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第五話 恋のめばえ


「やぁ、よく来たね」

 シャインとフェリアナが来ると、彼はシャインを今にも抱きしめんばかりに来訪を喜んだ。フェリアナ一人のときとは大違いだ。

「ちょうどよい時に来たね。今から食事にしようと思っていたのだよ」

 食事と聞いてシャインは瞳をきらめかせた。

 やはりこのシャインには恋愛感情など持ち合わせていないとフェリアナは心中で断言した。当の本人はまったくそういう気持ちではなかったが。むしろ、可能性のない恋愛で悩むより食べることに集中力を注いでいるのだ。お互いが意見を交換し合えば誤解はとけるのだろうが二人にはその勇気はまだ芽生えていなかった。

 クーグルに薦められて共に晩餐をとる。かしこまった食卓の上にフォークやナイフやらがずらりとならぶ。フェリアナは貴族が泊まるような宿で食事を取ることが多かったため動じることもなかったが、シャインは驚きを隠せないようであった。

「こんなにたくさんのナイフとフォークどう使うんだ?」

 ごくごく一般市民共通の疑問である。それぞれひとつあれば事足りるのに、とシャインは不思議に思う。

「まぁ、ここは無礼講として自由にふるまってくれたまえ」

 満面の笑顔を振りまいてクーグルが言う。無礼講なのはありがたいが、貴族のちょちょっとした量の食事にシャインの胃袋は満たされるのかとフェリアナは不安に思った。だが、その心配は杞憂だったようだ。シャインの皿にはてんこもりであったのだ。クーグルは流石に押さえるつぼを押さえている。これも契約のためだろうか。そっとフェリアナは暗い表情を浮かべた。剣の口契約ををしてからというものフェリアナはひとつの可能性にびくついていた。クーグルが言い出したシャインの方が早く死ぬという言葉に不安を覚えていた。一人残されることを考えるだけで胃が痛むような感覚を覚えていた。

「フェリアナ?」

 クーグルの声でフェリアナははっと我に返った。

「我が家の食事はお気に召さないかい?」

 いえ、と簡単にフェリアナは答えて食べることに専念しめた。くさっても貴族の屋敷ででる食事だ。クーグルへの私的嫌悪を除いてもおいしいのは確かだった。今なら契約書を目の前にぶら下げるとさっさとシャインは署名しそうな勢いだ。次々に運ばれる料理を平らげるシャインを見ているとつくづく思う。フェリアナはとなりに座っているシャインの足を思いっきり踏みつけた。

 踏みつけられてシャインは声を上げそうになったが口の中に食べ物が入っているため声もかき消されてしまった。

 フェリアナには今の状態はおきに召さないらしい。いくら鈍感なシャインでもそれぐらいは予想がつく

 いつしか長い長い晩餐が終わりに近づいてきた。なぜこんなにもったいぶって食事するのかとシャインは不思議に思う。一般食堂で勢いよく食べるのがシャイン流なのだ。フェリアナといい、クーグルといい、貴族的な生活をしているものは変なところにこだわる。貴族という人種はいまやシャインの予想を遥かに超えていた。

 食事が終わると今度は別の部屋に通された。フェリアナはまた違う部屋に入る。クーグルによると貴族の男達は食後の酒を楽しみ、女性は話に華を咲かせるという。晩餐には女性はフェリアナ一人だけだった。彼女は今、どこで何を話しているのだろう。

 不安がシャインの心によぎる。いつしかシャインはフェリアナを守らないといけないという思いを覚えるようになっていた。もっともそれは実力が伴わず気持ちだけが先走っていたが。

 その酒を楽しむ時間も終わり、さて、とクーグルは立ち上がった。

 シャインの心は少しずつ緊張してくる。これからが本番なのだ。受け継いできた剣を譲り渡す契約。祖父や父には申し訳なかったがあのフェリアナの喜ぶ姿を思うとシャインは意を決した。あの契約の話の後の泣きそうなフェリアナの姿も気にはなっていたが、男に二言はない。言ったことは全うするべきだとシャインは考えていた。

 クーグルに続いて書斎らしきところに入る。彼は机の引き出しをあけると書類を持ってきた。シャインの緊張が高まる。本当に決めるのだ。シャインはつばをごくりと飲み込んだ。

「字は読めるだろうね?」

 シャインはこくりとうなずく。

「では読んで確認してくれたまえ」

 渡された書類をシャインは読み始めた。たんに字が短く踊っていると思いきや細かい条件まで載っている。あまりのこまかい条件にシャインは戸惑いを覚える。それでも最後まで目を通した。やはり基本的なことは自分が死んだ折に剣を受け渡すということらしい。

「わかった。署名する」

「では、私から先に書こう」

 クーグルはささっと名前を紙面の最後の行近くに書き込んだ。それをシャインに渡す。シャインは机を借りてその下に名前を記述した。その書類を見てクーグルはにやりと笑う。「これで光の剣は私のものだ」

 今にもコレクションに追加しそうな勢いにシャインは突っ込みたくなる。

「あくまでも。俺が死んでからの話だから」

 シャインが強く言うとクーグルはわかっていると満面の笑みを浮かべて言う。

「それではレディが待っている部屋に行こうではないか」

 書類を持ったままクーグルは書斎を出る。あわててシャインも出る。かならず一歩遅れてしまうのがシャインである。のんびりやとでも言おうか。剣筋はいいが、体力がそれに伴わない。最近になってやっと体力がついてきた感じだ。

 クーグルとシャインがフェリアナの待っている部屋に入るとフェリアナは即立ち上がって振り向いた。シャインの顔を確かめるとふわっと微笑が広がった。シャインの胸は早鐘を打つようにどきどきしだす。

「念願どおり契約は成立した。王立図書館の司書にこの書類を見せたまえ」

 クーグルはともに持ってきた書類をわたす。その書類を見てフェリアナはななんともいえない表情をした。泣き笑いとでも言おうか。シャインはいっそ近くに行って抱き寄せてなぐさめたくなる。

「ありがとうございます。クーグル伯爵」

 嫌いな人物ではあるが力になってもらった。さすがにフェリアナも宮廷風のお辞儀をして丁寧に礼を言う。そしてシャインのほうを向く。

「ごめんなさい。私の都合でシャインまで巻き込んでしまって」

 今にも泣き出しそうなフェリアナを見るとシャインは自分でもなぜだかわらからないが抱きしめて慰めたくなった。そっと動くとふわりとフェリアナを抱きしめる。はじめて抱きしめたフェリアナはやわらかく、髪からはかぐわしい花の香りがした。その状況にシャインはもう胸が破裂しそうだった。

「いいよ。俺はフェリアナが喜んでくれるほうがうれしい」

 言いながらシャインはぼんやりと思う。フェリアナのことを好いていると。戦友でも友人でも姉のような人でもなく恋愛対象として好きなのだと。少年の初恋の相手としてシャインはフェリアナを選んだのだった。

「やるねぇ。おぼっちゃんとおじょうちゃんも」

 もう一人いるのだが、と言外に言ってクーグルは言う。その声にはっと我に返って二人は反射的に離れた。

「あ・・・、いや、今のは・・・」

「今のは・・・」

 二人同時にはまって同時に顔を見合わせる。二人の顔にはまるでこれが運命なのだというような字が躍っている表情が垣間見えた。以心伝心というのだろうか。お互いの気持ちにようやく入り口が見え始めた。

「恋を邪魔する奴は馬にけられて死んでしまえ・・・だったね」

 クーグルが茶化すようにいって二人は顔を赤らめる。

「この紙面にその安らぎのなんとかというものについての記述がある。それを読めばよいだろう」

 なんだかとんとん拍子に話が決まり、フェリアナは何か嫌な感覚を覚えたが自分が願っていることがかなうのだ。使える手は使うほうがいい。だが、このときすでに事は始まっていたのだと、後のフェリアナは知ることになる。

 翌日、書類を持ってフェリアナとシャインはシャインとともに王立図書館に赴いた。書類を見た受付はすぐに通してくれた。件の本を出してもらう。その本はかなりの年代もので禁帯出文書だった。その上に何冊もある。そこから安らぎの聖具についての記述を探すのだ。最初は大人しく本に目を通していたがすぐに頭をかきむしりたくなった。そこに書かれていたのは旧字体で戦い三昧のフェリアナには最悪の状況だった。幼い頃サボっていた勉強が今になってつけを払わされることになろうとは夢にも思わなかった。しかし、となりのシャインはそのままページを順調に開いている。フェリアナはシャインをひじでつついた。

 ん?、とシャインが間の抜けた顔でフェリアナを見る。

「どうしてそんなに難しい字をすらすら読めるのよ」

 小声ではあるが相当とがった調子になっている。八つ当たりなのは分かっているがしゃくにさわるのだから仕方がない。

「俺の生まれた村にはすっごいじいさんがいて村の子供たちはそのじいさんにいろいろ教わっていたんだ。半分以上はわけの分からないことだったけど、いろいろためになる話をしてくれたよ」

 そう言ってシャインは故郷を懐かしむような表情を浮かべた。

 そう、とフェリアナは言う。

「いい人たちの里だったのね」

 自分は12の時里を出て一人きりだ。母と姉がいたと少し覚えているが確実な記憶ではない。父親にいたってはこれまたまるですっぱりと記憶がない。家族は流行病や妖魔との闘いでみな死んでしまったと育ての親であるおばが言っていた。

 里心がついたときに戻ってみようかと思うときも在る。だが、かえっても誰も待っていない。おばも風の便りに聞くと亡くなってしまったらしい。そんな事情でフェリアナは天涯孤独の身となっていた。だが、今はシャインがいる。その事をフェリアナは天に感謝したくなった。ぼんやりと考えているとシャインがフェリアナのそでをひっぱった。

「何なの?」

 シャインが見ている本を覗き込む。

「英雄アルクの墓地にそれはともに埋葬された。八千百やちおの闇が道を導くであろう。・・・。これのことじゃないのかな?」

 そうね、とフェリアナは答える。

「英雄アルクの墓地ってどれ?」

 フェリアナは嫌な予感を覚えつつ問い返した。伝説の英雄アルクはこの大陸のみならず四大陸すべてにわたって伝承が残っている。墓地といわれる場所は山のように存在している。

「そこまでは書いてないなー。ほかの本を当たるしかないんじゃないのか?」

 フェリアナはかるいめまいを覚えて額を押さえつつ深いため息をついたのであった。



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