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第七話 新たなる旅立ち

ラディスを出て数ヶ月。やっとハディスに二人は到着した。

「会いたかったよぉ。ハディスちゃん」

 今にもしゃがみこんで大地に頬ずりしそうなシャインの首根っこをフェリアナが捕まえる。

「みっともないことしないで」

 はいはい、とそう言ってシャインはにかっと笑って白い歯を見せた。かなり上機嫌だ。フェリアナも安心したかのように微笑む。声を出して笑うことは少なかったが、安らかな微笑が浮かぶようになってシャインはうれしかった。以前のように張り付いた微笑ではない。フェリアナは普通の女の子と変わらない。ただ少し違う能力を持っているだけなのだとシャインは解釈している。

「さぁ。はりきって行こう!」

 明るい声を上げてフェリアナの手をひっぱっていく。二人は街中に向かって歩き出した。

「ふんふん、なるほど。墓地はこの辺りか」

 王立図書館で書き写した古地図を宿屋に掲示されている現在の地図を照らし合わせてシャインはうなずいた。戦いでは情けないシャインだが、こういった細かいことには向いているようだった。

「で、どこなの?」

  歴史にはほとんど興味がないが、なんとかして聖具を手に入れたい一心でフェリアナが問う。

「このあたり。馬を使っていくほうがいいな。あと発掘許可をとらないと」

 そうね、とフェリアナは答える。馬を買うほどのたくわえはないが、借りるぐらいなら出来るだろう。頭の中でフェリアナが算段する。

「お金少ないから食費減らすわよ」

 無情な台詞にシャインが情けない声を上げる。だが、こんな言い合いも今では一種のじゃれあいになっていた。お互いがお互いを確かめるような、存在確認のようなものだった。二人の絆は船での戦闘以降、ぐっと深まっていた。恋愛という要素も戦友という要素も併せ持ったやや複雑だが、彼らにとってはより望ましい形になっていた。

 馬を乗りつぶさない程度に早足をかけて目的地に向かう。途中何泊かしたが、今度はフェリアナも宿のレベルに関して文句を言わなかった。

 旅は順調に続き、目的地に到着した。宿に馬を預けると二人は早速許可を取りに役所に行った。だが、帰ってきた二人は落胆の色を隠せなかった。英雄アルクの墓地はお宝狙いのものが数多く許可を求め、よほどの事情がない限りそこへも近づくことは許されなかった。

 宿でいったん休息をとろうとシャインはフェリアナをつれて宿に戻る。彼女はこれいじょうはないぐらい落ち込み顔はうつむいていた。そのフェリアナの顔を覗き込んでシャインはいう。

「行くだけ行ってみよう。もしどうしても必要なら役所なんて無視だ!」

 明るいシャインの声にフェリアナはうつむけていた顔をやっとのことで上げる。そして微笑む。

「そうね。大義名分の前には役所なんて小さなごみよ。やるだけやってみましょう」

 そう言って二人は発掘計画を練りだした。

 深夜、二人はこっそり、窓から宿を出た。向かうところは墓地である。有名なそこは街外れの一角にあった。誰も入れないように壁がぐるりとまわっていたが妖魔退治を続けてきた二人である。かるがると乗り越えた。フェリアナがランプに火をともす。

「ようやくついたのか?」

 意外というかもう慣れてしまったクーグルの登場に二人は顔を向けた。

「どうしてここにいるのよ」

 不機嫌そうにフェリアナは言う。こんなところにまでついてきて邪魔されてはたまったものではない。

「我が家には速船があってね」

 あっさりといわれて二人は首をぐったりと落とす。

「そんなのがあったら一緒に乗せてくれたらいいだろうっ」

 シャインが文句を言う。

「あくまでも自らの手で自らの道を開くのが当然だろう?」

 確かに理屈は通っている。だが、いつも不可思議な行動をとる彼自身にはその理論は適用されていないらしい。

「まぁ、発掘の許可をもらってあげたのだから歓迎してもらいたいね」

 ちょっとぉ!と下品にも声を挙げそうになったフェリアナはその言葉を飲み込む。もしかして彼は自分たちで遊ぶためにこうしているのだろうか・・・。フェリアナはめまいを覚える。あきれてものも言えない。

 二人は明かりをそばの地面におくともうクーグルを無視して掘り出し始めた。えっちらおっちら必死に掘る二人に対して上機嫌で見守るクーグル。

「見ているなら一緒に掘りなさいよ」

 フェリアナは額に浮かぶ汗をぬぐいながらクーグルに告げる。

「私は発掘調査員、君たちは補助員。つまり私の監督下での発掘許可なのだよ」

 上機嫌に説明するクーグルの言葉にもはや反論する気にもならない。

 どれぐらいかかったろうか。かん、と道具の先が鋭い金属音を出した。二人は道具を掘り出して土を払いのけた。

 そこには古びた青銅の箱のようなものが顔を出していた。

「お骨いれじゃないでしょうね」

 フェリアナはいやな予感をおさえつつ、シャインとともにとりだしにかかった。いくらも掘らないうちに箱は取り出された。

「やったー」

 シャインが出した大声をフェリアナが制する。だが、彼女自身も小躍りして喜びたい気分だった。二人は目を合わせるとふたを開けようとした。そっとふたをはずそうとする。するとクーグルの白い手が伸びてきて箱をさらってしまった。

「クーグル!」

 二人の不平の声がクーグルに向かう。

 彼は乱暴な手つきで箱のふたを開ける。

「違う!」

 なじるように叫んでクーグルは箱を思いっきり地面にたたきつけた。フェリアナが拾いに行く前に箱はばらばらになってしまった。その中から羊紙がはみ出ていた。フェリアナが古代語専門のシャインに渡す。

八千百やちおの闇が安らぎを導くであろう」

 どういうこと? 二人は考え込むように互いを見る。書物どおりの言葉ではない。書物には『八千百やちおの闇が道を導くであろう。』とあった。道と安らぎ・・・どこがどう違うのだろう。

「来い!」

 乱暴な声でクーグルは大声を上げるとフェリアナの腕をきつくつかんだ。今まで何をしても上品に振舞っていたクーグルの変貌振りに二人とも驚愕の思いで見つめてしまった。だが、シャインがクーグルの手をフェリアナから払いのけて彼女の前に出た。

「おぼっちゃんにはもう用はない。この女をよこしてもらおう」

 あまりにも冷たい声にシャインはと惑う。上品さはかけていないがどこか無機質な感じをクーグルは持っていた。

「どうしたんだ。いつもの様子とは違うじゃないか」

「うっとおしい。こんな子供を相手にしている暇はない。ついでに光の剣ももらっていこう」

 そう言ってクーグルは懐から短剣を取り出し、それをシャインの胸に深々と突き刺した。小さな声を上げてシャインはひざまずいた。フェリアナが抱きとめる。深々と刺さった短剣を見てフェリアナは顔色を変えた。今、短剣を抜けばシャインの体から血が流れ落ち、いずれ死んでしまう。だが、放っておいても同じ。どうすればシャインを助けられるの? フェリアナは必死に方策を探し始めた。だが、再び腕がつかまれる。フェリアナはその手に荒々しく反抗した。なかなかうまくいかない様子にクーグルがいらだち始める。そこへその手に短剣が刺さった。ちぃ、と舌打ちしてフェリアナの腕を放すとクーグルは闇に消えていった。そしてそこにまた同じクーグルが現れる。

「クーグル。あなた今さっき・・・」

 あまりにも不可思議な出来事にフェリアナが驚きの声を上げる。だが、その謎を解く前にシャインだ。フェリアナはシャインの元によると彼を抱きかかえる。

 どうすればいいの? 彼の苦しみを減らすために殺さないといけないの?

 フェリアナの瞳に涙がにじむ。ぽつんとしずくが頬を伝ってシャインの額に落ちた。

 荒い息をしていたシャインはまぶたを開けるとフェリアナの頬をなでる。

「泣くなよ。俺、フェリアナにだったら引導渡してもらってもいい気がするよ・・・」

「馬鹿なこと言わないで! シャインは死なない。私が死なせない!」

 強く言うフェリアナにシャインはかすかに微笑む。

 そこへクーグルが近づいてきた。

「私が手伝おう。君はもう知っているはずだ。安らぎの宝玉の使い方を・・・」

「安らぎの・・・使い方?」

  知っているって・・・。フェリアナはあせりながら思い返す。

「あせらなくてもいい。あの言葉を思い出してごらん」

 そこまで言われてフェリアナははっとした。

八千百やちおの闇が安らぎを導くであろう』

 フェリアナはクーグルにうなずくとまぶたを閉じた。自分にあるだけの闇の一族の力をすべて出し切るように両手の中心に力を集中させる。そしてシャインが安らげるように、と。傷の痛みが癒されるように、と。ただひたすらシャインのことを想った。フェリアナの両手の間にたまっていった聖なる力はいつしか宝玉となって物質化していた。えもいわれぬ麗しさを持っている宝玉であった。見るものすべてを安らぎに導く聖具。さきほど流した涙のようなしずくともいえる宝玉。今、フェリアナはその安らぎの宝玉を手にしたのだった。だが、本人はまぶたを閉じているためまだ見ていない。ただ、ひたすらシャインのことを想っていた。大好きになった少年。いつも笑わせて、泣かせて、怒らせてくれる大事な人。

そうしてフェリアナが念じている間、クーグルはゆっくりとシャインの胸から短剣を抜いていった。よし、というクーグルの声を聞いて、フェリアナはまぶたを開けた。広げた両手の間に宝玉が蛍のようにゆっくりと波のように輝きながら浮かんでいる。

「これが、安らぎの宝玉・・・?」

 フェリアナが不思議そうに見ているとふっと宝玉は落ちかけた。あわててフェリアナが手で受ける。フェリアナの両手の上で宝玉はころがっていたが、すぐにフェリアナの体に吸い込まれるように消えて言った。

「え? ・・・・?」

 せっかく見つけ出した宝玉が吸い込まれていってフェリアナはあせる。大丈夫だ、とクーグルが言う。

「それはもう君のものだ。出したいときに出せるようになる」

 そういわれてフェリアナはほっとする。急に力が抜けて腰が動かなくなる。そのフェリアナをクーグルが支える。そこへシャインの突込みが入った。

「フェリアナに触るなーっ」

 さっきまで刺されていたはずのシャインはもう元気いっぱいで起き上がっていた。フェリアナはよかったと微笑む。シャインがクーグルの手をはなして自分の下にフェリアナを確保する。

「ありがとう。フェリアナの気持ちをたくさんうけとったよ。フェリアナを好きになってよかった・・・」

 照れることなくシャインが言って、フェリアナは闇の中で顔を赤らめた。クーグルはやってられないといった具合に肩をすくめる。

「おぼっちゃん、おじょうちゃんたちには負けるよ」

「ってお前、フェリアナに悪さしようとしていたじゃないか!」

 怒り心頭でシャインが言う。身分は上だが、すでにもうお前呼ばわりである。

「誤解しないでほしい。あれは私の兄だ」

 兄?!

 二人とも顔を見合わせて驚く。それからクーグルの顔をじっと見つめる。二人の少年少女がまったく同じ行動するのを見てクーグルはくつくつ笑う。

「笑ってないで説明しろよ」

 シャインの突っ込みにクーグルは両手を挙げてさえぎる。

「誤解しないでほしい。あれは私の兄、だ」

「誤解も何も、あれはまさしくクーグルじゃないか」

 シャインがまた突っ込む。食べ物以外では細かいことにこだわるのがシャインらしい。

「双子なのだ。私達は」

  あまりにもひどい告白に二人ともクーグルを殴りにかかる。彼はひょいっとそれを交わして守りに徹する。しかしこれで納得がいく。神出鬼没だったのは彼らが二人いてこそ可能だったのだ。

「なんで黙っていたんだ」

 むすりとしてシャインが聞く。

「お遊びに付き合わされたというか兄の野望につき合わされたというべきかな・・・」

 やや暗い表情でクーグルが言う。

「野望?」

 フェリアナが問い返す。

「我らが神・・・創造の神、安らぎの神、破壊の神。それぞれの神の聖具を集めれば千年王国が出来、死に人を蘇らせることができると言い伝えられている」

 そう言ってクーグルは切なそうな視線を夜の闇にさまよわせる。

「そんな世界つくって何がうれしいのよ」

 フェリアナが同じくむすっとして言う。

 とっくに死んだ人を生き返らせてこの世界を飽和状態にさせたいのだろうか? 意味のわからない目的にフェリアナも不機嫌になる。これ以上妖魔を増殖させるような計画に腹が立つ。

「私と兄にもいろいろあるのだよ・・・」

 クーグルが悲しそうに言う。だが、と続けて強い口調で言う。

「もう兄の所業には黙ってついていけない。いくら廃嫡とはいえ、我が家の長兄。これ以上一族の名を汚すわけには行かない。これからは私も君達に付き合おう。いたちごっこはもう終わりだ」

 強い決意の光を瞳に宿してクーグルは言う。そこへシャインの茶々が入る。

「って、俺達は安らぎの宝玉を発見したから目的は終わったんだけど?」

 いや、とクーグルは首を振る。

「兄はまた君達を襲う。その光の剣、安らぎの宝玉。この二つを奪いに来る。もう君達は運命の中に投げ出されたのだよ」

 二人はその事実の重さに黙ってしまう。

 おや、とクーグルは気障な仕草を復活させる。

「君達も深刻になるときがあるんだね」

「あったりまえだろうー」

 シャインがつっこむ。こんな大事になってびっくりしないほうがおかしい。今まで普通に生活していたのにいきなり妖魔やら剣やら・・・。すべてフェリアナに出会ったのが運の尽きなのか。いや、とシャインは思い直す。この少女に出会えたことが一番の宝物なのだ。一生守って生きたいと想わせてくれたこの少女をシャインは誰よりも想っていた。

 しかたない、とシャインは言う。

「命を救ってもらったことだし、フェリアナに安らぎの宝玉をくれたし、クーグルに付き合うよ。フェリアナは?」

 シャインが問う。

「今まで散々遊ばれたから今度は私達が遊んであげる」

 言葉と裏腹にかわいらしく答えるフェリアナにシャインは悩殺される。あまりにもかわいらしいカップルの行動にクーグルは笑いをこらえていたがついに笑い声をあげた。つられてシャインも笑う。

「どうして笑うのよ!」

 フェリアナの声が夜空に響く。だが、やがてその愛らしい唇にも微笑が浮かぶ。


 今、ひとつの旅が終わった。だが、これからまた新しい旅が始まる。


 銀のしずく 金のかがやき 第一部完


本編は三部構成です。次は二部が始まります。よろしかったらこのまま見ていただけると幸いです。

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