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天啓を受ける天才魔女

 暗い土壁に頼りない木柱に囲まれた空間。

 そこに異様な何かを感じ取った私は剣閃を放ち、そして弾かれた。

 斬鉄も斬魂も習得した私の必殺の剣が、だ。


『がっは、ごほっ、埃くせえな、掃除してんのかァここ?』


「杖……?」


 中空に浮かんでいた杖が、からん、ころんと甲高い音を立てて地面に転がった。

 長さは1メートル強ほどで、白磁のようにのっぺりとした質感がある。だが陶器やメッキした金属、木などでないことは明らかだ。ありふれた素材でわたしの剣を防げるはずがない。そして先端には青い謎の宝玉が据え付けられている。杖が何かを喋る度に明滅している。まるでそこだけ生き物のような生々しい光だ。


『えーと、年代計測っと……。ってここ地下じゃねーか、漠然としかわかんねーな。100年後くらいかぁ……? おい嬢ちゃん、今何年だ?』


「はぁ? 何よあんた」


『いま何時ですかって尋ねてんだよ、良いだろそんくらい』


 もう一度斬った。

 今度もまた、両断することはできず、ただ杖の方が弾かれて転がっただけだ。


『あっぶね! 何しやがんだよ手前よぉ!』


「何よあんた……」


「ぐるるるるる……!」


『ちっ、畜生! メスメルシステム始動、フレイムミステリィス召喚! あのガキを止めろ!』


 そう杖が叫んだ瞬間、杖の宝玉から5体のゴーストが現れた。

 本来ゴーストとは、モンスターや小動物の霊魂が昇天することなく現世にとどまり、魔力を糧に動き続けるもののはずだ。こちらへの攻撃力……というよりも生物への干渉力は弱いが、こちらからの攻撃も効きにくい。だがこの杖が呼び出したと思しきゴーストは火炎を纏っていた。何処か違う。


「へぇ、ゴーストやスピリッツの亜種かしら、初めて見るわ」


 現れた瞬間に雄剣で三体を切り払い、二体を雌剣で叩き伏せた……が、殺しきれていない。炎の残り香が鼻孔に漂う。両断した箇所がすぐに繋がり元通りの体になる。


『なんで除霊魔法無しで霊魂を斬れるのかは知らねえが、除霊対策はしてある。効かねえよ。ま、殺しはしねえから剣を降ろしな。話をしよう』


「ゴーストだけじゃないわねコレは……。火炎そのもの?」


『さあてどうだろうな』


「……霊魂とは違う……砂みたいな、細かい何かが動いてる。実体ね」


 見極めた。

 ゴーストと思わせたのはダミーで、あくまで霊を使役して盾や鎧として使っているだけだ。本体は炎を放っている、眼に見えないほどの小さな何かの粒。斬魂のような対心霊攻撃では倒せない。

 また力技では駄目だ。ひとひらの羽毛よりも軽やかに、踊るように。だが、音よりも速く。


「クリュセイス流鏖殺双剣奥義……音絶」


 没我の境に思考と魂を落としこむ。筋肉が弛緩する。肉体が水になる。あるがままの形を取る。剣を振る形。音の形。音を超える剣というありえない形。だがそれが形となる。今だ。掴んだ。わたしは剣を振る。

 わたしの剣が炎の幽霊の正体を捉え、そして切り捨てた。


『ああああー!? マジかよ、おい……なんでナノマシンが斬れるんだよ……』


「今よ! ぽち!」


「わんっ!」


 ぽちの双頭が杖を咥え込んだ。よーし良い子良い子。




★☆★




『俺、犬とか苦手。ていうか何? なんで頭2つなんの?』


 ぽちのヨダレでべとべとになったのが不満のようだった。棒っきれのくせに。


「いいでしょそのくらい。もう一度聞くわよ。何よあんた」


『恐ろしいガキだな……。わかったわかった、話す。俺が悪かった、許してくれ」


「素直にそうすれば良いのよ」


『ふう、命拾いした……』


 私は部屋に転がっている木箱に敷物を敷いて腰掛けて杖の話を聞いた。

 その杖は、自分を開拓者の杖と名乗った。


「呼びにくいわね」


『ま、ただの杖だからな。正式な品番もあるんだがそれで呼ばれたくねーし、「おい」とか「おまえ」とか、そんなんで良いんだよ』


「あんた、魔法の杖、なの? マジックアイテムにしては魔力を感じないというか……でも喋ってるし……」


 喋る機能のついたマジックアイテムというのは確かに存在する。

 が、大体は鳥の囀りを鳴らしたり、「おはようございます」や「いらっしゃいませ」といった定型句を繰り返すだけだ。魔法学園に在籍していてもそうした道具を見るのは稀なはずである。


『基本的にはマジックじゃあないからな』


「はあ? あんたがマジックアイテムじゃなかったら何なのよ」


『いろいろだ』


「……壊すわ」


『からかってるわけじゃねーよ! なんで手前そんな血の気が多いんだ!』


「ならちゃんと話しなさい」


『まあ上手く話せねえんだよ。人間は何で出来ている?って聞かれてどう答えられる? 上手く答えられねえだろ。それと一緒よ』


「……それもそうね」


『んで、今は何年だ?』


「覇元暦852年よ」


『……前回眠って150年ってところか。ふむ……。この場所は?』


「バロル王立魔法学園の地下迷宮。あんた自分のいる場所もわからないわけ?」


『……地下迷宮? 地下倉庫じゃなくて?』


「なんか魔力やら何やらの吹き溜まりになってモンスターが出るようになったんだって」


『なるほどねぇ……』


「じゃ、あたし帰るわ。ぽちー、帰りがけにデザート食べましょうねー。ビッグバイパー探しましょっか」


「わふっ!」


『え? あ、おい! ちょいちょい! なんで帰るの?』


「なんでって、仕事終わったからよ」


『俺は? 俺どーすんの!? 封印解いたんでしょ!?』


「知らないわよ、斬ったら出てきただけよ」


『持ってけよぉ! お前責任取ってくれよ!』


「面倒くさいこと言うわね、あたしは忙しいのよ!」


『忙しい? だったら俺ぁ役に立つぜ』


「……そうね、あたしの剣でも斬れない棒ともなれば使い道はあるわね」


『……別に俺を棍棒扱いした所有者が居なかったわけじゃないが、女のガキに言われたのは初めてだ。が、俺の価値はそんなところじゃあない』


「へぇ、ふかしてくれるじゃない。あんたに何ができるっていうの?」


『よくぞ聞いてくれた。俺は所有者に栄光と破滅をもたらす、その名も呪わしき開拓者の杖。この世界に変革をもたらしてきた』


「あっそ」


『なんだよつれねーな。マジだぞ』


「変革とか呪いって胡散臭いのよ、具体的に何してきたわけ?」


『直近の成果としては、教育制度だな。初代学園長を支援して魔法学園を作った。160年くらい前の話だ』


「はぁ?」


『その名も高き、黄金律の魔女マルグリッテは俺が育ててやったのさ。まあ色々あって俺を封印することになっちまったが』


「誰よそのマルグリッテって。初代学園長なんて知らないわよ」


『お前自分のところのトップくらい覚えとけよ! この学校の人間だろぉ!?』


「そりゃ今の学園長ならともかく古い人なんてわたし知らない」


『くそう、このゆとりめ……。剣も魔法も人間辞めてるレベルのくせに頭はポンコツとは、酷い話もあったもんだ』


「……魔法のスペック?」


『ん? 魔女だろお前? お前が学校の研究員か教師かは知らんし、なんで剣も振ってるのかも知らんが、ただとにかく魔力量が半端じゃねえ。この世界にそれなりに長く居るが、お前みたいなのは初めてかもしれんな』


「…………」


『いや、その若さでここまで剣と魔法に優れる奴が教師ってのも考えにくいな。講演を頼まれたS級冒険者とか、そんな話か?』


「…………ないわよ」


『え?』


「魔法! 使えないわよ!」




★☆★




 寮の管理人に、無事探索を終えた旨を報告して寮の部屋に引き下がった。

 中庭にぽちを預けて寮に入り、談話室を横切る。わたしを見た瞬間、後輩たちが悲鳴を上げて逃げていくか一切の動きを止める。本気で呼吸を止めていたようでわたしが去った後にばたりと倒れる音が聞こえた。まったく、この学園の寮生の格も落ちたものだわ。わたしが来たばかりのころはまだ骨のある人が居たのに。


『……おめーボッチだな』


 部屋に戻った途端、減らず口を叩かれた。


「うるさいわね、暖炉の火かき棒にしてやろうかしら」


『まあそう言うなよ。つーか200度程度の低温じゃ俺は傷ひとつ付かん。話の続きをしようぜ。魔法使えないっておかしくねえか?』


「…………別に良いじゃない」


『俺はこの通り杖だ。秘密は守るし、それ以前にお前が他人に売っ払うか捨てるかしない限りは他人と話す手段もねえ』


「……ま、別に秘密でもなんでもないんだけど」


 わたしは昨日の授業のことを交えて、魔法を使っても何故か暴走して酷い結果になることを説明する。杖は、「なるほどなるほど」などと相槌を打ちながら聞いている。


『……つまり、魔法の方が耐えられないんだな』


 わたしはこのとき、自分の魔法下手について生まれて初めて意見らしい意見を聞いた。


「ちょっと! どういうことよ!」


『別に複雑な話じゃない。大雨で川に水が溢れたらどうなる? 氾濫するだろ。暖炉の火が強すぎて絨毯に燃え移ったらどうなる? 火事になるだろ。それと同じことだ』


「……そんな話、聞いたことないんだけど」


『普通はありえんからな、そんなこと。ここまで魔力量が強すぎる人間なんて何十年……いや、何百年に一人生まれるかどうか……。他に質問は?』


「もっと説明しなさいよ! 普通に魔法使えないのは治るの!? 治らないの!?」


『うーむ……』


 ぶんぶんと杖を揺するが、この杖は何の痛痒も感じないようだった。

 斬るか。


『お前殺気漏れてる』


「あらやだ、はしたなかったわね。で、どう?」


『解決方法は幾つかある。魔法制御を何十年も修行すればお前はこの国で一番の魔女になれる。これが一番真っ当な方法だな』


「何十年も修行してたら宮廷魔術師の受験年齢オーバーするでしょ! 次!」


『んだよお前、そんなに強いのに宮仕えしたいのか? もう一つは……お前が使える魔法を発見するか開発するのさ』


「…………魔法の開発?」


『たとえば普通の人間の魔力量を1、平均的な魔女の魔力量を10とする』


「ふんふん」


『普通の魔法の魔力消費は、その範囲に合わせて合わせて0~10くらいに収まるように設定されてるわけだ。だがお前の魔力量は100……いや、1000くらい? もっとか? とりあえず滅茶苦茶多い』


「なるほど」


『多すぎて、コントロールできる範囲が200から1000くらいなんだよ。ピントが全然ズレてる。頑張って弱くしても100くらいの強さになっちまう。魔力を飲水に例えると、普通の人間は水差しからコップに飲水を入れるが、お前はでかいバケツしか使えない。だから魔法を唱えても破綻する。わかるか?』


「…………おお!」


 こんな理解しやすい説明は初めてだった。

 長年の疑問が、こんなにも簡単に溶けるなんて!


「わかったわ! つまり最初から100を使う魔法があれば私は魔法を使えるってことね!」


『そういうことだ。火の玉を出そうとして溶岩を出しちまうなら、最初から溶岩を出す魔法を作っちまえばいいのさ』


 天啓が降りたような気分だった。


「じゃあじゃあ! 魔法ってどうやって作るの!?」


『え、いや、それは……うーむ……』


「なんでそこで口ごもるのよ」


『……死ぬからだ』


「はあ?」


『魔力を膨大に消費する魔法を作るってのは難しいんだよ。少しでも調整を失敗すると魔力が消費しつくされて死んだり、対象範囲や効果を間違って死んだり殺したり。今では通常に扱われてる魔法すら、開発中には失敗して死んでもいい生贄を大量に用意した上で作られた。魔法ってのはそういう歴史の上に成り立ってる。お前の魔力に叶う魔法を作るとなると生贄が千人……いや、万……』


「却下」


『そうしてくれると助かる。俺も流石に寝覚めが悪い』


「もっと常識な話をしなさいよ!」


『うーむ、魔封じの首輪を使えばいけるかもしれんが……』


「なにそれ? 聞いたことがないわ」


『奴隷の反逆防止用の首輪だ。これをはめると魔法が使えなくなり、首輪をはめた人間を主人とした強制服従の呪いが掛けられる。だが自分で自分の首にはめれば魔法禁止だけがかかるし、お前レベルの魔力なら完全に封じ込めることができずに、ちょうど良い具合に力をセーブできるかもしれん……』


「いいわねそれ!」


『……が、俺の以前の所有者が「こんな人道に反するものを使ってはいけない」と言ってな、一級禁呪指定がなされた。貴族であるお前が首輪を知らないってことはその法律は今も有効と思っていいだろう。もしかしたら製作技術そのものが遺失したかもしれん』


「ぬか喜びさせんじゃないわよ! あんたみたいなポンコツ放り出したって良いのよ!」


『い、色々考えてんだよ落ち着け!』




★☆★




 その後も幾つか提案がなされたが、『途方もなく時間がかかる』、『とんでもなく金がかかる』、『命がけ』の3つに分類できた。なんて使えない。


「ったくもう……」


『でもよぉ、なーんでまた宮廷魔術師なんぞに成りたいんだ? お前の実力がありゃ、もっと楽で稼げる仕事あるんじゃねーの? まだ現代のことよくわかってねえけどさ、俺も』


「死んだお母様に約束したのよ、宮廷魔術師になるって」


『…………そうか』


「それに、実家が没落して幼馴染に婚約者取られて笑われて……あの連中を見返すには権力しかないわ。剣は好きだけど、その腕で身を立てたところで何よ、わたしそういう泥臭い野蛮人と一緒になりたくないの」


『お前色んな人をケンカに回すようなセリフ言うなよ怖いから』


「良いじゃない別に。骨のある奴ならケンカも歓迎よ」


『…………十分にお前野蛮人じゃ』


「なんか言った?」


 ぎらりと睨めつけると、杖の宝玉は弱々しく明滅する。ふん。


『いえ、何も……。それじゃあ、婚約者を取り戻したいってのがお前の目的か?』


「あ、別にそれは良いわ。別に未練ないっていうか恋愛してたわけでもないし。とにかく吠え面かかせてやりたいわけ」


『……ふむふむ。つまりは、「母との約束を叶えたい」、「恨みを晴らしたい」ってことだな?』


「その通りよ」


『なんでえ、初めっからそう言えよ。それならやりようはあるってもんだ』


「胡散臭いわねぇ……」


『何処がだよ』


「大体、なんであたしの手助けしようってつもりになってんのよ」


『俺ぁ道具だぜ。使われてなんぼよ』


「そんなもんかしらね」


『色々と目的は無いことも無いがな。ま、よろしくたのむぜ相棒』


 からかうような調子で杖は答えた。わたしにこんな減らず口叩ける奴は、珍しい。売るのはやめておいて、もう少し持っててやっても良いだろう。


次はまた来週あたりに

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