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杖と出会う天才魔女

 三人はほうほうの体で逃げていった。


 足手まといを連れていたとはいえ、現役騎士二人にしてはまったく手応えがない。

 我がクリュセイス流鏖殺双剣の前には、トロールを倒した程度で良い気になる腕など児戯に等しい。人も、魔物も、形なき物も、敵を選ばず殺し尽くす必殺の剣だ。しかし他の親族は誰もこの剣を使えることができないというのに、誰かに伝授する前にお家断絶になるとは。母様からせっかく教えてもらったものが途絶えるかもしれないと思うと悲しくなってしまう。やはりいつか結婚して、自分の子供に伝授するしかないのかしら。でもこの状況、この境遇では結婚もまた遠い夢のように思えてしまう。


「申し訳ございません、管理人様……まさか、トマス様に捨てられ、幼なじみには嘲笑されて、悲しくって、悲しくって……!」


「悲しいのはわかります、ミス・エルカ。ですが……」


「はい……」


「それは、10人もの生徒の部屋が壊されねばならないほどほど辛いことだったのですか」


「はい……」


「はいじゃありません」


「ごめんなさい……」


 私の戦いの余波で、剣閃は扉を裂き、渡り廊下を突き破り、部屋をえぐった。

 怒りのあまりで剣先が鈍ってしまった。母の技量ならば扉を切らずに向こう側の人間だけを切るくらいならできたはずなのに。なんて未熟者。自己嫌悪に陥ってしまう。


「いえ、その、ちゃんと人がいる場所は避けたんですが……」


「確かに、被害の大きさに比べて怪我人は居ませんが……」


 今の寮の管理人は、40がらみの女性だ。恰幅がよくどこか優しそうな印象がある。魔法を駆使する魔女の寮生を束ねる以上は彼女自身それなりの技量を持つ魔女のはずだが、剣士の戦いを見るのは初めてだったのかもしれない。どこか呆然としている。


「話には聞いていましたが、ここまでひどいとは……」


「あの、それで、私達どうすれば……」


 巻き込まれた部屋の生徒が、おずおずと尋ねてきた。


「仕方ありません、友人の部屋に泊まらせてもらうか、共同の談話室を使うか…………あ、いや、ミス・エルカ。あなた、部屋をこの子達に提供しなさい」


 うっ……それは嫌だ……ならば……。


「わかりました管理人様。ではわたし、彼女らの召使として働きますわ。わたしの部屋ならばわたしが勝手を知っておりますし」


 年下と思しき生徒は、思い切り首を横に振っている。いやです、やめて、まきこまないで、みたいな懇願の目でわたしを見ている。じゃあワガママ言わないわよね貴女達?


「か、管理人さん! あたし友達の部屋に泊まるから大丈夫だよ!」

「あたしも、あたしも!」 「私談話室がいいなー、旅先で宿に泊まってるみたーい!」


「あらそう……?」


 と、管理人は不思議そうに寮生たちを見た。

 ごめんね後輩たち、怖がらせてしまって。


「ええと、その、それで……管理人様……」


 何卒寛大なご処分を期待するのですが……。


「今すぐ修理費を出せとは申しません。魔法の失敗や事故に備えた修理の積立金がありますし。ですが罪は罪として罰を負っていただきます。罰の内容は後ほど決めますので、放課後に管理人室に来なさい」


「はい」




★☆★




 色んなトラブルがあって午前中全部が潰れてしまっていた。

 私は急いで魔法学園の、魔法実習を行う教室へと向かった。


「や、やあ、エルカくん。来たんだね……」


「はい、今度こそ成功するように頑張ります」


 中年の教師はやや肩を落としたような風情で授業を開始した。


「さて、以前も言ったように魔法制御演習の授業は、魔法の効果範囲や対象、威力の増減など細かい制御を目的としたものです。たとえば要人護衛やミスの許されない儀式儀礼、回復魔法を更に細かく制御した特定の病気治療など……数多くの利点があるため、宮廷魔術師試験を受けるためには必須の講義ですが……」


 ちらり、と私の方を見る。


「いいですね、卒業には必須ではありません。卒業には必須ではありません」


 ちっ。


 あらやだ舌打ちしちゃったわ、はしたない。


「で、ですが、意気込みがあるのは大事ですね、それでは実習を進めて行きましょう」




★☆★




 実習の内容は簡単だ。


 火の玉を20m先の的に当てるとか、周囲の温度をほんの少し下げるとか、特定の相手だけにあたる誘導式の魔法の矢を放つとか。威力は一切求められない基本的な魔法の実技をおこなうものだ。


 わたしは、それが何故かできなかった。


 火の玉を出せと言われて魔法を放てば、何故か土属性の魔法と合体した超高温のマグマ球が出てきて硫黄臭と熱気と破壊をまき散らしてしまう。周囲の温度を下げろと言われたら学校一帯に真冬が到来し、園芸部と精霊魔法使いから「どうか二度とやらないでくれ」と土下座される。誘導式の矢をやろうとしたら「これ以上続けるなら先生は辞表を出す」とまで言われてしまった。


 子供の頃はなんでもできたのだ。


 さえずるような小さな魔法も、鋼のように力強い魔法も、雲のように幅広く影響を与える魔法も。5歳で魔術教本を諳んじ、6歳で地水火風全属性の魔法を扱えるようになった。威力も制御も、大人顔負け。神童と謳われ(ついでに美少女と褒めそやされ天狗になって)、父も母も喜んだ。父と母に、『宮廷魔術師になるんだ』と夢を語った。そして両親が他界し、伯父上様に引き取られた。伯父上さまからの紹介で、本来10歳から入れるはずの魔法学園に、8歳で入学することが出来た。

 だが成長するにつれて、だんだんと小さな魔法が使えなくなっていった。どんな魔法を唱えても嵐のようになってしまう。今では簡単なマジックアイテムを通してしか普通の魔法は使えないし、使ったマジックアイテムは魔力が過剰すぎて極度に消耗してしまう。新品で買うにも修理するにも、とても高くついてロクに使えたものではない。魔力は確かにあるのに、大好きだった魔法が私の手から離れていってしまう。


 今日はもう帰りたまえと先生から言われた。先生は辞表を出すこともなく、努力も大事だが休養も必要だと励ましてくれた。意外と良い人だった。




★☆★




 授業が終わって寮に帰る前に、管理人と学長に呼び出された。

 学長は恰幅が良い黒毛の男性だが、どこか冷ややかだ。太った人はどこか愛嬌を感じさせるものだが、長く魔法使いを続けた人特有の厳しい趣がある。


「……さて、お話は2つ。悪い話と、とても悪い話です」


「悪い話からお願いします」


「寮破壊の罰は、学園地下倉庫最下層までの探索です。期日は明日、メンバーは問いません」


「ええー……」


 埃っぽいし面倒くさいのよね。ま、ポチのご飯探しには良いかしら。アンデッド以外の土着のモンスターもいることだし。


「わかりました、行きます」


「……地下迷き……もとい、地下倉庫の探索を気軽に受ける君が怖いよ」


「別に、元々魔法の使いにくい場所ですしあまりハンデになりませんので。わたし、鼻の粘膜があまり強くないからそこだけ困りますけど」


「ちなみに、レコードは?」


「アシスタントの犬を付けた以外、わたし一人で19層まで5往復」


「20層と19層において出現モンスターは変わりない。特にボスといった存在もない。ただしマジックアイテムの目録が未整備なので何があるかはわからない」


「わかりました」


「普通の冒険者の腕では、パーティを組んでも最下層どころか15層すら踏破できないんだがな……まあ、それは良い。もっと悪い話をしよう」


「……はい」


「君のご実家が大変なことになっているようだね」


 知ってるなら遠回しな言い方してんじゃねえよ陰険デブ。


「ええ、それが何か」


「君の入学は、バルマス辺境伯の推薦があってのものだった」


「推薦人が居ないと私は不適格だと?」


 おう魔法使うぞコラ。どうなるかわたしにもわからねえぞ。


「落ち着きたまえ」


「落ち着いていますが?」


 わたしの言葉を意に介さず、学長は話を進めた。


「わが校は、貴族の教育を担うという職責を負ってきた。バルマス辺境伯の処遇について裁判の結果が出るまでの間は、まだ君は貴族ではあるが……。もし重い処分をなされて君にも身分の剥奪が起きた場合は、退学ということもありうる」


「はい」


「ウェーバー家からの養子の申し出を蹴ったようだが、今ならまだ撤回もできよう。また、他の家に身分を保証してもらうのも良いだろう。だがそうした身の振り方ができないままで居ては学園としても困る。それに、今年の学費の方の支払いは辺境伯ではなく君が払わねばならないことも忘れないように」


「……近いうちに結論を出します」


「よろしい」


 うっさいわクソ。

 内心で毒づいていただけのつもりだったが、多分わたしの怒りには気付かれていただろう。青い顔をしていた。まあ、私の目を見て言ったことだけは褒めてあげる。




★☆★




 次の日は大地の曜日なので学園は休みだ。

 青い空の下、心地よい風が学園の中庭を撫ぜる。こんな日はどこか遠くへ行きたい。皆が気ままに過ごす日に陰鬱な地下に潜らなければいけないなんて、わたしってなんて不幸。だがやるべきことをやらねば宮廷魔術師なんて夢のまた夢だ。

 中庭には様々なペットがいる。サラマンダーや河童、シルフやピトフーイなどどれも愛くるしい顔をしているが、やはり一番はわたしの犬だ。


「ぽちー、おいでー」


 寮の中庭で私は愛犬の名を呼んだ。


「ばうっ、わん、わん!」


「今日は地下倉庫に行くわよー、ゴブリンたくさん食べて良いからねー」


「きゃうん、きゃいん!」


「スケルトンは、めーよ? わかる? アリゲーターはごちそうだから、食い過ぎちゃダメだからねー」


「わん! わふっ!」


 ぽちは私の愛犬だ。しっぽを振って両首とも使って私の顔を舐めてくるのでくすぐったい。大きな体をしていながら甘えん坊で困ってしまう。ぽちは双頭の犬で、左側がグレートデーンで右側がドーベルマン。意思はどことなく共通しているようで、わたしは二頭ではなくあくまで一匹として扱っている。魔法使いは使い魔を使役することが多いので、ペットに寛容なのだ。私は魔法で召喚したわけではないので正式な使い魔ではないが、ぽちは心強いパートナーだ。


「それじゃ、いきましょうか」


「わんっ!」




★☆★




 魔法学園の地下倉庫。


 通称「学園地下迷宮」。


 土壁と木の柱で囲まれ、ところどころ魔力の灯火がついている。人工の形状でありながら有機的にモンスターを生み出す謎めいた場所。

 本来は図書館の地下空間に作った、蔵書やマジックアイテムの倉庫として設計された場所らしい。そこに高い魔力をもった人間が出入りし、マジックアイテムや魔力結晶などのアイテムを入庫・出庫するという行動によって魔力が蓄えられ、自然発生的にできてしまったダンジョンだ。最下層は20層。様々なモンスターが自然発生するため、こうして定期的に討伐しなければいけない。……わたしが入学したことに寄ってダンジョンの危険度が増したなどという口さがない噂をする者が居るが酷い言われようだ。証拠がないものはわたしは認めない。ともかく、わたしエルカにとっては手慣れた仕事だ。今回は罰として潜っているが一応の報酬は約束されているし、ぽちの餌代も浮く。意外と大食らいなのだこの子は。


「とうっ!」


 クリュセイス流鏖殺双剣は基本的に1対多を想定した剣術である。剣はサーベルを好むが直刀でも可能だ。右手の雄剣は速く鋭く、左手の雌剣は重く熱く、その基本にして奥義を如何にして極めるかが重要である。右と左は他人。妻と夫は他人。だがどこかで繋がれねばならない。自分が多であり一であることを極めることで……。


 雄剣が中空を瞬断する。


 何か半透明の体のようなものが霧散し、声なき悲鳴をあげて消えていく。

 このように、形なき敵を寸断することも容易だ。


「またゴーストか、ケチくさいわね……ウチのぽちちゃんのご飯どーすんのよ!」


「わふっ、わふっ」


「良い子ねーぽちちゃん、もうちょっと待っててねー……しかし敵がちょっと変わってきたじゃない。あの嘘つき学長」


 19層までは手慣れたもので、3時間ほどで踏破した。ぽちの背中に乗ればなんてことはなかった。20層はまだ地図が不明瞭なため、自分でマッピングして学園に売るくらいの気持ちでなければいけない。


「でもゴーストやウィルオウィスプなんてやる気ない敵を斬ってもつまんないのよね……。やっぱり人間、肉斬らなきゃダメよ肉」


「わんっ! わんっ!」


 ぽちとの冒険は楽しい。


 だが、それだけで一生を終えるのは、まっぴら御免だった。


 『宮廷魔術師になる』という母との約束。伯父上の没落。婚約者を奪ったクリス。伊達男などともてはやされながら結局は婚約者を見限ったトマス。

 わたしが全てを捨てて冒険者を選べるほど図太い人間だったら、それで幸せだっただろう。わたしが全てを受け止められない弱さを持っていたら、それはそれで折り合いをつけて平民にでもなって、そこそこに生きていけたであろう。あるいはもう少し賢かったら、何か良い案が思いついたかもしれない。記憶力や戦いでの判断力には自身があるが、賢さという点では決して褒められたものではなかった。クリスには、よくその点を指摘されていた。あなたは知識はあっても知恵がないのね、と。だから、愚かなら愚かなりに何かを諦め、甘んじれば良いはずだった。


 だが、ダメだ。


 自分の中に滾る熱い血がそれを許してくれなかった。


 剣を振る時だけは無心になれた。迷宮探索は丁度良かった。


 だが、このままで良いはずがなかった。


 そのとき、何か異様な気配を捉えた。いや、逆だ。気配を捉えられなかったことが異様なのだ。何かがある。悪霊のような自己主張の激しい敵ではない。死んでいてなお動いているのではない。死体があるのではない。死体が、さらにまた死んでいるような……恐ろしく静かな気配。わたしはこんなもの、初めて見た。


 地下20層、何もない部屋。目の前の空間。


 19層までの狭苦しい間取りとはまったく違う、ただ広いだけの部屋。


 間取りが違うだけだ。そのはずで、何もない。


 それだけなのに、わたしは恐怖した。


 何かがある。であるのに、何もとらえられない。


 これに比べればゴーストの隠形などは表通りの吟遊詩人に等しい。


 いや、敵のかすかな気配さえも切り裂くクリュセイス流鏖殺双剣に負けはありえない。そのはずだ。そうであらねばならない。


「……ぽち、何かあったらすぐ逃げなさい」


「きゃうん!」


 ぽちちゃんは良い子だ、こんな問いかけをして否と答えないはずがなかった。


「……そうね、一緒にやりましょう」


 気息を整える。


 不自然なまでに気配が何もない空間があるということは、そこに何かが居るということだ。わたしでなければ見つけられたかどうか。どうすべきか迷った。迷ったなら、斬らねば。


「やあっ……!」


 必殺の剣閃が、空間を斬る。


 ぐにゃり、と世界が歪んだ。


 そして甲高い金属音が鳴った。腕が、剣閃を弾かれた反動で腕がぐわりとたゆむ。こんな痺れはお母様の剣閃を受け止めて以来だ。


『ぐわっ、いてえ! なんだ、何事だ!? なんで封印が解かれた?』


「わ、わたしの剣で……斬れない……どういうこと……?」


 ゆがんだ空間から現れたものは、極めて無機質な杖だった。

 その杖が、わめいている。

 わたしには何がなんだかわからなかった。


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