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第六話 遥か海の向こうに

な、長かった・・・。

甲板の上でフェリアナはぁと深いため息をついた。

あれから英雄アルクの伝承を片っ端から調べ上げ、考古学的に認められているという墓を割り当てた。フェリアナとシャインは図書館にいることも忘れて手をとりあって喜んだほどである。後ほど司書にいたい雷を落とされたが。

そして件の墓はハディス、すなわち英雄アルクの生誕地であることが判明した。が、ここで別の問題が浮上した。

 フェリアナたちがいるラディス大陸よりその大陸は遥か遠くあった。歩いていけるわけがない。そこは海の向こう側だったからだ。嫌なことに思いっきり遠い。船の渡航代はべらぼうに高い。どうやってその費用を捻出するかで二人は考え込んだ。

だが、シャインの一言「ウェイトレスで働く? それともいつもの仕事?」。この言葉で即効いつもの仕事にすることにフェリアナは決めたのだった。

いつもの仕事は順調に行き、フェリアナはウェイトレスしないで助かったと胸をなでおろした。あんな足がにょっきり出ているようなスカートで客の目を楽しませ、さらに別の仕事もこなさいといけない仕事ほど怖いものはない。フェリアナに色気というものを求めてはいけないのだ。断固としてああいう生業はしないとフェリアナは心に誓っていた。

もうすぐ安らぎの聖具が見つかるという安心感だろうか、いつも感じる胸の痛みは小さかった。それにシャインがそばにいてくれるというのが一番安心させてくれた。彼の真っ白な心に嫉妬を覚えた日もあったが、今ではそれが救いだった。彼が自分の存在を肯定してくれている限り自分も普通の人間なのだと思うことが出来たからだ。純粋な心に認めてもらうだけでもフェリアナは安心したほかのものに何を言われようと気にならなくなった。

「フェーリアナ♪」

 シャインがおんぶおばけよろしく背後から抱きついてきた。実際に好きなのかどうか告白しあったわけではないが、クーグルの屋敷で同じ思いを得たと二人とも思っていた。これも以心伝心というのだろうか。なんとなくいい雰囲気が二人の周りに漂っていた。それからシャインは妙に人懐っこくなりフェリアナに絡むことが多くなっていた。うっとおしいと思うも反対にかまってもらえてうれしいという気持ちもフェリアナにはあった。否定され続けた存在であるフェリアナにとって存在を認めてもらえることほどうれしいことはなかったからだ。

「さっさと掃除したら?」

 甲板の上での掃除の仕事を請け負っているシャインは今、まさに仕事時間だった。大量の食糧を消費する彼は働いてその金で食べるしかなかった。規定の量では収まらないからだ。

「まったねー♪」

 軽い調子にフェリアナは軽いめまいを覚えつつ部屋に戻った。

 シャインの仕事も終わった頃、フェリアナはシャインの部屋に遠慮なく入っていく。

 思ったとおり彼はベッドの上でのびていた。

 シャイン、とフェリアナが声をかける。

「話ならあとで~~~」

 情けない声が上がる。

 フェリアナはこの少年に恋したのが間違っているのではないだろうかと一瞬思う。もっと甲斐性のある男性に心奪われればよかった・・・、と思う。

 シャインが顔をうずめている枕をとるとフェリアナはぼこんとそれをシャインの頭にぶつけて自室に戻っていった。

 今回は二人とも別々の部屋だ。大陸の中で旅を続けていた折は二人とも一緒だったが、そこは暗黙の了解というものが業界にあり、別に同伴していても何も思われないのだ。だが、海を渡ってまで妖魔退治をする人間はいない。そこで妖魔退治の「よ」も匂わせないように二人別々に部屋を取ったのだ。

 今日も甲板、明日も甲板、あさっても甲板・・・。

 終わりのない、延々と続く仕事にシャインは嫌気が差していた。

 おまけに食事がまずい。たいていのものは食べられるのに船の上で食べる食事はあまりにもまずかった。それでも腹を満たさねば暴れてしまうかもしれない自分のためにこうして仕事をしているのだ。動けばよけいに腹がすくのも分かってはいたが・・・。堂々巡りにシャインは腹を立てたくなった。そんな折、フェリアナが何か言い出そうとしていたのを思い出してベッドから起き上がり、扉に手をかけた。

 そこへどぉんと大きな衝撃が船の中を突き抜けた。シャインはよろめきながらも剣を手にした。直感的に、というより反射的にシャインは部屋を飛び出た。隣室のフェリアナも飛び出てくる。目で合図しあってすぐに甲板の上にあがった。船員の制止の手を振り払って二人は船上に出た。

 目の前に巨大な海洋性妖魔がいた。それもとてつもなく大きい。奇妙な体つきで目と思しきものがいたるところについている。

 おえー、とシャインが冗談交じりでつぶやく。名を呼んでフェリアナは叱咤した。

「わかっているよ。フェリアナは下がって」

  いつもとは大違いの大人びた声にフェリアナは困惑する。余裕を持っているというか、今までのシャインとは何かが違っていた。

「半人前のあなたが退治できるわけないでしょ?」

 フェリアナが突っ込み、セフィロトの杖を手に持とうとするとシャインがするどく制した。

「手出ししたら刺すぞ」

 その真剣な声にフェリアナは息を呑む。彼のまなざしは真摯そのもので冗談でなく本気なのがわかる。今までフェリアナが先導していた戦いになぜシャインは介入すら許さないのかフェリアナには分からなかった。

 シャインは甲板の上を走っていくと妖魔に向かっていく。妖魔はたこの足のようなものでシャインを吹き飛ばす。それでもシャインは立ち上がるとまた向かっていく。やられては立ち上がる、またやられては立ち上がる。

 フェリアナは息をつめて見守っていた。

 あんなに真剣な瞳をして戦いに向かうシャインをはじめてみたとフェリアナは思った。

 だが、あのやられ方はひどい。もうあちこち服がやぶけている。血もにじんでいる。我慢にも限界がある。フェリアナは動こうとした。シャインが鋭い声で名を呼ぶ。

「手出したら刺すっていっているだろうーがっ」

「半人前のあなたが退治できるわけないでしょ!」

 フェリアナが叫んで指摘してもシャインはそれを無視した。

 何か・・・。何か妖魔の弱点になるものは・・・。

 助けを拒絶されたフェリアナは一心不乱にその妖魔の弱点を探そうとした。

 せめて少しでもシャインの助けになれば。

 妖魔の体にはたくさんのじゃのめ模様がついていた。どれが本当の目か分からない。フェリアナははっとした。それが奴の弱点なのだ。本当の目を隠すために模様がついている。

 どれが本物?

 フェリアナは必死に探す。だが、なかなかわからない。どんなに目を凝らしてもわからない。妖魔がシャインに気をとられて体が傾いた。まさしくその妖魔の頭上に探しているものはあった。

 これよ!

 フェリアナは大声でシャインに告げる。

「奴の弱点は目よ。頭の頂上についている目!」

「わかった。・・・ってどうやってそこまで飛べるんだよー」

 シャインの声が響く。

 ついにフェリアナはセフィロトの杖を出して甲板を横に走り出した。

「私が囮になるからシャインは目を狙って」

 不思議な力をセフィロトの杖から放ち妖魔を誘導する。妖魔は蜜に吸い寄せられる蝶のようにフェリアナに近づいていく。妖魔の頭上がシャインの目の前に現れる。

「今よ!」

 フェリアナの声が聞こえる。おう、とシャインは答えた。

 シャインはその目の前に現れた妖魔の目に思いっきり剣を突き刺した。断末魔の声を上げて妖魔が海に沈んでいく。

「きっつー」

 妖魔が沈んだのを確認してシャインは甲板の上に座り込む。あちこちに服は破れ、妖魔の毒に触れた箇所は紫色に変色している。

「シャイン!」

 フェリアナがかけてきてシャインの前にひざまずく。

「俺、けっこー、役に立つだろ?」

 へへ、とシャインは笑う。そして体が傾いた。フェリアナが抱きとめる。そのままうんともすんとも言わない。

「いつまで抱きついているつもり?」

 動かないシャインに文句を言うが、ただ黙ったままだ。

「シャイン?」

 もしかしてあの妖魔の毒が? フェリアナの頭に恐ろしいことが走る。ここは船の上、解毒剤は手に入らない。おまけに自分が死神だということも明かしてしまった。死神を嫌うのは街の人間だけではない船の上でも事故を起こすといういわれで嫌われている。

 どうしたらいいの?

 毒にやられてしまったシャインを抱えたフェリアナは途方にくれる。そのうちシャインごと海に放り投げられるかもしれない。すでにこの退治劇を見ていた人たちからフェリアナのことを口にしだしていた。その人ごみを掻き分けて一人の男がやってきた。この船の船長である。彼はシャインの様子を見るという。

「妖魔の毒にやられたな。うちもあいつにはいろいろ恨みがあってな。解毒剤をやろう」

 フェリアナは精悍な顔立ちの船長の言葉を驚きとともに聞いた。あの、といいたくなる。その言葉を想像したのか船長はフェリアナより早く言う。

「死神とは一種の呼び名だ。悪い奴じゃないくらいは知っている。昔、そいつと組んでいたときがあってな・・・」

 一瞬船長が遠い目をしてたがまたまなざしを元に戻す。

「さぁ、今のうちに解毒しておこう」

 船長はぐったりとしたシャインを抱き上げて船の中に降りていった。

 シャインは夢の中をただよっていた。懐かしい里の風景。懐かしい家族。だが、だれか大切な人がいない。だれだったか・・・。思い出そうにも頭が割れるように痛くて思い出せない。ふっと遠くのほうから女の子の泣き声が聞こえてくる。シャインは家族達から離れて声の聞こえるほうに近づいていった。そこには女の子が泣いていた。自分とそっくりな少年を抱きしめてないていた。紫の髪にエメラルドグリーンの瞳が愛らしい少女。

「フェ・・・」

 名を思い出し、一歩前進するとその風景はふっと消えた。まぶたを開ける。体が重い。胸の辺りでフェリアナが頭を預けて眠っている。視線を動かすと天井が見える。しばらく放心状態だったが次第に意識がはっきりしてくる。身じろぐとばっとフェリアナが起きた。

「シャイン!」

 叫ぶなりフェリアナはシャインに抱きつく。

「ちょ・・・ちょっと」

 恥ずかしくなってシャインがうろたえる。あの冷静冷徹なフェリアナに抱きしめられること自体めったにない。驚くのは当然だ。

 フェリアナが体を起こした。が、そこからしずくが落ちてきた。涙、だった。

「シャインの馬鹿。私をかばったりして。結局はばれて、シャインは倒れるし、私一人でどうしようかと思ったわよ」

 泣きながらフェリアナは文句をぶつぶつ言う。

「やっぱ、ばれるのフェリアナが困ると思ってさー。一人前の勇者のはずが三流の喜劇役者になっちまったなー」

 そう言ってシャインはにかっと笑った。その笑顔にフェリアナもうれしそうに泣き笑いの顔になる。

「シャインの馬鹿。大嫌いよ」

 言葉とは裏腹にフェリアナは微笑む。

「俺はフェリアナが一番好きだよ」

 シャインが優しく言うとフェリアナはシャインの胸の上に頭を預けた。

「私も本当はシャインが好き」

 フェリアナが照れたように小さな声で告白する。

「今日みたいなことはもうなしよ。シャインが困ったら私が助ける。私が困ったらシャインが助けるのよ。いい?」

 勝手に方針を打ち出されてシャインは苦笑いする。暗黙の了解が約束となってしまった。

フェリアナに怪我をされるほうが自分にとっては困ることになるが・・・。

「わかった。今度からは先走りしないよ」

「絶対に?」

「絶対」

「よかった」

 シャインの胸の上でフェリアナが安心したようにつぶやく。

 この少女をずっと守っていこう。シャインは改めて意を決した。


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