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新天地と天才魔女

すみません、更新遅れました;


 結局わたしは、騎士団の詰め所に泊まることとなった。


 簡素なベッドに机がひとつ棚がひとつ、そして窓がひとつあるだけのこじんまりとした部屋だ。花が一輪活けてあるのは誰の計らいだろう。男世帯にしては気が利いているとは思うが、それでも今の自分の状況を考えればあまりなぐさめにもならない。別にわたし自身としては、粗末な寝床やあるいは野宿をするにしても耐えられないわけではない。その程度で体力が奪われるほどヤワな鍛え方はしていない。が、愉快か不愉快かはまた別の話だ。


「あーもう、死ぬほど面倒くさい!」


『にしては食が進んでるじゃねえか』


「食わなきゃやってらんないわよ!」


 意外と詰め所のご飯は素朴ながらも美味しかった。眠らずの森に入った時も思ったが料理人の腕が良い。街の料理屋や貴族の抱えた料理人の作るものとはまた違った味わいがある。お酒は出なかったが。


「ま、どうせ濡れ衣だから変に考えこんでも仕方ないしね。とりあえず学校の方も忙しく無いし、騎士団の仕事でもしながらこの先どうするか考えるとするわ」


『この先……というと、養子のこととかか?』


「そのへんはゲイルや騎士団長に任せるわ。それよりも魔法よ魔法!」


『あー……』


「ともかく普通の魔法が使えるようにならないことには宮廷魔術師の道だって開けないんだからね。何とかするしか無いわ」


『……ふむ』


 杖は思案げに呟く。


『学校を卒業したら、旅に出ないか?』


「旅? どこへ?」


『そうだな……エルフの隠れ里とか探さないか?』


「なにそれ? お伽話じゃあるまいし」


 わたしが聞いた限りでは確か神話上の存在だったはずだ。

 人間に魔法をもたらしたとか何とか、そういう話を信じている学者も居るが、大体は推測の域を出ない。むしろ学究の場よりも、子供の寝物語に出てくる方が多いだろう。


『馬鹿野郎! エルフは実在する!』


 ギラついた光を輝かせて杖が叫んだ。うるさい。


「えー、何よいきなり本気になっちゃって」


『俺の持ち主にこれを何度も何度も言ってきたけど、どうして誰も信じねーんだよ! ちゃんと実在するんだよエルフは! 耳が尖ってて! 金髪で! 美男美女ばっかり……ってわけではないけど、歌と魔法と弓が得意で! 人間の国が広がって大陸の端っこや離島に追いやられたけど居るの!』


「そ、そうなの……よくわかんないけど、わかったわ」


 全く理解できないけど、とりあえずこの話題に触れるとこの杖はキレるらしい。


「でも、なんでエルフを探そうって話になるのよ」


『あいつらは人間よりも魔力がかなり大きいからな。俺がエルフと最後に会ったのは七百年以上昔の話にはなるんだが、その時点で相当強い魔力を制御する方法があったし大規模な魔法開発の実験場なんかも存在してた。今もちゃんと魔法開発の技術を持っているかは怪しいところだが……。だが少なくとも、こないだ提案したような魔法の開発やマジックアイテムに頼る方法と比較すれば安全なはずだ。それにエルフの話だけじゃない。旅は……』


「旅は?」


 わたしが相槌を打つと、杖はぼんやりと光ったまま押し黙った。


「何か言いなさいよ」


『……その、笑わないか?』


「今のわたしの状況でギャグ言われても笑える心境じゃないわね」


『とにかく真面目に聞いてくれって話だ』


「わかったわよ、ちゃんと聞く」


 と、わたしが言ってもまだ杖はもじもじしていた。どれだけ生きてるかわからないけど妙に人間臭いのよね、こいつ。


『なあエルカ。この街を出て旅をして、ヒーローにならないか?』


「はあ?」


 突然何を言ってるのだこいつは。


『別に大した意味じゃない。旅に出て……たとえば、悪党に困ってる村人を助けたり、世の中が狂っちまうくらい強いモンスターと戦ったり、あるいは誰も言ったことのないダンジョンを冒険したり、誰もできなかった難行を果たして見せたり。……ああ、ついでにその道中に上手いもん食ったり、美男美女と遊んだりしても楽しいかもな』


「……ふうん?」


『そんな生活を、してみねえか? お前ならできるって思うんだ』


「……あんたさー、意外と子供っぽいのね?」


 妙に冷静かと思えば、子供っぽい夢を語る。不思議な杖だ。そんな荒唐無稽な夢――とは言いたくなかった。何でも知っている癖にこんな思いを抱えてるというのは、ちょっと格好良くもある。ていうかわたしなら実際できるし。


『笑うなっつったじゃねーか!』


「別に笑っちゃいないわよ」


 窓から夜空を見上げる。

 空はわたしの苦境など知りもせずに、星々が煌めいている。

 雲ひとつなく、明日もきっと暑くなるだろう。


「今まで、そういうことをしたことはなかったの?」


『結果的に英雄になった奴もいる。国や社会に何か良い物をもたらそうと、努力し続けた奴もいる。ただ……』


「ただ?」


『皆が皆、成功したわけじゃない。正しいことをしようとして空回りしたり、人に恨まれたり……幸せに導いてやれなかったり』


「まあ、そういうこともあるでしょうね」


「だから、普通に、当たり前に、シンプルに、弱気を助け悪をくじくヒーローってのに憧れてるのさ、ずっと』


「……そっか」


『やっぱり、子供っぽいか?』


「そうね……でも、夢ってそんなものじゃない?」


 わたしが宮廷魔術師を目指したのも子供の頃だ。

 子供っぽいとか、子供っぽくないとか、あるかもしれない。

 それに微笑むことはあっても、嘲笑うことはしたくない。


「ま、今の状況が解決したら旅をするのも悪くないかもね」


『そうだろ?』


 杖は、何処か満足そうにやわらかな光を放つ。


 わたしもこういう話は嫌いじゃない。




★☆★




「状況は不利です」


 次の日、ゲイルに会議室に招かれ、開口一番に言われた。


「なんでよ」


『おい、不機嫌が顔に出てるぜ』


「うるさい」


「ま、そう思うのも仕方あるまい。ただひとまずゲイルの話を聞いてくれ」


 ガルドがなだめる。仕方ないわね……。


「蒼盾騎士団があなたを犯人として狙う理由がわかりました。問題は、ホーンエレファントの質なのです」


「質?」


「あまりにも完成度が高過ぎることがネックになっています」


 ゲイルは頷きつつ答えた。


「あれだけ大きく、見事な物を作るためには常人の魔力では決して不可能なのです。ビロードのように滑らかな琥珀で骨を覆い、様々な天然石で装飾をする。自然に生成されるものではなく、かといって生半可な腕の魔女や魔法使いには作ることは出来ない。可能だとするならば……」


 あ、嫌な予感がする。


「一人は、魔術博士アルマン=エルザード」


 因縁深い名前が出てきた。だが、その男は……。


「今、ここには居ない男です」


「知ってる。クローナ島に左遷されたわ」


 クローナ島とは、貴族の保養地……という名目の島流し先である。

 魔法学園の教師陣や研究員、または宮廷魔術師、騎士団といった組織の要職についていた人が公式な罰を受けると、その責は本人のみならず家に飛び火する。そのために「家に被害が及ぶのは避けたいが、本人が罰を受けたということは示したい」というケースのために設立された場所だ。

 そしてアルマン=エルザード。わたしが騙されて実験に付き合わされ、テスカトリポカを生み出す原因になった迷惑極まりない男。こいつもいつか殴るリストに入れたままついぞ殴れないでいる。



「そうなると、アルマン=エルザードの指導を受けた人間で、かつ、大きな魔力を持った人間が候補に挙げられる。その筆頭が……」


「冗談じゃないわ! そんなことできるなら学校だってとっくに卒業してるわよ!」


『まあそうだよなぁ。だが……』


 杖が意味深な言いよどみをする。


「なによ」


『こじつけてでも捕らえようっつー目論見があるなら、ちょっとやそっとの反証があっても無視されちまうだけだ。違うか?』


「……いえ、違いません」


「え、なに? もしかしてハメられてるってわけ?」


 いくら貴族といえど、そこまで恨まれる覚えは……ちょっと……いや、まあ、そこそこはあるけど!


『でも解せねえ』


「……と言いますと?」


『こいつをキレさせて何か良いことあんのか?』


 ゲイルとガルドが同意の視線を杖に送る。


『人海戦術で捕まえようとしても、返り討ちにあうだけだ。よしんば捕えることができたとして被害がどれだけに及ぶか想像もつかん』


「その通りじゃな、騎士団壊滅もありえる話じゃ」


 ガルドが洒落まじりに言うが、それをゲイルが視線で咎める。

 人を猛獣扱いするのはやめてほしいわね。


「おほん……! ともかくじゃ、ここから先は事実が云々も大事じゃが、それを押し通すための政治力の問題になってくる」


「無いわよそんなもん!」


 大体、辺境伯であるバルマス伯父上が政治的な危機に陥ってるのだから八方塞がりである。


「あ、そうだ! わたしを養子にしたいって言ってた家があったはず……!」


 だがゲイルはかぶりを振った。


「……正直この状況で手助けしてくれるということはありえないでしょう。エルカ様宛のお手紙が魔法学園の方から届いておりました。中身は拝見しておりませんが……」


『お祈りメールだな』


「何よそれ」


『「この度は縁が無かったということですが今後のご活躍をお祈りします」って意味よ。今スキャンして中の文字を確かめたが全部それだった』


「……ったく頼りにならない!」


 でもまあ当然よね……わたしが養子を迎え入れる側だったらそりゃ断るわ……。


『で、どうしたい?』


「どうしたいって何よ」


『お前なら、全部薙ぎ倒して他所の国に逃げることもできる』


 杖の言葉を聞いて、ゲイルとガルドに緊張が走った。

 まったく馬鹿馬鹿しい。


『権力ってのは結局のところ金や暴力といった、人を動かすパワーに支えられている。暴力でお前に勝てる奴は居ない。……だから、一応そういう選択肢があるってことだけは言っておくぞ。選んでほしくはないし、もし仮にそれを選ぶとしてもできる限りの手加減はしてほしいんだが……お前なら、力づくで全てを黙らせることができる』


「はー…………あのさあ」


『なんだ』


「わたしはそんな野蛮人な真似したくないの。そりゃまあ何もかもかなぐり捨てればなんだってできるわよ。で、それでどうすんのよ。逃げた犯罪者ってレッテル張られたまま世直しの旅でもするの? あたしそういう自己満足な生き方って嫌い。わたしは誇り高きクリュセイス家に生まれたのよ、獄に繋がれようが死のうが生まれ変わろうが、自分が貴族って誇りを忘れるつもりは一切無いわ」


『じゃあどうする? このまま裁判を待つ?』


「だからその打開策が無いから困ってるんでしょ!」


 机を拳で叩く。

 あ、やばっ、放射状に亀裂が入ってしまった。

 ていうか建物が揺れた。


「失礼しましたわ」


『はずみで机壊すなよ……しかも綺麗なクラッキングになってる、一番修復が難しいキズなんだぞこういうの』


「ぶつくさ言ってないでアンタも何か考えなさいよ!」


『政治的なお話になると俺もどうにも弱い、すまん。せめてもう少し法治主義が進んでりゃな……これはこの国の課題だな』


 肩をすくめるような声色で杖が言い放つ。


「あんた何を他人事みたいに言ってんのよ! 実際他人事だろうけどもうちょっと神妙にしなさいよ!」


『おっと、すまんな。じゃあ真面目な話をするとしよう。あんたらはエルカを助けてくれるつもりなのかい?』


「そうですね、できる限りでは」


 ゲイルが頷く。


「……そういえば、なんでですか? そりゃまあ助けてくれるのは嬉しいですけど……」


「ひとつは、お嬢ちゃんのおかげで騎士団の功績ができたこと。だがこれはあくまで恩義の一つでしかない」


 ガルドが髭をいじりながら語りかける。

 その仕草、かなりおじさんくさい。


「じゃあなに?」


「騎士団は国に忠誠を誓っている」


「そりゃそうよ」


「ここでお嬢ちゃんが投獄されるのは国のためにならんと儂は判断した。今回の件、辺境伯が落ち目になったところに付け込んで陥れようとしている空気を感じる。ただの政治闘争でお嬢ちゃんのような実力者が不遇な状況に置かれるのは損失と言う他ない。それに……」


『それに?』


「お嬢ちゃんはカリスマだ。ウチの騎士団員はみな惚れ込んじまっている」


 ……いやだわもう。照れるじゃない。


「もちろん恋心という意味ではないが」


「あの、訂正しなくていいです、なんとなくわかってるから」


 夢くらい見させなさいよ……。


「だから、先行投資みたいなもんじゃ。儂もゲイルも別に辺境伯とは同じ派閥でも無いし敵対する派閥でもないしな。他の団員は食い詰め者の次男坊三男坊ばかりじゃ。だから自由ではあるがその分弱い」


「あー……」


 そういえば、門閥や出身にとらわれない騎士団などと聞いたような。

 逆に言えば実力重視である分、政治的に弱いということなのだろう。


「ま、そういう意味では騎士団としての利益にも叶う。他の騎士団や上役からも特にあれこれ言われてはおらん。……まあ無力と侮られているのもある。正直儂らでは限界がある」


『じゃ、どうする?』


「現状、地道に真犯人を探すしかありません」


「真犯人」


 つまり、本当にホーンエレファントを作った人間を探す、ということだろう。

 しかし何の手立ても無しにできるのだろうか。


「……まだ確証はないので詳しくは言えませんが、手がかりはあります。ですが現状の流れでは恐らくこのままエルカ様を被告とした裁判となり……それまでには間に合わないでしょう。昨日、蒼盾騎士団が引き下がったのは既にその手の工作が済んでいるためと思われます」


「……そう」


「ですが、このような横暴は騎士の一人として承服しかねます。必ず真実を暴きだしてみせます。ですから……」


 ゲイルは、わたしの目を見つめている。

 この人は、ただ職務に忠実なだけなのだろうか。

 出会ってからまださほど時間は経っていないから予想でしか無いが、この人は騎士として、貴族として、有能だろう。だがその底にあるのは、不器用なまでの誠実さだ。有能ではあっても、陰謀に勝利できる何かを持っているかというとわからない。

 でもそんな人を信じてみるのも、良いかもしれない。


「……わかりました。あなたがわたしを助けてくださると言うのなら、待ちます」


『良いんだな?』


「ま、ここのところばたばたしてたし。牢屋でも何でもちょっとばかりならおとなしくしてるわ」


「……すまない」


 ゲイルは呟く。


「でも、あんまり長くなるようなら脱獄しますけど」


「その前に、カタを付けます」


 洒落のつもりで言ったが、ゲイルは力強く頷いた。




★☆★



 魔法都市バロルは中心に行くに従って身分の高い人間が集う構造となっている。


 都市を覆う城壁周辺は、一言で言えば貧民街だ。他の地域から流れ込んできた流民も少なくはない。冒険や探索に失敗した冒険者がここで糊口を凌ぐこともよくある話だ。その貧民街からほどなく歩けば庶民街だ。明確な区別があるわけでもなく、グラデーションのように臭いや身なりなどが多少なりともまともになっていく。このあたりの宿屋からベッドで寝られるようになる。床や馬小屋で寝ずとも良い文化生活だ。まともな露店や商店が立ち並び始めるようになるし、その場しのぎではない仕事についている人間も増える。そして更に中心に近づけば、冒険者ギルドや職人街などが立ち並ぶ「やや上のランクの一般人」のエリアとなる。猥雑ながらも様々な娯楽芸能が生まれる、魔術都市の華とも言える区画である。


 そして、そこから中心までは貴族のための街だ。


 首都ネビュラに次ぐ規模を持ち、魔術学校や研究機関を擁するこの都市では様々な利害が絡みあい、領主一人の独断で運営できるようなシンプルな構造ではなくなっている。貴族達の運営する様々な行政機関、騎士団、魔術師団、王都から出向している王族や、遊学や外遊を理由に滞在している外国の賓客など、様々な海千山千のステークホルダーが割拠している。


 その貴族街の中心に近いところに、金剛騎士団の所有する建物……というより、無骨な砦があった。国旗や都市の旗、騎士団の旗が風で揺らめき、都市の中でありながらも厳格な表情の歩哨が常に周囲を警戒している。更にその建物の中に、瀟洒な調度品ときらびやかな武具が飾られた執務室がある。そこに二人の壮年の男が相対していた。二人共、身分を示す刺繍と飾りボタンのついたシャツを羽織る貴人であった。だが貴人にありがちな、だらしなく丸みを帯びた体つきはしていない。壮年ながらも決して弱々しさのない、鍛えられた体が服の下に隠れているのが見て取れる。


「ご苦労であった、ウォルト殿」


「ご苦労であった、じゃありませんよミラード副団長。命が縮みました」


 ミラードと呼ばれた、長身で禿頭の男は、ウォルトの返事に鼻白んだ。

 もう一人のウォルトと呼ばれた男は、エルカを捕らえようとした騎士その人であった。


「どうせ貴公の不遜な態度に怒っただけのことであろう、そこまでは責任が持てぬ」


「何をおっしゃいますやら。私が恨まれるのも想定の内だったでしょうに。もっとも私も年齢が年齢ですゆえ、副団長の職も家督も譲りますので最後のご奉公となったならば幸いです。しかし……」


 ウォルトは思わせぶりに言葉を濁す。


「どうした?」


「辺境伯の危機に付け込んでいたいけな少女を陥れるというのは心が痛むものですなぁ」


 ウォルトはにやついた笑いを浮かべながら嘆息した。


「わかってて言っておるだろう、アレのどこがいたいけだと言うのだ」


「別に他意はございませんとも。確かにまあ、とんでもない力を持っているまさしく化け物の類ではありましょう。ですが同時に、子供でした。化け物ですが、敵対する人間に囲まれていきなり首を刎ね飛ばすような怪物とは違います」


「化け物と怪物を区別するのはお前くらいのものだ」


 冗談には付き合わぬとばかりの冷たい口ぶりでミラードは言葉を返す。


「騎士が脅威を量るのは当然にございましょう」


「……で、今は? 捕らえてきたわけではないようだが」


「白翼騎士団が預りました。いや助かりましたよ。面倒事を引き受けてくれて」


「ちっ……まあ良い」


 ウォルトは話し相手の舌打ちや悪態など気にも留めなかった。


「して、今後はどうするつもりで? 裁判の日程もどうせ組んであるのでしょう?」


「牢へ繋ぐ」


「…………それはそれは、度を超えた蛮勇ですな。自殺願望がおありで?」


 きょとんとした顔でウォルトは尋ねた。


「一歩間違えれば死にますよ。大勢。あの娘がそこまでの屈辱に耐える理由がない。貴族としての自分と牢獄、天秤がどちらに傾くかわかったものではありますまい」


「牢といっても翠蘭宮に送るつもりだ。多少の不自由はあるがな」


「ふむ、骸火島ではないので? 翠蘭宮など脱獄しようと思えばいつでもできますぞ。あそこは名誉回復の予定がある貴族しか居らぬでしょうに」


「流石に貴族を骸火島送りになどできんわ。それこそ屈辱の極みだろうが……あそこはこの国の中でもっとも地獄に近い場所だぞ」


 苦みばしった顔でミラードは答えた。


「確かに始末に困る人間を送り込むなら最適ではあるが……バルマス辺境伯の動きを考えるとそこまで刺激はできん。翠蘭宮に入れるのは温情措置ということくらい奴にもあの娘にもわかろうて」


「まあ辺境伯の方は冷静に考えるでしょうが……ま、ともかく見守らせて頂きます」


「なにか言いたそうだな」


「いえ、何でも」


 その手ぬるさが仇となるのではないか。

 口に出すことをウォルトは控えた。


 懸念や過信、様々な思惑が交錯する中で、エルカを巡る裁判はミラードやウォルトの思惑とも、あるいはゲイル達の予想とも異なる方向へと進むこととなる。




★☆★




 結局、わたし以外の他の容疑者は見つからず、わたしが告発される流れとなった。


 そこからの流れはあっという間であった。


 偉ぶった連中が、何処か恐怖を隠しながらわたしに判決を告げる姿は滑稽ではあったが、一番滑稽なのはそれを甘んじて受けるわたしだ。全員の顔と名前は覚えておいた。最初にわたしを捕らえに来た蒼盾騎士団の団長は何故か不在で、かわりに金剛騎士団の副団長が居たが、まあどちらもわたしを捕らえる陰謀に加担してることには違いない。忘れないでおこう。それとどさくさでわたしを退学処分にした学園長もいずれぶん殴る。

 裁判においてわたしの身分は非常に曖昧なものであったが、ガルドの働きかけによって貴族としての待遇を押し通すことができた。唯一、帯剣だけは認められなかったがそれ以外の拘束は一切なく、不幸中の幸いだったと言える。

 しかし剣はなくとも無遠慮に視界に入る連中を捻り潰すのは造作も無いことだ。何度と無く蒼盾騎士団の連中と裁判官を縊り殺したくなったが、冷静に考えて辞めた。単純に怒りに任せて暴力をふるうことは両親から厳に戒められたことが一番の理由だが、それに加えて、更に2つの理由があった。ひとつは、伯父上の頼みによって。そしてもうひとつは……。


『ついたな』


「わかってるわよ」


 ぎしぎしと音を立てて、狭苦しい船室の扉が開けられる。

 むっとするほどの潮の匂い。

 高い高い青空の下、海猫が鳴いているのが聞こえてくる。


『ここが骸火島か……』


 わたしが居たのは、囚人を護送するための船だった。

 その船が着いた場所は特殊な海流に阻まれ、風と潮流を制御する特殊な魔法使いと専用の船によってのみ往還が可能となる島だ。ここには普通の人間は居ない。社会的な意味においても、能力的な意味においても。あらゆる意味でここの環境に適応できる人と、そしてモンスターだけが住む事の出来る場所だ。


「意外と空気は綺麗ね」


 わたしが粛々と連行されたのは、この島に秘密があったからだ。


「ついたぜ、外へ出な」


 護送を担った魔法使いが呼びかけてきた。

 杖を持っていること以外は、荒くれ者の船乗りにしか見えない。筋骨隆々とした浅黒い肌に顔に刀傷を付けた、妙に凄みのある男だった。その男が、船から降りるように促す。港と言うにはみすぼらしすぎる場所だった。他に停泊する船はなく、また、古びた桟橋は今にも崩れ落ちそうな有り様だ。港の先には、砦のような佇まいの建物があるだけで、それ以外は森に囲まれて島の全容がまったく見えない。


「ここから先は囚人の住む場所だ。武器は返すぜ」


「まさか囚人に帯剣が許されるなんてね」


 わたしは男から愛用の雌剣、雄剣を受け取る。

 剣と杖、そして幾つかの服や小物を持ち込めたことは意外だった。


「この島じゃ余程のことが無い限り行動の制限はつかねえ。ここで生きていくことそのものが罰なのさ」


「看守はいないの?」


「居ることは居るが、野外での囚人同士のトラブルに首をつっこむこたぁない。仮に人死が出たとしてもな」


「ふぅん」


「他の連中から食い物にされるのが嫌なら、ここから見える鼠色の建物があるだろう、あそこの牢屋に行きな。命だけは看守が守ってくれる。腕に自身があるならどこでも好きな場所にねぐらを作りゃ良い。強い奴には快適かもしれねえぜ」


「……へえー、じゃあ、今近づいてきてる連中はなに? クソみたいに小汚いんだけど看守じゃないわよね?」


 桟橋の向こう側、4人ほどのボロをまとった男がにやついた顔をしながら近づいてきた。ナイフを木の棒にくくりつけただけの槍や、ぼろぼろの刀などを携えている。喧嘩慣れはしてそうだが、喧嘩慣れ止まりだ。味気なさそうだが、ま、良いや。


「同じ囚人だな。言っておくが、俺みてえな看守を盾にしたり危害を加えた場合、即座に賞金首になるぜ。ま、新入りを狙うような雑魚とまともに渡り合えないなら長生きはできねえが」


「トラブルに首はつっこまないのよね?」


「おうとも」


 船乗りはさして面白くもなさそうに頷く。


「ストレスが相当溜まってたところなのよね、調度良いわ」


『おい、目的は忘れんなよ。翠蘭宮行きを蹴ってまでここに来た目的を』


「わかってるわよ。ひとつは伯父様のため、そして魔法を得るため、そして……」


 クリスとトマス。

 あの二人を思えば胸が高鳴る。

 燃え盛るような怒りで。

 ああ、わたしはあの二人を見くびっていた。認めよう。

 弱っちくて、頭も悪くて、そのくせずる賢くて……そしてわたしに立ち向かう勇気をもった超弩級の大馬鹿者よ。


「あの二人に屈辱を晴らすためよ。まったく、あの情報がなければベッドでゆっくり眠れたってのに……」


『穏便な罰になるところを、逆ネジかましてこの国の最底辺に来たんだ。大体暖かいベッドがあったところで、飼い殺しなんて我慢できる性格じゃねえだろうが』


「そうね」


『わかってんなら気合入れていけよ』


「もちろんよ。まずはレディらしくご挨拶といきましょうか」


 わたしは、落ちていた貝殻を幾つか拾う。指弾で弾く。

 ならず者の耳に、赤い血の華が咲いた。

 恐慌するでもなく男達は警戒の色を強めた。根性は悪くない。

 久しぶりの獲物だ。


 この日、地獄と例えられるこの島に、わたしの名前が刻まれることになる。


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