蟲使いと天才魔女
あと何話かで一章が終わります。
続いて二章を掲載していく予定です。
第二章「ああ我らが麗しき魔女の名はリタ=ヘイワーズよりも甘やかに
囚人騎士団よ凱歌をあげよ ただしイケメンに限る(仮)」を
お楽しみください。
なお章名は多分変更します。ていうか1章の名前も決めてませんでした。
エルカと、そして兄のゲイルを含む騎士団がダンジョンを探索している最中、私は人探しをしていた。
お忍びで繁華街を練り歩く。まっとうな人探しではないからだ。相手はお尋ね者……では無いのだが、それなりに危険人物で、本来ここに居て良い人間ではない。この人が、この街に潜伏していることに気付いたことはまさしく僥倖だった。魔法学園における彼の足跡や研究内容の詳細を調べるという任にあたっていたことが幸いした――いや、不幸だったのかもしれない。まさか、この街から追い出されたはずの彼にもう一度会うことができるとは。
私は通報することはせず、敢えて協力的な態度を取った。別に私個人としては恨みは無かったし、得る物も小さくなかった。たまに物資を援助したり、逆に学業の面で相談を持ちかけたり。相手は身を隠しているので暗号めいた手紙のやりとりが主だった。
昔から、細かいことは得意だった。エルカが得意なことは全て苦手で、エルカが苦手なことは私の得意分野だ。繁華街などに出入りする際、庶民のふりをすることをエルカに教えたのも私だった。今着ている冒険者風の使い古しのマントも、そういえばおそろいだったはずだ。私が買い与えていなかったら、きっと冒険者と一悶着起こして――いや、買っても買わなくても結局トラブルは起きているのだから虚しいものだ。
「探しましたわよ」
魔術都市バロル、繁華街の一角のうらぶれた宿屋の飯場。
その声を聞き、ぴくり、と男が反応する。
みすぼらしいローブに身を包んだ、ざんばら髪のみすぼらしい男だ。だが炯々とした目、細身ながらも何処か力強い体つきは、不穏で危うい雰囲気を醸し出していた。
「……やあ。クリス君。蘇生魔術研究会の学会を始めるかい?」
「アルマン先生。ここは学園じゃありませんわ。大体なんですかその格好は」
「いつ、どこでも、どんな装いでも学会と言うのはできるとも。それにただの貧乏人の僕と冒険者の君の会話に、周りの人間も気に留めやしない」
男はからからと子供のように笑う。
奇矯で不気味ではあるが、私クリス=ウェーバーにとっては別に嫌悪の対象というわけではなかった。実際に話してみれば、これといった悪意の無い、研究欲の塊のような知識人だからだ。もっとも研究者以外の人に対してはこれといった善意を施すことも無いし、国への忠誠心もない。更に言えば悪意はないのに迷惑は顧みない。人死にが出るとしても得られるものがあるならきっと躊躇はしない。兄にとっては軽蔑の対象ともなりうるだろう。
「高等魔術の無駄遣いですわね」
「そんなことはない。完全な人避けの結界ではないし、防音や認識阻害など大掛かりな魔術でもない。周囲の人間が、ここで見聞きしたことを忘れっぽくなるだけだ」
「……大丈夫なんですの?」
「人が何かを忘れるというのは大事な大事な機能なのだよ。むしろこれ以上強い術式を使うと察知する人間が出てくる。このくらいの塩梅が良いのだ。魔法の強弱と必要な効果というのは必ずしも比例しないのだから」
「まあ構いませんけれど……」
「むしろ君の方こそ大丈夫なのかね? 結婚も近いのだろうし、こんなところまで来て良かったのかね」
「婚約者の方には腹を割ってお話致しました。ご理解いただけましたわ」
「ふうむ、理解ある婚約者がいるようで羨ましいよ」
「私のことよりも、ご自分の心配をなさってください」
「僕はここに居ないことになっているからねぇ」
「テスカトリポカの事件で島流しになったはずですものね」
この男は魔術の実験に失敗してテスカトリポカを招き、魔術都市バロルを混乱に陥れた主犯格、魔術博士アルマン=エルザード。公式な賞罰としてはもみ消されて記録には無いが、ここに居て良い人間ではなかった。
「まあ出張研究という名目での島流しではあるけど、研究は捗っているよ。運良く魔族と出会って彼らと通じることができた。こんな状況でも教鞭をとって研究ができるのだから人生は面白いものだね」
「魔族に魔法を教えているんですの?」
「うん、そのかわり僕も生徒として彼らから教わっている。楽しいよ……で、首尾のほどは?」
「論文は出してきましたわ」
「それは何より。……僕の資金源の一つがなくなると思うと寂しくもあるが、仕方のない事だ。いつまでも誤魔化せることではない。それに君が独力で発見した事実だし、君が論文を提出するのを止める権利など一切ないさ。しかし……」
「なんですの?」
「良いのかね、これはエルカくんを追い詰めるかもしれないよ?」
アルマン先生は尋ねた。
「かもしれない、ではなく確実に追い詰めることになりますわね。あの子がアレに飛びつかないはずがないもの」
「……僕はまあ、エルカ君には少々ばかり思うところはある。学園を追われることになった原因を考えれば彼女の存在もあるわけだし」
私は肩をすくめて答えた。
「何を言ってますのやら。大体、先生の蘇生実験そのものが学園からストップが掛かっていたじゃありませんか。学生達を騙して協力者を募って実験したのだから、先生が恨むのも筋違いでしょう? あの子がテスカトリポカを倒していなければ、何人もの貴族の子女が死んで先生は極刑でしたよ」
「いやはや、その通り。だがねぇ、せっかく生み出した物が消えていくのは寂しいものだよ。それがたとえ悪魔のように恐ろしい存在であったとしても研究成果ならば愛おしく思えるものだ」
「……困った人ですわね」
本当に、研究にかけてははた迷惑な人であり、それ故に天才性を秘めた人であった。エルカとはまた違う意味での才能人であると認めざるをえない。だから危ない橋であることを知りつつも、この人との縁を切らずに付かず離れずの距離を維持していた。だが今回ばかりはその距離を縮めざるをえなかった。
「ま、それは自覚しているさ。だからこそわからない。クリス君の場合は僕よりももっと筋違いではないのかね?」
アルマン先生は、ふしくれだった指で私を指し示す。
「君は何故、幼馴染をそこまで恨む?」
「別に恨んではいませんわ。嫌いなだけで。あとは死にたくないという理由もありますけども」
私は肩をすくめて答える。
「……ふぅむ、僕にはわかりかねる。何かと手伝ってくれるのはありがたいんだが」
「先生はお世話になりましたから説明したいところですが……でもエルカの件についてはご理解してもらえる説明は難しいですわ。あまり聞かないでください。私の方も、先生が魔族のスパイとして潜り込んでることにどうこう言うつもりはありません」
「ふむ、そうだね」
アルマン先生は気を悪くした風もなく納得した。研究以外のことでは人畜無害で、怒ることはまず無い人なのだ。
「そもそも陥れるといっても、あの子にとっては別に大したことでもないですし」
私は確かに、友人を陥れるような真似をしている。
だが別に、罪悪感は感じていない。ちょっとした悪戯よりは悪いことをしているとは思っているが、エルカにダメージを与えるほどではないのだから。あの子の本当の強さを知っているのは、私だ。
「へぇ、大した障害ではないと。酷いな君は。それに命に関わるかもしれないよ? 今、彼女は厳氷穴にいるのだろう」
「それが何か?」
「そこに居て潜入工作をしている魔族はそれなりの強者だし、君の罠も……」
「それなりの強者というレベルで勝てるわけないじゃないですか。先生はテスカトリポカと戦ったあの子を見てなかったんですか?」
「あのときは危険な研究資料を処分したり逃走経路を確保したりと必死でね、見てなかった。いやあ失敗だった。どうせ捕まるなら間近で見ておけば良かった」
うふふ、と先生はほくそ笑む。
「はぁ…………まったく」
どうして私の周りの男の人は、呑気な人ばかりなのだろう。
★☆★
あ、虫だ。
「えいっ」
5匹ほど軽く切り捨てた。
さすがにこの温度では上手く動けないのだろう、動きが鈍い。
『蚊ほどの小さい虫を切っ先で狙えるって意味わかんねえな……』
「何言ってるのよ、ほら行くわよ」
「わおん!」
厳氷穴の最下層に辿り着く。
そこは確かに、ゴースト達が言ったように何かを建築していた途中で放棄されていたのだろう。鉄や木などの人工物がごちゃごちゃと並んだ雑多な雰囲気が広がっている。正直見た目がよろしくない。
「……なんなんだ、お前は」
そこに、ゴースト達が言った通りの風貌の人間が居た。
黒ずくめにクナイとかいうナイフを持っている。
その黒ずくめは、出会い頭から怒気を隠してすらいなかった。
「なんなんだお前は! 虫を全て切り落とすなんて、非常識にも程がある!」
「ふーん、これが魔族? 人間と変わりないのね」
『黒扇蛾を操る魔族の桑衛族だな。黒扇蛾以外にも虫と植物の扱いに長じてる連中のはずだが……こんなところまで出張ってくるような部族じゃなかったと思うんだがなー』
「もう一人いるのか……? しかも魔族に詳しいだと……?」
杖の声を聞いて黒ずくめが警戒を強めた。この杖、人を驚かせるには良いかも。だが、わたしはあることに気付いた。この黒ずくめなんかよりも余程大事なことだ。
「あっ、あそこ! 見なさいよホラ!」
まさかとは思ったが、こんなところで出会えるなんて――!
『ほほう……これがアタリのホーンエレファントか。確かにこりゃすげえな』
黒ずくめの居る場所の更に奥。圧倒的な存在感を放っているものあった。
既にアンデッドとしては倒され事切れているが、間違いなくホーンエレファントだ。
スケールも美しさも、今まで見たことが無い程だった。
琥珀が薄くなめらかに塗られたように光沢を放っているが、それはけばけばしさを感じさせない静謐さがあった。中の白い骨がつや消しのような役割をして、しっとりと落ち着いた色合いを生み出している。また、胴体には水晶やアメジストが見え隠れし、その複雑な色と形は、まるで生きているかのような艶かしさを醸し出していた。
すばらしい、まさに芸術品だ。
と、わたし達が見とれているところにクナイとかいうナイフが飛んでくる。うざい。切っ先で弾き落とす。毒は塗られてあるわね。ナイフ使いってのは美意識が無いのかしら。
「やる気? 探索中の冒険者のはずもないし、容赦しないわよ。それと、そこのホーンエレファントも貰っていいわよね?」
「そちらこそ、逃げるなら今の内だ。剣の腕は立つようだが、ただの人間に犬のモンスター程度に我が術は破れはしない……」
しゅるりと魔族は頭巾を取る。
女の顔がそこにあった。まだ若いが、厳しさと冷静さを備えた戦士の顔つきだ。
肌が黒い。と言っても普通の人間の浅黒さとは違う、青みがかった黒い肌。
そして青白い眼。黒い肌と黒い服に身を包む中で、そこだけが明るい色彩を放っている。
「ずいぶん派手なのね。そんな明るい色の眼では、闇の中で居場所を知らせてるようなものよ」
「……そう思いたければ思えば」
くっちゃべってる瞬間に距離を詰めての横薙ぎ。
鈍い音が響く。
「……あら?」
「ぐっ……! なんて馬鹿力だ……!」
あらやだ、止められちゃった。
捕縛するための軽い峰打ちだったとは言え、速い……いや、速さではない。動きが読まれた。
「変な力を使うのね。魔法?」
「自分から言う奴が居るか」
魔族の女が剣ごと弾き飛ばそうと力を込める。込め方が上手い。
わたしが脱力する瞬間を上手く狙う。
そのとき、ぞくりと背筋を走る何かがあった。
「…………っ!」
わたしは瞬時に後ろに下がる。
「今のを避けるか」
足元には毒の尾を振りかざすサソリが居た。
森や氷穴では決して見ない種類のサソリで、あの魔族が放ったのは間違いない。
斬り捨てた。
鍔迫り合いの集中を誘っていたのだろう。心憎いリズムで攻め立ててくれる。
『お、おい、大丈夫か……?』
「ふふ……大丈夫よ」
相手はまた、無言でナイフを構えた。
勝ちを逃しながらも悔しさを見せず、焦りもない。
「虚を付くのが得意なのね、動作が読める……いや、心が読める?」
「…………」
音を立てず、魔族の女は距離を詰めてくる。
「へえ、図星ね。どういう原理かはわからないけど、その力を使って虫を操ってる? それとも、虫を操る術を応用してわたしの心を読んでる?」
『……魔力の起点は眼と耳だな。魔族の使う魔法は人間の国みたいに体系化されてないからわかりにくいんだよな……』
「なんだ、魔法なの」
『なんだじゃねーよ油断するな。お前の眼を常に見ている。多分心を読むってのは間違いじゃない。表層的な思考、体温や脈拍、筋肉の微妙な動きや重心の移動といった情報を複合して次の動作を高い精度で予測している。お前が規格外過ぎて攻めあぐねてはいるが、お前だって不意打ちされたらマズイだろう』
「はあ? その程度のことでアイツ良い気になってたの? つまんない、終わらせるわ」
★☆★
氷の世界の底で、鬼と出会った。
私は慢心していたのだろうか。
魔族連合の潜入工作部隊『黒壇』の一人として、常に慎重を期して物事を運んでいたはずだった。それとも、孤独の末に注意力や集中力といったものが摩耗してしまっていたのか。仕事そのものは、難しくはないはずだったのに。
蟲使いとしての技を使ってのモンスターの繁殖と、それによる街道の混乱。そして私の工作活動を囮としての、味方の諜報活動の支援。元々この都市に居たという人間の協力者も完全には信用できず、綱渡りをするような心持ちで仕事を進めていた。それでもほぼ9割は完遂できていたはずだった。ほぼ成功したために油断したのだ、私は。騎士団が攻め込んできた時点で、欲をかいたのだ。人間の騎士など何するものぞ、と。父や母に、それを誇りたくて――
その甘さが報いとなった。
子供の頃は、ただ無邪気に野山を駆けずり回っていた。母と同じく養蚕を手伝って糸を繰り、そして合間に友達と遊び、父から技を教わった。虫を操る技と、それを戦いに活かす技。10を数える頃には、父から「お前が男だったら」と嘆かれたこともあった。男であれば、一族の長となることも夢ではなかった。虫使いとしての天禀があると自分でも思った。だが、自分が一族を率いることはできない。女だから。
そんなとき「人間の国との戦争が長引いている」という話を魔王軍の募兵の人に聞いて、一も二も無く募兵に飛び付いた。父から受け継いだ技を活かせると思った。だが父も母も反対した。お前は村に居ろと。人との戦争なんて他人事だから、と。じゃあなんで私に技を教えたのだと噛み付き、納得する答えは得られなかった。父からは、技を活かしたいだとか、そんな自分試しの理由で戦争に言っても死ぬだけだ。甘ったれが生き残れるところではないと怒られ、喧嘩別れして。そう、いつまでも子供扱いされたことが悔しくて――
勇み足をするなと、何度も打ち据えられた。
兵隊になってからは訓練漬けの日々だったし飯も不味かったが、不思議と苦にはならなかった。いつか故郷に錦を飾るんだと、そう思えば力も湧いた。沸きすぎて、部隊の足並みを乱すことが何度もあってその度に兵長に怒られた。それでもやがては兵隊生活にも慣れて能力を認められ、ただの兵卒から工作部隊へと抜擢された日には兵長が酒を持ってきてくれた。兵長の故郷の酒はまさしく燃えるような火酒だった。兵長は、へべれけになった私をさんざんぱら笑った。本当はそれは水で割るのが正しい飲み方だ、お前は勇み足する癖を抜け、ちゃんと相手を見据えてから動くことを覚えないと――
「はあ? その程度のことでアイツ良い気になってたの? つまんない、終わらせるわ」
――死ぬことになるぞ、という言葉を思い出した。
相手の気配が変わった。
今までは様子見だったのだろう。それが伝わってくる。
蟲使いとしての技量を高めたが故に生まれた、人心を読み虚を付く心意法。それが父から伝えられた桑衛族の秘技。浄眼魔王様の直属には手も足も出ないが、それでも工作部隊の中では最も戦いに熟達していたはずだった。剣を一合合わせた程度で看破されたのは初めてではあるが、看破された上で戦うのは一度や二度ではない。その上で何度も勝ってきた。だから今も、負けるわけにはいかない。
「……桑衛族の舜心、推して参る」
「エルカよ、まあ殺しはしないわ」
逆手に苦無を構える。
相手の女が距離を詰める。
すさまじい剛剣。
左手一本で振るなどとは一切感じさせない重さだが、十分に避けられる。
右足での踏み込み。剣を大きく上に構えている。
ここまで明らかに来るとわかっていれば――
「がはっ!」
足を潰された!? バカな!?
相手の足刀がふくらはぎにめり込み骨に達した。激痛と浮遊感。
糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「心を読んで虚を付くなら、心と体を別々にすれば良いだけのことよ」
意識、視線、重心、すべてが左の剣での唐竹割りを示していたはずだ。フェイント等という生易しいものじゃない。そうしようとする意識すら読み取れるのが心意法だ。
まさかそんなことが――
「心を読む人に対しては、たとえ攻撃をしなくても意思だけで――」
右手の剣が奔った。
あまりにも速すぎてか細い糸にしか見えなかった。
ああ、畜生、こんなところで――父さん――
「…………ッ!?」
上半身を断ち切られた。
はずだった。
熱く焼ける何かが体を貫いた。確かにそれを感じた。
……だが、断ち割られたどころか、傷ひとつ無い。
いや、よく見れば、相手は一切動いていない。
幻惑の魔法でもかけられたのか。
精神攻撃や霊媒からの攻撃を防ぐ装身具は身につけている。
その手の魔法は防げるはずだし、相手は魔法を使った形跡は一切ない。
「斬ったのではないのか……今のは幻か」
「斬ったわよ、心の中だけで」
「……そんな、まさか」
「あなた、心を読みすぎて本当に斬られたと感じたのよ。頼りすぎてると嘘の剣でも本当の傷ができてしまうわ。それと、もう一つ」
「ぐっ……!」
何かを言いかけながらも、相手、エルカと名乗った女からは思考や雑念の類が全くない。様子見のつもりか――と考えた瞬間、横腹で何かが爆せた。
「がっ……ぐあ……!?」
衝撃。そして遅れてくる鈍痛。
肋骨を恐ろしい正確さで蹴られ、その勢いで鞠のように体が地面を跳ねたということに、痛みをもってようやく認識できた。あまりにも唐突過ぎて痛みを痛みと認識できない空白があった。
「蹴ろうと思ったときには既に蹴っている。斬ると思ったときには既に斬っている。考えと行動を一つの機に合わせられるならば、たとえ心が読まれても何ら不利は無いのよ」
何の気配も感じられず、身をよじることすらできなかった。
尋常な敵ならば、どんなに恐ろしい攻撃でも「いつ来るか」を察知して備えることができる。だが、この女の本気の攻撃は、いつ来るか決して悟らせてくれないというのに、その上でどれも必殺の威力を持っている。「攻撃が来る」という覚悟すらさせてくれない。
なんて恐ろしい。常に弱点を晒して不意打ちを受けるに等しい。
この女の前ではあらゆる敵が丸裸も同然のはずだ。
「読心を打ち破る方法なんて他にも幾らでもあるわよ。心を読まれたところであなたが決して避けられない速度で斬ることもできるし。殺しちゃうからやらないけど」
★☆★
「強い……ここまで完封されたのは初めてだ」
あちゃー、まだ立ってる。
気絶させるつもりだったが、なかなかの胆力の人だ。軍の人ってのはもう少しドライなものだと思ってたけど、そうでも無いようね。これ以上本気で攻撃すると殺しちゃうしなかなか難しい。流石に熊鍋の恨みだけで殺すのは後味が良くないし。畜生働きする盗賊や、同じ冒険者を狙って殺すハイエナ冒険者なら躊躇は一切無いんだけど。それに騎士団の人に引き渡したいところだし……。
「殺さないようお願いしてあげるからさぁ、降伏しない?」
「……」
「もう立ってるのもキツいでしょ。血圧が一気に下がって視界も暗いはずよ。耳鳴りもするでしょ? 蹴ったついでに血流を乱しただけだから、ゆっくり休めば直るわ」
「情けは無用」
「……仕方ない、ちょっと痛くするわよ」
『足と肋骨を折っておいてちょっとかよ』
「うっさい」
「……覚悟を決めよう。どうせ捕まれば死は免れない」
『あ、やべっ! 止めろ! 腕を切り落としても良い!』
「はぁ?」
『クソ、最初に詳しく分析しときゃよかった……いいから早く!』
「馬鹿め! もう遅いわ!!!」
魔族の女が懐から何かを――と思った瞬間、ぽちちゃんが飛び出した。相手の手首と二の腕に噛み付く。
「がるるるるるぅ……!」
「くっ、離せ……! なんだこの馬鹿力は……!」
『エルカ! あのアホ、爆破のマジックアイテムで自爆するつもりだ! 犬ッコロをこっちに戻せ!』
「そういうことは早く言いなさいよバカ! ぽちちゃん! 離れなさい!」
『エルカ! お前も身を隠せ! ここじゃ落盤の可能性もある!』
「できるわけ無いでしょバカ! ぽちちゃん!」
だが、わたし達の言葉に聞く耳を持たず、ぽちちゃんは相手の手首を噛みちぎらんばかりに相手を攻め立てる。
そして、閃光が広がった。