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厳氷穴と天才魔女

 厳氷穴の入り口付近まで、木々を切り倒しながらやってきた。


 巻き添えでモンスターを何匹か退治してしまったが、まあ良いとしよう。

 この洞窟は古代の氷の貯蔵庫だったらしい。地下に進めば進むほど冷気がたまり、やがては水が凍るほどの気温まで下がる。その低温を利用した天然の冷凍庫として、古代の王侯貴族が利用していたとのことだ。

 だがその古代の王国も滅び、人の手を離れたことによってモンスターが棲息し始めた。元々この独特の環境は魔力を溜め込みやすく、モンスターにとっても快適な環境なのだそうだ。また、そこから外へと漏れた魔力が何の変哲もないただの森を『眠らずの森』へと進化させてしまった。

 ちなみに現代では冷蔵庫という、中に入れた物を冷やすマジックアイテムが考案されている。魔法学園でそれを作って売りだそうと悪戦苦闘している変人が居るが、未だに王侯貴族すら躊躇う値段になってしまうとのことだった。


「冷蔵庫欲しいのよねぇ……ここも避暑には良いけど行き帰りがちょっと面倒なのよ」


『なんだよ突然贅沢言って。ほれ、明かりつけるぞ』


「うわっ? あんた、びっくりするじゃない」


 杖先端の宝玉が白く輝き、周辺が照らされる。かなり光量が強いのに、火とは違って温もりを一切感じさせない不思議な光だ。


「あんたこんなことできるのね。さっきは何で使わなかったのよ」


『あんまりひけらかすのも何だと思ってな』


「それもそうね。後であんた、何ができるのか詳しく教えなさいよ」


『へいへい』


 灯りを元に周囲を調べてみると、誰かが居た形跡がある。まずは足跡。そして焚き火の後やゴミなどが木陰に隠されているのを、ぽちちゃんが目ざとく見つけた。


『やはりヒトだな。モンスターじゃあない』


「骨のある奴かしら。まあ虫をけしかける程度だからあんまり期待はできないでしょうけど」


『そこかよ……まあ頼もしいけどよ』


「当たり前でしょ、ケンカで相手の強さを気にするなんて。ぽちちゃん、臭いは追える?」


「わふっ!」


「大丈夫ね、行きましょう」


 私達は厳氷穴の入り口をくぐる。

 奥から吹く冷めたい気流が頬を撫でる。外の森は湿度が高いので冷気の心地よさを味わっていたが、それはすぐに肌を刺すような厳しさへと移り変わる。

 厳氷穴の入り口は急勾配の下り坂で、下がれば下がるほど気温もそれに比例して下がっていく。5分ほど歩いたあたりで土や岩の壁が氷を含んだ壁へと移り変わり、丁度そのあたりで下り坂も終える。そこからは広間のような場所へと出る。古代の貴族が氷室として使っていた場所だ。周囲から魔力を吸収して明かりを灯す仕掛けが行きており、青白い光が氷の壁を跳ね返り複雑な色合いを生み出している。何処か幻想的な場所だった。


『氷の壁が磨いたみたいに綺麗だな。錯覚してすっ転ぶなよ』


「転ぶわけ無いでしょ。足音とか声の反響を感じ取れば大体の地形ってわかるじゃない。目をつぶってたって踊れるわよ」


『お前それコウモリとか昆虫が使う反響測定だぞ。どうして生身で使えるんだよ』


「バカね、訓練すれば誰だってできるわよ……っと、お客さんのお出ましね」


 人が入ってくる気配を察知したのだろう。わたしもモンスターの蠢きを感じる。ここは通常の生物が棲息できる環境にはない。ここを我が物顔で闊歩できるのは2種類。森を避けてここに適応した特殊な生物。そして体を無くした怨霊の類だ。


「なんだ、ハリネズミか」


 岩陰や氷柱の影から、わたしの腰くらいの身長のハリネズミが2匹現れる。

 普通のハリネズミと違うのは、体の大きさ。そして背中に生やした針だ。


『アイスヘッジホッグだ。背中に生やした氷柱を高速で飛ばして……っと、言ってる内にもうかよ!』


 どういう原理かはわからないが、矢よりも速いスピードで氷柱を飛ばしてくる。しかも何本打ってもすぐに背中から再生するので、絶え間ない攻撃にさらされることになる。普通の冒険者ならば分厚い盾に身を隠しながらじっくりと斃すか、または遠距離からの先制攻撃で斃すかの二択になる。勿論わたしは普通に斃す。七面倒臭いことはしていられない。


「ひゅっ!」


 そもそも、飛ばした後に任意で方向を変えられるならともかく、ただの直線を描く針なので訓練された剣士ならば何の問題もない。わたしは身を低くして頭から突っ込むように最短距離でアイスヘッジホッグの元へと辿り着き、雌剣で突き殺す。耳障りな断末魔が周囲に響き渡る。それと同時に、ぽちちゃんももう1匹を危なげなく噛み殺した。


「わふっ! わおん!」


『仕事が早いなお前ら……』


 アイスヘッジホッグは死んだ瞬間に背中の氷が剥がれ落ちる。本体の魔力か何かで氷柱を作っているようで、死んでしまえばただの図体がでかいだけのハリネズミだ。ちなみに身は水っぽくて味わいもなく、あまり人気はない。ぽちちゃんもあまり好き好んで食べようとはしないので噂通りマズいのだろう。


「普通よ普通。それよりも……」


 今の戦闘で、今度はもう一種類のモンスター、怨霊たちの注意を引きつけてしまったらしい。小さくも重苦しい声があたりに響いてきた。動物霊ばかりではなく、人間霊も居るようだ。


「まったく未練がましい連中ね」


「がるるるるる……!」


 不用意にぽちちゃんに近づいてきた動物霊を斬り払う。

 ウチの犬を狙うとはいい度胸してるじゃないの。

 だがわたしが斬ったのを目にしたゴースト達は、ぴたりと動きを止めてしまった。


「…………えっ?」


「なにあれ…………?」


 どよどよとざわめきを始めた。あれ、普通に喋れるゴーストも居たんだ。驚いた。でも向こうのほうが驚いてるわね。


「斬られたみたいですけど……」


「いやいや、ゴーストだぞ俺達。おかしいだろ」


「そうとしか見えないぞ」


「……こ、怖い……何なんだよアレ……化け物か……」


「ああン!? 化け物っつったのどいつだ! おい前出ろ!!!」


「…………すみません」


「前出ろっつったの聞こえねえのか! 手前ぇか!? ハッキリしろよ!?」


 まったく、自分たちだって人や動物を襲って自分のエネルギーにしてるモンスターじゃない。人を襲ってなけりゃさっさと成仏するなり消えるなりしてるはずでしょうが。自分を棚に上げて図々しいったらありゃしない。こんな連中に化け物呼ばわりされるとは、ちょっと久しぶりにキレそう。見せしめに手近なところの怨霊の首根っこを捕まえる。


「な、なんで俺らのこと掴めるんですか! ていうか俺じゃないです!」


『お、落ち着けって……な、怖がってるじゃねえか』


「ちっ……」


 杖に促されてわたしは手を話した。


「ひっ、すっ、すみませんでした」


「ロドス、大丈夫か……? あとエルシア、さっき化け物っつったのお前だろ、前出ろよ……」


「や、やめろよ!」


「良いから行けって」


「お前が不用意なこと言ったから悪いんだろ、ほら」


 何人かのゴーストに押し出されて、一人のゴーストが前に出てきた。

 ゴーストはボヤけた煙のような外見をしててわかりにくいが、明らかにバツが悪そうにして目を合わせないように視線を下げている。


「目ぇ合わせろ」


「……はい」


「あんたさぁ、人殺したことあるの」


「その……普通はモンスターの命もらうんですけど、迷いこんで死にかけた冒険者を、ちょっとやったことも……。俺も消えたくないから……」


「じゃあさあ、化け物ってわたしじゃなくてあんたじゃないの。違う?」


「……違いません」


「少なくともわたし、弱ってる人を食い物にするような真似したことないんだけど。わたしを狙うならまだ許せるわよ、でもウチのぽちちゃん狙ったわよね。弱い方を狙ったのよね」


「でも……」


「でもじゃないでしょ」


「すみません」


「それとアンタ達さぁ」


 他のゴースト達に目を向ける。気体のようにぼんやりした姿だが、だからこそ気配が伝わる。目を逸らされるとわたし不機嫌になるってわかんないかしら。


「なに? 他人のことひそひそと悪口言っておいて、こいつだけ生贄にしてやり過ごす気?」


「だ、だって、化け物って言ったのこいつだけだし……前出ろって言ったのそっちじゃ……」


「その前にあんたらもすみませんなりごめんなさいなり言えっつってんだよ馬鹿野郎!」


「ひっ! すみませんごめんなさい!」


「言われたとおりに繰り返してんじゃねえよオウムか手前ら!!!」


『もう良いよ……行こうぜ……俺見てて悲しくなってきた』


「……ちっ、仕方ないわね。あんたら、この杖に感謝することね」


 ゴースト達からはホッとしたような雰囲気が伝わってくる。

 が、不思議なことにゴーストの一人が話しかけてきた。


「あ、あの、その……ちょっとお尋ねしてもよいでしょうか?」


「何よ」


「もしかして、奥に行った人を追いかけてるんで?」


「そうだけど」


「ええ……それと私達の身の上話に付き合っては……」


「手短に言いなさい」


「あ、はい。すみません」


「その、ええと、私達、ここの氷穴の守護を命ぜられたゴーストなんです。今奥に居る人が勝手に設備を荒らしてた者で皆目覚めてしまったんです」


「……それ、初耳ね」


「普段は私達の内、数人が目覚めてる程度なのですが……騒ぎが起きて全員目覚めてしまったのです。氷穴内部の地理など情報はお渡ししますので、できれば……」


「その潜り込んだ奴を何とかして欲しいって?」


「はい」


「なんで自分たちでやらないのよ。ていうかモンスター多くない? 仕事してるわけ?」


「侵入してきた人は霊からの攻撃を防ぐ道具を持っているようで、歯が立たないんです。モンスターも……けっこう強くて……」


 ……肩を寄せあってめそめそしているゴースト達を見ると斬る気も失せてしまいそうだ。


「はぁ……あんた達のために侵入者と戦うわけじゃないけど、まあ情報貰えるなら貰うわ」


「はっ、はい、ありがとうございます!」




★☆★




 何故か、ゴースト達から聞き取りをすることになってしまった。話を早々に切り上げてパッと行ってパッと倒したほうがいいんだが、杖の方が妙にゴースト達を不憫がって詳しく話を聞くことになってしまった。


「えーと、あんたはロドスだっけ。話を纏めるわよ、黒頭巾に黒装束で、マジックアイテムらしきものを色々持ってたのね」


 ロドスと呼ばれた男……たぶん男らしきゴーストが頷く。


「はい。膨らんだ笛みたいなものと、柄に穴が開いたナイフみたいなものと……」


「膨らんだ笛?」


「ええ、笛の音がしたんで間違いないです。イモみたいな変な形でしたね」


『黒扇族のオカリナだな。間違いねえ、魔族だ。ナイフってのは苦無だな』


「クナイ?」


 杖が何か知っているらしい。こういうときは便利で助かるわ。


「ナイフの一種だ。武器って側面もあるが、剣を受けたりスコップ代わりにしたりするために肉厚に作られてる」


「へぇ。で、それが何?」


「こっちの国で使うやつは少ねえ。魔族が使ってる武器なんだが、その中でも更にマニアックな部類だな。騎士団に渡せば喜ばれるぞ、良い証拠物件になる」


「わかったわ。で、他に何かある?」


「あー……ここの照明は壊さないで貰えると……。普通は壊すのも取り外すのもできないよう結界魔法が張られているんですが、あなただとそれも無駄そうなので……」


「やらないわよ、人ん家の照明を盗むなんて不調法な真似」


『……冒険者は割とそういうことするんだがな』


「だからキライなのよ」


『いやここ人の家じゃなくてダンジョンだし……まあ良いか』


「奥にいる人も何か荒っぽいことをしてるみたいで、止めて頂けると……それと、戦うときも派手にやられると落盤の恐れもあるので……」


「……ずいぶん軟弱なのね」


「これより下の階層は、建造中に廃棄されたので……床下の配線スペースとか足が引っかかりやすいから気をつけて下さい」


「ねえ、話まだ続く?」


 冷えるしそろそろ先に行きたいんだけどなぁ。


「えっ、その、これくらいです……」


『そうイライラすんなよ、怖がってるじゃねえか。別に取って食いやしねえから、落ち着いて話をしてくれ』


「ったく、仕方ないわね……あ、そうだ。一つ言っておきたいんだけど、後から騎士が追いかけてくるかもしれないけど、襲ったらぶっ殺すわよ」


「はい、襲いません」


「むしろ除霊魔法をかけてほしいくらいなんだが……」


「えっ、騎士? 騎士が来るって? 付添いの修道士とかいないかな?」


 ゴースト達が、騎士が来ると聞いて妙にざわめきだした。


「え、なに? あんたら死にたいの?」


「我々はここを作った職人だったのですが、当時の貴族に殺されて無理やり守護霊としてここに封じられたので……。家族の安泰や報酬と引き換えだったのですが、もう家族どころか国ごと亡びましたし……」


「正直言って、ここを守る義務も義理も無いんです」


「我々が作ったので壊されたり盗まれたりは愉快ではないんですが、もういい加減成仏したいので……」


「……斬ってあげようか?」


「いっ、いえ、それはご勘弁を……」


「なんでよ」


 失礼ねそんな怖がるなんて。


『そりゃ幽霊だって斬られるのは怖いだろ、普通に考えて。騎士の中に誰か使えるやつくらいいるだろ』


「そんなもんかしらね……」




★☆★




 話を切り上げて、更に底から下層へと下がっていく。


 先ほどの広間のような場所とは違い、鍾乳洞のように天然で出来た複雑な形状が広がっている。露出した鉱物と氷のきらめきが溶け合い、複雑な色合いを形作っている。先ほどの広間も綺麗だが、見目麗しさで言えばここが一番だろう。天然の美術館と言っても差し支えないかもしれない。


「ここを作り変えるつもりだったなんて、古代の人はセンスが無いのね」


『このへんには居なかったから詳しくは知らんが、古代の国はなんでも人工物にしてなんでも手を加えるのがブームだったんだよ。滅んじまったけど』


 あっけらかんと杖が語るので、滅んだと言われてもあまり悲壮感がない。さっきのゴースト達も酷い死に方の割に妙に人間味があったわね……変なの。


「ふーん……。興味あるけど、今はモンスターが居ないか注意してよね。特に骨のモンスターが居たらすぐ教えなさい」


『そういや、ホーンエレファントとか言うのが出るんだっけな』


「ええ、そろそろ生息域ね……ただ、侵入者がいるから気をつけないと」


『なんだ? 問題あるのか?』


「問題あるっていうか……アタリのホーンエレファントを倒した後に残る象牙や骨は、かなり高値で売れるのよ」


『ほほう、詳しく』


 珍しくこの杖もあまり知らない知識のようだ。ふふん、たまにはこちらがご教授して差し上げましょう。


「普通のホーンエレファントはただの骨のモンスターなんだけど、たまにアタリがいるのよ。モンスター化するときに、周囲の鉱石や宝石を取り込んだ奴」


『……ふむ』


「琥珀とかルビーとかダイヤとか……天然の石と骨が複雑に絡み合って、すっごく綺麗なの。加工してアクセサリーに使う人もいるけど、ありのままの姿だけでもまさに自然が創りだした芸術品よ。魔族だか何だかしらないけど、横取りされるわけには行かないわ」


『倒したことはないのか?』


「あるんだけど、そのときはハズレだったわ。今度こそ良い石を持ったアタリを引ける気がするのよね……」


『……なんか気になるな。そんなのが居るなら俺が知ってないのも不自然なんだが……。ま、しかし何時の世も女も変わんねえなぁ』


「あによ」


『俺の世界の女も、光物は大好きだったぜ』


「ふん、実際見てみると良いわ。あれを見て心動かされないような人は男女問わず居ないもの……まあ、そのせいで規制が厳しくなったけど」


『規制? なんだそりゃ?』


「動物の死体をダンジョン奥に持ち込んで、あえてアンデッドモンスターを作る不埒者がいるのよ。こことかダンジョン化した廃鉱山なんかで生産しようとしたアホのせいで、何処でどう手に入れたのかちゃんと証明できないと罰を受けるわけ」


『なるほど、法治主義も進んできたな。社会が安定して良いこった』


「はぁ、わたしはもうちょっとシンプルな世の中が良かったわ」


『へっ、良いんだよそんくらいで……それより』


「わかってるわ」


 この静謐で神秘的な光景に似つかわしくない、生者の気配だ。

 向こうもこちらの接近に気付いているだろう。

 熊鍋の恨み、ここで晴らさせてもらうわよ。


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