、羅刹ってのはな」「異国の赤い髪の女神です」


 ゲイルが言葉を被せて遮った。オーケー、そのやりとりでなんとなくニュアンスは把握しました。


「バルマス辺境伯の義娘、エルカ=クリュセイスと申します」


「バロル白翼騎士団団長、ガルド=ランバートだ。昨日は上役から呼ばれてて顔を出せなくてな。まあそう硬くならなくて良い。ウチの団員達を鍛えてくれたようだし感謝してる」


 ……皮肉かしら、いや、違うわね。でも謝っておくのが正解かしら。


「いえ、その……すみません、わたし熱くなるとつい、やりすぎてしまって……マーカスさん、大丈夫ですか?」


「今はまだ休ませている。君から貰ったハイポーションも効いたようで、外傷はきっちり治ったよ。体力がまだ相当消耗していますけどね」


 まあ手加減もしたし治りやすい怪我になるよう狙いはしたが、それでも安堵する。流石に若い騎士を再起不能にしたとなれば流石に夢見が悪い。


「ま、心配しないで良いですよ。本人もさほど気落ちしていませんでしたから」


「そうですか……」


「ところで、昨日貰った缶詰? という保存食ですが、1食だけ試食させて貰いました」


「あら、いかがでした?」


「……美味いですね。調理の手間もかからない。あれで数ヶ月保存できるというなら大量に買うことを真剣に検討したいです」


 あら、以外に大好評。


『だろぉ?』


「おや、杖殿の発案でしたか」


「ほう、それが開拓者の杖というマジックアイテムか……」


 ガルドが興味深そうに杖を眺めている。


『おう、よろしくな。それで缶詰の方はまだ試食分くらいしか用意できないぜ。大量に作る設備も元手もまだまだねーしな』


「そうですか……もし売り出せるようになったならば、是非お声をかけて頂きたいです」


「はい、わかりました」


 この杖も意外とやるじゃないの。

 でも商売のイロハはわからないのよね……誰かに相談してみないと。


「ところで昨日、会議は中断しちゃいましたし、どうしましょう?」


 思い出してみれば話し合いの途中で稽古をつけることになってしまい、中断されたままのはずだった。


「ああ、すみません。エルカ様がお帰りになった後、勝手ながら会議を進めさせて貰ってまして……今は具体的な行軍スケジュールを詰めていたところです」


 あ、良かった。わたしのせいで仕事が滞ってたら申し訳ない。


「え、ここに来たってことは稽古を付けに来てくれたんじゃないのか?」


 団長の何気ない一言で、ざわっ……というどよめきが騎士団の中に起こる。むしろ恨みがましい目つきで団長を睨む騎士もいるが、ガルドは涼しい顔をしている。


「い、いえ、流石に50人も御相手するのは時間がないので……」


「ふむ、まあ確かにそうだが……。だが、昨日の練習は、マーカスがお前さんの攻撃を10発を耐えたって話だろう?」


「ええ」


「それじゃあ、1発だけってのはどうだ。ぜひ、マーカスが悶絶したという突き、拝見させて頂きたい。冒険者で言えばS級相当……いや、それ以上の実力者に稽古を付けてもらうのだ、相応に謝礼は出そう。良いよなゲイル?」


「団長……勝手に話を進められては困ります」


 ゲイルは眼鏡を拭いて、眉間を揉んでいる。これ怒ってるな。


「なんだ、不満か? 騎士団初実戦を前に気を引き締める良い機会じゃないか」


「……昨日、稽古を見た人間は問題なく緊張を保っています」


「儂は居なかったんだよ……なあいいだろう? 儂だって伝説の騎士の腕前を見てみたい。ズルいじゃないかお前らばかり」


 ゲイルは、ふう、と溜息を付く。見れば、はしゃいでいる団長をゲイル以外の皆も凍てつくような視線で睨めつけているが、当の本人は気楽な様子だった。


「……では提案があります」


「じゃあ、なんだ?」


「騎士団長補佐たる私が、最初にあたりましょう。団長は最後にお願いします」




★☆★




 修練場に今日も悲鳴が響き渡る。

 そして銅鑼が鳴らされるような轟音。

 それは、肉と肉がぶつかる音だ。

 男達が横一列に整然と並んでいるが、その音が響く度に、倒れ伏していく。


「あなた、お名前は?」


「フェルディナント=ディール!」


 引き絞るような声で男は名乗る。


「うおおおらっ!!!」


 わたしが腹を拳で打つと、だぁん! という音が鳴る。

 その凄まじい音とは裏腹に、男は微動だにしない。

 遅れて、耳と鼻から血がつうっと垂れ、そしてばたりと倒れる。

 ちょっと強すぎたかな、まあ十分回復できる範囲ね、オッケーオッケー。


「次っ!」


「ポール=レコード!」


「しゃあらっ!」


 そしてまた、どぁん、という打音。


「があああっ!!! がはっ! げっ、ごほっ!」


 あら叫ぶ元気があるわね、もうちょっと強くしたほうが良かったかしら。


「ゲイル」


「……はい、団長」


 一足先に殴られ終えたゲイルが、団長の横に控えている。

 といっても顔は蒼白なまま腰を下ろしている状態だ。もっともその状態を保てるだけでもかなり鍛えている方だろう。他の団員は全員うずくまったままだ。


「人間の体って、あんな音がするのか」


「……食らってみればわかります……ぐっ……う……」


 今、ちょうど30人を超えたところだ。

 しかしこういうのって、後になればなるほど苦しいのよね。皆が悶絶する姿を見てるわけだから。団長を最後にしたのはゲイルもそれを狙ってのことだろう。


「マーカスってすげえんだな」


「ええ……期待の新人です」


「俺もあの拳を受けなきゃ駄目か」


「わかりきっていることを、聞かないでください……」


 よし、皆の期待を受けて、団長にはちょっと強めに撃っておこう。


 今日も青空の下、拳の音が響き渡る。


 ちなみにこの後の話になるが、『わたしに負けた』という悪評が広がる以上に、『全員わたしの拳を受けた』という評価が冒険者達に響き渡った。新兵ばかりの騎士団ということで舐めてかかる人間は相当減ったらしい。そんなことで感謝されても、わたしとしては「どういたしまして」とは言いにくい微妙な乙女心があるのだ。ふん。




★☆★




 寮に帰ると、管理人から呼び止められた。


「エルカさん、お手紙が幾つか来ておりますよ」


「わたしにですか?」


「ええ、5通ほど。差出人の名前が書かれていますので、ちゃんと内容を確認するように」


「はい、わかりました」


 部屋に戻り、手紙を開封する。


「……あら、これは……」


『なるほど、養子にこないかって申し出か』


 わたしに届いた手紙の内容は全て同じ内容だった。跡継ぎに恵まれず養子を探しているという貴族の家は、多いとは言わないが決して珍しくはない。特に子爵家や男爵家などで他家とのパイプの細い小さい家は特に困っているらしい。わたしが養子になると女当主になってしまうんだが……。女当主は男当主より一段低く見られるケースが多いが、それでも元辺境伯の娘というネームバリューを通せば問題ないという魂胆なのかもしれない。


「うーん……どうしようかしら……」


『なんだ、嬉しい申し出じゃねえか』


「そうだけど、文面を見ると『跡継ぎとして検討して』って話なのよ。家が再興するまでの腰掛けにしたいなんて言えるケースじゃないのよ」


「んじゃ、断る?」


「…………うーん」


「煮え切らねえな」


「だって、まだバルマス伯父様の処遇が正式に決まってないのよ。想像以上にひどい処遇になって何年も再興できないって考えたら、お話を蹴るのも惜しいし……」


『つーかまずは騎士団の仕事をこなしてからにしたらどうだ? ゲイルに話を通してる以上、養子の受け入れ先を探してるだろ』


「あー、それもそうねぇ……」


『とりあえずお返事は少々お待ちください、とでも書いて返事しとけ』


「ええー、めんどくさい」


『筆まめは損しねえぞ。良いからさっさと書けって』


「はぁーい……」


 わたしは仕方なく、紙とペンを机に出して、椅子に座り……。


「文面考えて」


『アホ』


「アホってなによあんた! こういう頭脳労働しないで何のための杖よ!」


『お前、頭脳労働を他人任せにすんなよ……しかたねーな、手伝ってやっから』


「えへへ、悪いわねぇー」


 そして何やかんやと、5通の返事を書くことができた。

 手紙を書くのが苦手なわたしとしては素晴らしい有用性を発揮してくれたのに、杖の方は妙にわたしに怒っている。曰く、他人の言葉で手紙を書くべきではないとか何とか。そうは言うが人間得手不得手があるのだ。杖は、


「……まあ、お前に限ってはペンよりも剣の方が絶対に強いしな。手紙書いたらダンジョン探索の準備もしとけよ」


 などと諦めたような口ぶりで話した。

 ……剣の方が強いって、あたりまえじゃない?


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