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ブリキと天才魔女

 結局飯屋の食事どころではなくなってしまって、わたしは仕方なく冒険者ギルドの方へとゲイル達騎士4人を誘う。こんな騒ぎが起こった以上わたしのことを調べてすぐに事実に辿り着くだろうし、いっそ自分の口でバラした方が良い。大体、冒険者ギルドの方も騎士団員にまでわたしのことを秘密にしているからこんな騒ぎになるのだ。

 結論。わたしわるくない。

 さて、冒険者ギルドは石造りのしっかりとした建物だ。冒険者どもを押しのけ……という手間をするまでもなく、勝手に冒険者達は恐怖を顔に貼り付けて逃げていく。最近の冒険者は骨がなくて困る。ともかく職員をとっ捕まえて、ギルド長との面会を申し出たらそれはすぐに叶った。


「…………はぁ」


 ギルドの上階の個室に通され、ソファーに座る。絵画とか調度品が増えたわね。儲かってるのかしら。

 だがそんな感想とは裏腹に、壮年の、黒く豊かな顎鬚を蓄えた男がため息を付いていた。目の前に座るこの男こそ、この街の冒険者ギルド長エイナスだ。荒くれ者の冒険者共を取りまとめるだけあって、現役を引いた今でも相当な強さを保っているであろう。ゲイルより一段も二段も上であることに間違いはあるまい。ま、わたしほどじゃないけど。


「しけた顔してるわねぇ」


「お前のせいじゃねえか……」


 額に手を当てて、呻くようにエイナスは言い放つ。


「あら? ケンカ売ってるわけ? このわたしに?」


「おほん、双方落ち着いて頂きたい」


「あら、申し訳ございませんゲイル様」


 あのときは怒ってつい斬りかかってしまったけど、この人は人格者なのよね。クリスの兄だなんて信じられないくらいだ。


「そういえば、あのときは大変申し訳ございませんでした。わたしもつい、怒りと悲しみに駆られて……」


「あくまで賛辞として受け取ってほしいのだが……人と戦ってるという気がしなかった」


 ゲイルは表情一つ変えずにひどいことを言う。


「ちゃんと人間の使う技ですわ」


 わたしは憮然として反論したが、エイナスが、「はっ」と笑い飛ばす。この野郎。


「ちゃんとした人間は災害指定モンスターを単独討伐などできん」


「あんた一々つっかかるわね、恨みでもあるわけ?」


「無いわけ無いだろ!」


「エイナス殿、冷静にお願いしたい」


「ぐっ……」


 ばーかばーか! 怒られてやんの! べー。


「エルカ様も、どうぞ淑女らしき振る舞いを」


「申し訳ございません」


「……しかしその話ぶりだとあんた、この嬢ちゃんの剣を受けたのか」


「ええ、まあ。男二人がかりで、凌いで逃げるのが精一杯でしたがね」


「十分だ。普通の冒険者なら、十人がかりだろうと立ち会って一瞬で勝負がつく。剣を受ける以前に記憶すら残らん」


 ゲイルの連れた他の三人がいぶかしげな目でわたしを見る。試してあげても良いのだけれど。


「チャーリー、イゴール、エイブラムス、本当だ。わたしは一切誇張していない。……それで、エルカ様、エイナス殿、具体的に教えて頂けますかな?」


「別に大したことじゃないわ。わたしの学園に現れた災害指定モンスターをわたしが倒しただけよ。えーと、名前は……」


「A級モンスターのブラッドジャガーを使役し、擬似的な太陽を創りだして独自の火炎や灼熱の魔法を操ることから『テスカトリポカ』と呼称するとギルドで決定した。ま、二匹目は居ないだろうがな」


「そうそれ、テスカなんとか」


「……その話、初めて聞きますな」


 4人の騎士団員のうち3人は目を白黒させているが、ゲイルは冷や汗をかくだけにとどまった。


「一歩間違えたらこの街は消滅していたし、それがこのお嬢ちゃん一人に解決されたなんて、とてもとても言えることじゃないのさ。あんたは王都から来たばかりだったな? 戦争のせいで手薄になったモンスター対処や、ゲリラとして国内に潜伏する魔族の対処をするって、鳴り物入りで新編成された騎士団って話だが……」


「実際はまだ人員も少なく土地感もありません。正直に言えば、上からの支援も乏しく手探りの状況だ。それゆえ……そのような重大案件を秘匿されると大変困りますな」


「俺だって秘密にしたかったわけじゃねえ、魔法学園の長と冒険者ギルドの本部長、そしてお前ら白翼騎士団の上位組織……バロル金剛騎士団の団長の間で決まったことだ。お前さんも赴任して間もないはずだし、上役からの連絡が遅れただけだぜ、多分。より詳細な記録は金剛騎士団が握ってる、そこは確認してくれて構わない」


「一笑に付したい話ですが……この子が凄まじい実力を持っていることだけは理解しているつもりです」


「ご理解いただけて幸いだ」


 ……よし、大事なところは隠せた。

 なんでわたしとギルド長と折り合いが悪いか、とか、なんでテスカトリポカが現れたのか、とか。


「ま、ひとまず理解致しました。これ以上は私の職分で知って良いのか決めかねますので、まずは上位の者に話を聞くとします。それ以降のことは、また改めて」


 ……誤魔化せてなかったか。


「で、用件ってのはそれだけか? それとも……」


「うむ、モンスター討伐案件です。先日も話したが、ダンジョンの活性化が著しいのです。これに手を打たねば相当マズいことに……」


「だから、今は人員が少ないんだ。2~3ヶ月待ってくれれば長期探索や前線から腕利きが帰ってくるんだが、今は猫の手も…………って、まさか」


 ここにいる男どもの視線が集中する。

 …………にゃんとでも鳴けばいいのかしら。




★☆★




 途中、話が長くなったので茶が入った。

 給仕をしたギルド職員がひどく怯えて、茶をこぼしたときは何故かわたしに土下座をしだした。何も取って食おうというわけではないのだから落ち着けば良いのに。


「なるほど、バロル東部の『眠らずの森』と、その深部にある『厳氷穴』にモンスターが異常発生している、というわけですね」


「うむ」


 ゲイルは仏頂面で頷く。


「……ダンジョンかぁ」


「我らバロル白翼騎士団はまだ新人の比率が高く、また人数も少ない。練度に不安がある。私や団長が指揮に徹して冒険者ギルドの応援を得られればと思っていたのですが……」


「魔族との戦争が劣勢なようで腕利きは前線に持ってかれちまって、手詰まりだったわけだ。だがお嬢ちゃんが加わるなら戦力に不安はない。まあ新人の騎士団員の心が折られないかの方が心配だな」


「うるさいわね、減らず口を叩くくらいならマシな冒険者増やしなさいよ」


「うるせえ、お前のせいで現役引退したやつだっているんだぞ」


「話を戻しましょう。探索にかかる経費は全て我々で持ちます、十分な報酬も用意しましょう。いかがでしょうか」


「ほら、手伝ってやれよ。借りは減らしてやる」


 うーん、確かに金は欲しいけど、ダンジョン探索なんてやってる暇があるのかしら。なんだかんだで時間掛かるのよねぇ……。身の振り方を考えると悠長にはしていられないし。

 と、思っていたところで、今まで会話に混ざっていなかったあいつが口を出してきた。


『良いじゃねえか、受けようぜ』


「ん? 何だ今の声は?」


 ゲイル達騎士団員もエイナスも瞬時に警戒の姿勢になる。なんだかんだ言って彼らは優秀なようだ。


「ごめんなさい。わたしのマジックアイテムです」


『すまんな自己紹介もなく』


「ほう……? 凄いですなこれは。こんな流暢に喋るマジックアイテムなど見たことがない」


 開拓者の杖は、少し自慢げに自分の宝玉を光らせる。


「おめぇまた変なことしたんじゃないだろうな」


「うるさいわね! ちゃんと学校で手に入れたものよ!」


 ダンジョンで手に入れた物は原則発見者の物だ。……が、以前の所有者がはっきりしている場合はその限りではないのだが、そういえばこの杖はどういうケースにあたるのだろう。……まあ良いか。


「危険なマジックアイテムではないと?」


「ええ、そうよ」


 ……た、多分だけど。


『俺の名前は開拓者の杖。こいつの杖だが……まあ、そうだな、保護者みたいなもんだ』


「保護者ねぇ……」


 エイナスは訝しげな様子だ。相変わらず疑心暗鬼に支配されてる男だ。


「杖殿は、参加を前向きに検討されておいでで?」


 ゲイルは流石だ。マジックアイテムと言えど見くびらず恐れず、礼儀を失わない。


『まーな。ていうかお前さん、こいつの状況わかるだろ? それを考えればどういう報酬が相応しいかわかるんじゃないか?』


「…………」


 ちらり、とゲイルはわたしの方を見る。


「彼女の方から申し出るなら話は別だが、私は人の弱みに付け込んだりエサをちらつかせて交渉するようなやり方は好みませぬ。海千山千の騎士や貴族ならばそういうやり方を取ることもあるでしょうが……」


「こいつにゃできん、と?」


「ああ、妹と同い年の子供を強請れるか」


 あらやだ、子供扱いされた。


『だがそういう遠慮は良くないぜ。こいつアホだから要求の通し方もわかっちゃいないし、強いから甘え方もロクに知らん』


「む……」


『こっちの要求は3つだ。養子でも何でもいい、魔法学園に在籍できるように身分の保証をしてくれ。2つ目は、クリスと、えーっと、なんだっけ、お前の元婚約者の名前』


「トマスよ」


『そうそう、トマス。この二人から土下座をしてもらう』


「土下座」


 ゲイルは口元を抑えた。笑いそうになったようだ。爆笑してくれてもよいのだけど。


『3つ目は金。どうだ?』


「ちょっと、あたしダンジョンに行くなんて一言も言ってないんだけど?」


「おいおい、良いチャンスじゃねえか。悠長にしてる時間あんのかぁ?」


「ぐっ……た、確かにその通りよ……」


 それに土下座は見たい。

 腕力で襲いかかるのは簡単だが、ゲイルの権力を通して土下座させるのも……。


「あ、悪く無いわね」


「だろ?」


 エイナスは非常に酸っぱい顔をしている。こいつもわたしの事情を知っているようね。どうせ平民に落とされてここから出て行くのを期待してたんでしょうけど、お生憎様!


「……よし、すべて何とかなる」


「え、本当ですか!?」


「少なくともクリスとトマスの無礼については、この件があろうとなかろうと君に真摯に謝罪すべき話です。特にクリスに対しては、私である兄が甘やかしすぎた責任があります」


「いえいえ、お気遣い頂けて幸いですわ」


「報酬金額については、モンスター討伐なので歩合制となります。一匹でも多く討伐してもらいたい」


「わかりましたわ。ええと、眠らずの森と厳氷結となると……虫と熊と骨あたり注意すれば大丈夫ね」


「お前ざっくりし過ぎだぞ……。骨って、ランクAのエレファントゾンビじゃねえか……」


「行ったことがおありで?」


 ゲイルの疑問に、エイナスが気に入らなそうに言葉を挟む。


「この女が最短レコードの持ち主だよ」


「去年暑かったから避暑にいっただけだけど」


「ひ、避暑……ですか……」


 ゲイルは力なく苦笑いを返す。


「で、いつ討伐に行くんですか? 明日? 明後日?」


「いや、騎士団の編成にまだ時間が掛かります。作戦の打ち合わせもしたいので……10日後でいかがでしょう。それで、もしよければ明日の午後に、今度は我々の騎士団の拠点までご足労願いたいのですが。ああ、もちろん使いの者は遣りますので」


「ええ、わかりましたわ」


 ウェーバー家は気に入らないが、この人に力を貸すということであれば良いだろう。




★☆★




 魔術都市バロルの繁華街のすぐ裏には職人街や工房が立ち並んでいる。

 帰りがけに、杖の頼みでその職人街に寄ることになった。ここは繁華街とは違う音に満ち溢れている。鋸が木を切る音や槌を振るう音、大きな荷物を下ろす音、そして馬のいななき。正直、ここではわたしのような冒険者の佇まいだと少し浮く。

 が、杖は気にせず様々な店を見たり覗いたりするよう促した。思えばこの職人街を見物するというのは今まで無かったことで、わたしも年甲斐もなくはしゃいで見まわってしまった。マジックアイテムを作る魔法使いを見ることは多いのだが、魔法にたよらない職人技術というのも、なかなか見てて面白い。


『ふむふむ……技術レベルは色々と下地ができつつあるな。丁度良い』


「何が丁度良いのかわからないけど、考えがあるんでしょうね?」


『おう、大体の方針は決まった。道具屋に寄ってくれ』


「……別に寄るのはいいけど、ツテなんて無いわよ。鉄の装備とかも嫌いだし」


「良いんだよ、軽く買い物するだけだ。……お、あそこなんか良いな」


 杖が示したのは、何の変哲もない職人向けの道具屋だった。工具や容器などの他、鉄板や中古の釘、ねじなどといった廃材なども売っているようだ。


『うーん、錆てんな……おい親父、もっと綺麗なのねえのか』


「へぇ? 今、お嬢ちゃんが言ったのかい?」


 図体の大きな金髪の店主がいぶかしげに尋ねてきた。


「違うわ、この杖よ」


 こんな野太い声だと誤解されるのは心外だ。わたしは杖を掲げて示す。


「すげえな、こんなマジックアイテムがあるなんて……欲しがる連中はたくさん居るぜ」


『わりいが今のところ俺ぁ売り物じゃないんでな。それより親父。ここにある鉄板よりもキレイなのはねえのか。錆びててかなわん』


「ああ、あるぜ。こないだ半端な寸法になっちまった廃材を買い取ってな……」


 店主は棚から、光沢のある薄い鉄板を持ちだして見せてきた。


「ふむ、0.3mmってところか。悪くねえな。あとは錫のメッキがありゃ問題ないんだが……」


「ああ? なんだ、ブリキが欲しいのか」


『ブリキがあんのか?』


「ああ、あるぜ。最近は珍しくなくなってきたな。軽くて便利で安い。つっても銀や銅に比べりゃくたびれるのも早いがな……。見たところ冒険者みたいだし探索の道具でも作るのかい? コップや皿が欲しいなら普通に売ってあるぜ」


『いや、ブリキの板を素材のままで欲しい。作りたいものがあるんだよ』


「へぇ? まあ良いけどよ……これでどうだい?」


 店主が改めて出したブリキの板に、杖は満足したようだった。


『よし、これで良い。買った』


「あんたねぇ、あたしの財布なんだから遠慮しなさいよ」


『倍にして返してやるよ』


「この量だと銅貨12枚ってところだが……いいや、銅貨10枚にまけといてやる。お嬢ちゃんみたいなのが来るのは歓迎だぜ」


 だらしなく店主が笑っている。わたしをただの冒険者か何かと思っているのだろうが……はぁ、ゲイルを見習ってほしいものだ。


「ま、ありがたくそうさせてもらうわ。はい」


「へい、まいどあり」




★☆★




 そうしてわたしは荷物を持ち、職人街を出て魔法学園の寮への帰路に付く。意外と時間を食ってしまって、もう少しで日暮れになってしまう。寮の門限にはまだ届かないが、夜会や晩餐会などでない限りは日没まで戻るべしというのがマナーだ。


『寮では学生も台所は使えるのか?』


「ダメよ、基本的に料理人の仕事場なんだから」


『じゃあ、料理人に金を握らせて料理を作ってもらうってのは?』


「ああ、それなら大丈夫。パーティや式典が被らなければ問題ないわ」


『好都合だな。そいつ、秘密は守れるか?』


「そりゃ人に寄るわよ。脅しつけるくらいはできるけど」


『ふーむ……まあ良いか』


「で、いい加減何をするつもりか教えなさいよ」


『そうだな……お前、瓶詰めは食べたことあるか?』


「瓶詰め? ジャムとかならあるけど……あと、わたしビールの酒粕は嫌いだからね」


『んだよ、発酵食品は体に良いんだぜ? まあ俺が作ろうとしてるのはだな……』


「作ろうとしてるのは?」


「缶詰さ」


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