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第二部一話 忘れられた神話

第二部です。運命に翻弄され始めた少年と少女の旅をどうぞご覧ください。

“ああ、もうっ”

 シャインは叫びそうになってあわてて口をつぐんだ。安らぎの宝玉を手に入れたシャイン達はまたラディスに戻ってきていた。クーグルの速船は兄クーグルに使われてしまい、また遅い船で何ヶ月もかけてもどってきた。幸いというかなんというか弟クーグルのおかげでレベルの高い部屋に泊まることができ、フェリアナはそれをいたくお気に召していたのだった。

 そして、ここは王立図書館である。兄クーグルが求めているという第三の聖具にまつわる記述を古代語専門のシャインが一手に引き受けていた。だが、我慢の限界というものがある。来る日も来る日も小さい読みにくい字を追っかけている間、フェリアナはいつもの妖魔退治に出かけていた。いや、いまやそれは救済活動と化していた。その活動にフェリアナは全力を注いでいた。今までの哀しみを払拭するかのように。そしてそこにはクーグルが同伴していた。シャインの見立てだとどうせ高みの見物客と化していると思われたが、自分は一人孤独な時間を過ごし、愛しいフェリアナは他の男と一緒なのだ。シャインの心に嫉妬の炎がもえたぎる。いっそ今読んでいる分厚い本でクーグルを殴りに行きたいほどだ。

 そういえば、とシャインは思い起こす。クーグル兄弟の名前も不思議だった。兄クーグルはカイル、弟クーグルはアベル。どちらも神話に出てくる兄弟の名前である。しかも兄カイルが嫉妬から弟アベルを殺してしまうといういわくつきの名前である。彼らの親は何を思ってつけたのだろう。わざわざいわくつきの名前を与えずともよいのに。聖なる力を持つ一族のことだ。何か思惑があってつけたのだろう。

 と、シャインは夢想から帰ってまた文献読みを再開した。

 一方、フェリアナは妖魔救済に今日も出かけていた。一応、クーグルがついていたが彼は高みの見物に徹していた。何もそれならついてくる必要はないのに・・・とフェリアナはため息をつく。

 これがシャインであれば一緒にこの安らかな気持ちを分け合えるのに、と思う。だが、贅沢は言っていられない。フェリアナはまた向かってくる妖魔に向かって走っていく。セフィロトの杖で一刀両断する。無数の妖魔はフェリアナの手にかかるとあっというまに、骸の山になった。そしてここからがフェリアナの本領発揮となる。フェリアナは両手を何かはさむように間を空けて手を開けると念じる。するとそこにフェリアナの体内から現れてきた安らぎの宝玉がゆらりゆらりと波のように発光する。フェリアナはただ祈る。骸となった妖魔が安らかに天に戻っていくように、と。苦しい思いから解放されるようにと。ただ優しい気持ちで願う。

 すると妖魔の体はすうぅっと薄くなり光の粉となって空気に消えていった。

 本来なら、妖魔の首を持っていって賞金にしないといけないがいまやクーグル家のうしろだてを持っている今、かせぐ必要はなかった。だが、この調子だと一生クーグルの世話になる気がして少々頭の痛いフェリアナだ。

 その救済活動も今日で終わる。王都近郊の妖魔の出没地にはすべて出て行った。そしてまた現れたとの話は聞いていない。いつか妖魔がいなくなる日が来るのだろうか・・・とフェリアナは少し希望を抱く。哀しい堂々巡りはもう終わりにしたかった。それを生業としている人々には申し訳ないが。戦いは哀しみしか産まない。戦い、報復し、また戦い、報復し続ける。相手を傷つけあう日々。妖魔とて産まれたくて産まれたわけでもないのだから。いつか人々のこころから負の感情が消えればきっともっとみな、幸福になれる。ただ、それが出来ないのも複雑な人間としての業でもある。きっと自分はずっとこうして救済活動を続けるのだろう、となんとなく思う。そしてその隣にはシャインがいて・・・。

 フェリアナはクーグルの気障な拍手を聞きながらその場を後にした。

 フェリアナの救済活動が終わったと聞いてシャインは二人を強引に図書簡に連れて行った。二人に読む本を割り当てる。だが、古代語に苦手なフェリアナは早々に手を上げてしまった。

「一抜けた」

 ぼそっと言うとフェリアナは本を投げ出してしまった。それを見たクーグルも同じように本を置く。いつもは元気いっぱい気障気障野郎だが、今日はそれもなりをひそめてしまった。

 シャインは怒って持っていた本で二人を殴ろうとしたが司書とばっちり目が合ってあわてて本を机に上においてしかたなく読み続けた。

 その間フェリアナとクーグルは紙片で言葉のやり取りをはじめた。何度か往復した紙片をシャインは取り上げて黙って読む。

“どうして光の一族のアルクの墓に闇の安らぎの宝玉の箱が入っていたの?”

 紙片にはそう書かれていた。考えてみればたしかにそうである。探しに行ったときはただ一心にフェリアナを助けたくて行ったのだが言われてみれば確かに矛盾している。考え込んでいると期待をこめてフェリアナが見つめているが答えはでない。シャインはだまって申し訳なさそうに首を横に振る。すると、ちょんちょん、とクーグルがフェリアナの肩をたたいた。そして自分を人差し指で示す。

 三人はいっせいに立ち上がった。ややこしい本を読むのは今日は終わり。とにかく目前の謎を解くのが先だ。三人は図書館を後にした。

 うだるような暑さの中、クーグルの馬車で三人は屋敷に向かう。シャインはいささか貴族風の生活には戸惑うことが多いが、フェリアナは大いに満足しているようだった。将来を一緒にすると誓い合ったわけではないが、好きになったもの同士である。一緒になることを夢見ることもあって当然であろう。だが、フェリアナの貴族嗜好を考えると流石に将来に憂いを抱いてみても仕方なかった。

 屋敷に戻ると三人は一番涼しいであろう東屋に出向いた。そこで冷たいレモネードを飲む。この点ではシャインも大いに満足していた。おいしいものを食べられればそれで満足なシャインだ。あとはフェリアナが幸せになってくれたらそれでよかった。

 でも、さーてと、レモネードをのんで喉を潤わせたシャインが口を開く。ずいぶん長いこと黙っていたため顔の筋肉がこわばっていたように感じられる。

「なんであそこに安らぎの宝玉があったわけ?」

 フェリアナの疑問をシャインが変わりに問う。

 面白そうにクーグルの目が二人を見る。

「君達はいくつの神を知っているかい?」

「創造神エンヤ、安らぎの神モイヤ、破壊神ハイヤでしょう?」

 いくら文系に疎いフェリアナにもそれぐらいはわかる。

 ちっちっち、とクーグルは気障な仕草で人差し指を横に振る。この気障な仕草は双子であっても共通のようだ。いや、双子であるが故に共通なのだろう。どうやって育てばこんなオーバーアクションになるのか、シャインとフェリアナはそっと視線を交わして会話する。そんな二人を気にも留めずクーグルは口を開いた。

「君達は混沌の神というのを知らないかい?」

「混沌?」

 二人はなんだ、それとでもいわんばかりの顔つきである。

「はじめに混沌があった。いくら創造神でも自分は造れないからね。その混沌は人の形をしていたのか動物の形をしていたのか、どんな形をしていたのかはわからない。ただ、最初に混沌があった・・・」

 まるで神話を語るようにクーグルは語る。

「そして創造神エンヤが産まれた。と同時に破壊神ハイヤも生まれた。創造と破壊は裏表だからだ。その二人から安らぎの神モイヤが産まれた」

 クーグルはそこで一度くぎって二人を見る。混沌が云々以外はともかく次の過程は言われてみたらそうかもしれないと思う。最初から三人の神がいたと二人とも思い込んでいたから意外ではあったが。

「おかしいとは思わないかい? バランスが悪いと私は思うがね」

「それもそうね・・・」

 頭がそれこそ混沌に飲み込まれそうな二人ではあったが必死に理解しようと努力している。

「実はもう一人、神がいたのだよ」

 二人はもう話を聞くしかない。何が出てきてもただ受け入れるしか道はなかった。頭はすでに飽和状態だったからだ。

「名もなき神というのがいた。きっとはじめは名前があったのだろうがそれすら消えてしまった。この名もなき神のほかにも多くの神が産まれていた。だが、結局この四神が残った。そして二対の組み合わせができた。創造と安らぎの光と闇の一対。破壊と名もなき神の闇と光の一対に・・・」

 そう言ってからクーグルはシャインの剣を指差した。

「これはどの一族に渡されたものか知っているかい?」

「闇の一族に、と私は聞いているわ。でも、光の剣が伝わるわけがないわね」

 その通り、と今にも派手な拍手をしそうなクーグルにフェリアナは耳をふさぎたくなる。幸いクーグルは拍手を取りやめてシャインとフェリアナはほっとした。

「これは創造神が英雄アルクに与えた。そして、安らぎの宝玉も与えた。なぜか・・・」

 まるで二人の反応を楽しむかのようにもったいぶってクーグルは語る。

「さっさと言えよーつ」

 シャインが殴りそうになるのをフェリアナが止める。

「光の一族と闇の一族との間に生まれたありえない人物だったからだ。当時はまだ二対の力が残っていた。それぞれ力を残すためには純血をたもたなければならなかった。だからよその血を交えることは禁忌だったのだよ。だが、その禁忌を超えたところに彼は生まれた。そして数々の偉業をなしえたのだ」

 だが、とクーグルは続ける。

「その二対の血もそれ以降交じり合って純血を保つことが難しくなった。聖なる力を古代の人々が失っていくうちにこの二対のことは忘れ去られていった。そして名もなき神の存在も忘れ去れてしまった。創造の母と破壊の父と安らぎの娘以外の神はみな忘却の河に流されてしまったのだ・・・」

「それをなぜ、あなたが知っているの?」

 フェリアナが尋ねる。

「いい質問だ。お嬢ちゃん。我が家は影の一族でもある。ちょうどフェリアナのように、ね。人々が忘れていった神話を伝承していく家系なのだよ。それを知っているのは一族でも数少ない」

「それで光の剣のことも知っていたのね。だったら、わざわざシャインのものになった剣を触らなくてもよかったのに」

 はじめてクーグルに出会った日を思い出してフェリアナが言う。クーグルはすこしそっぽを向きながら答える。

「あれは理性の範疇ではない。私の感情がそうさせたのだ」

 その表情が若々しく、いつもの屈折した表情でないのを見てシャインとフェリアナは笑う。

「そういう顔のほうが俺達はやりやすいなー」

 いつもからかわれてばかりの二人だけにここぞとばかりつっこむ。ええ、うるさいといわんばかりにクーグルは席を立った。

「若者二人で盛り上がっていればいい。私は退散する」

 クーグルが逃げ出すように東屋を出る。その様子に二人とも笑いを禁じえない。

 明るい少年少女の笑い声を背中に聞きながらクーグルは思う。

 自分もあれぐらいのときがあったのだと。そしてその若き明るい時間はもう戻らないのだと。だが、あの二人を見ていると心が洗われる。運命の元に呼び寄せられた人々が不幸にならねばよいが、とクーグルは少し案じて屋敷に戻った。



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