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第四話 心のとびら

王都に到着したシャインは喜びと驚きの声を上げた。

「王都ってすごい・・・」

 そこにはずらっと並んだ露店と浮かれはしゃぐ人々でいっぱいだった。

「今日は何の日か忘れたの?」

 小馬鹿にしたような視線をシャインに向けてフェリアナはため息をついた。

「え? 何かの日?」

 露店にすでに引き寄せられそうなシャインは上の空で答えた。

「今日は創造神エンヤの誕生祝祭日よ」

 その言葉にシャインは不思議そうにフェリアナを見た。

「創造神なのに誕生日があるのか?」

 真実の盲点である。フェリアナはぐっと息を詰まらせるとその問いには答えずさっさと歩き出した。

 まずはクーグルの屋敷だ。王立図書館に一般人は入れない。やりたくはないが彼の助けが必要になる。

 なんだってこんな日にきてしまったのだろうか。

 フェリアナは後悔しつつ歩いた。住所を頼りに貴族達が暮らしている通りに入る。次第に浮かれ騒ぐ祭りの音が消えていく。ふっとシャインの足音が聞こえないのに気づいた。後ろを振り返るといない。どうせ露店に張り付いているのだろう。あとで探せばいい。今は情報がほしかった。一刻も早く伝説を解き明かし、妖魔たちを解放したかった。いや、もうこんな仕事をする自分がいやだったのかもしれない。

 住所どおりの場所にクーグルの屋敷はあった。ドアをノックして名前をつげると客間に通された。あらかじめ用意されていたようだ。まるでこの日に来るかのように。

 さすがは聖導のブレス、あのブレスレットである。それを所有している一族である。この分では予知力でも持っているのかもしれない。あの神出鬼没の現れ方はそうでないと説明のつけようがない。

 つらつら考えているとクーグルが現れた。相変わらず気障な現れ方だ。すでに気障というかしつこいオーバーアクションの域に入っている。あいかわらずの脱力感に襲われながらフェリアナは立ち上がろうとした。家主を立たせて客が座っているのもおかしい。だが、クーグルはそれを制して自分もソファに座り込んだ。

「ぼっちゃんはいないようだが?」

 女性全員にするかのような流し目をフェリアナに送ってくる。フェリアナにしてみればよけいな歓迎だ。男の色目にいちいち答えていては身が持たない。

「シャインはその辺の露店にへばりついているはずです。住所の控えを持たせてあるのでそのうちに来るでしょう」

 その言葉にクーグルは眉ひとつ動かさず言った。

「契約を成立させないと、私も手助けはできないな」

 それを聞いてフェリアナは心中でシャインに馬鹿と言う。

「あとで来ますから図書館の入館書の書類をください」

 はやる心を抑えてフェリアナは言う。だが、クーグルは即却下した。

「あくまでも私はシャイン君と契約したのだよ。本人が来るまで私も待とう」

 クーグルはそういうとソファに身を深く預けた。

 この分ではいくら自分がいてもらちがあかない。フェリアナはいったん屋敷を出てシャインを探しに出かけた。 

いらいらしながら早足で露店の並んでいる通りに向かった。ガラス細工のようなちょっとした芸術品やペットにするための動物まで売られていた。もちろん食べ物の露店が一番多い。ずらっと並んでいる様子にフェリアナは額を押さえた。

 仕方がない。一つ一つ見ていくしかない。フェリアナはしかたなく露店を調べ始めた。だが、今日は祝祭日。人々はお祭り騒ぎで街に繰り出している。半端な人数ではない。人ごみを掻き分けて探す。気の遠くなるような作業である。それでもフェリアナはがまんしつつ探した。

 どれぐらい時間がかかったろうか。太陽はもう西に傾き始めている。フェリアナはしゃがみこんででも足を楽にしたかった。それでも忍耐ぎりぎりのところでシャインを探す。

 華やかなパレードが通り過ぎていく。中には芝居小屋もある。まさか芝居小屋にはいないだろう。彼の関心は食べ物だ。だが、と思う。もしかしてパレードの若い女の子によだれをたらしてみているのかもしれない。そのあたりをきょろきょろ見回したが該当者はいない。やはりシャインの関心は食べ物になっているはずだ。もし万が一あったとしても自分はその対象外だろうとフェリアナは思った。しょっちゅう喧嘩もしているし、たんなる同伴者とししか接していないからだ。冷たすぎるというほどの態度もとっている。自分を選んでもらえることはまずない。そこまで考えると少し悲しくなった。フェリアナはそれ以上その悲しみの原因を追究するのはやめた。失われた心を戻してしまう気がしたからだ。今、自分は死神として生業をしている。そんな自分によけいな感情は邪魔なのだ。シャインにはこれ以上深い入りしてしてはいけない。あくまでも戦友だ。それ以上でもそれ以下でもない。フェリアナは思いを振り切るように頭を振った。紫の髪が動きとともに揺れる。

 再びフェリアナはシャインを探し出し始める。露店や芝居小屋を抜けて街の中心近くにやってきた。そこには噴水があった。この噴水に後ろ向きでコインを投げ入れることができれば幸せになれるといわれている。そんなことで幸せになることができるなら妖魔は現れることはないだろう。腹立ち紛れで噴水をにらみつける。と、そこにシャインによく似た背格好の少年がいた。後ろ向きで噴水のふちに座っている。

 フェリアナはそっと近づいて少年の前に回りこんだ。

「シャイン!」

 腹立たしいのかほっとしたのか自分でもわからない感情が押し寄せる。フェリアナは脱力しつつしゃがみこんだ。瞳に涙がにじむ。

 なぜ、涙が浮かぶかは本人にもわかりかねた。だが、シャインを見つけたとき失った片翼を見つけたような気がしたのだ。深入りをしてはいけないとあれほど言い聞かせていたのに感情はそれを無視するようだ。

「はぐれたらそこからうごくなって前に言われていたからここで待っていたんだ」

 にかっとシャインは笑う。そののんきさにフェリアナはためにためていた怒りがふつふつとこみ上げてくる。

「笑っている場合じゃないでしょ。どれだけ探したか!」

 立ち上がってフェリアナは声を荒げる。自分のいいつけを守っていたのは感心だが、一日中探し回ったフェリアナは怒りのすべてをシャインにぶつけたくなった。人前でなければセフィロトの杖でばこばこたたいているはずだ。

「泣いているのか? ごめん」

 シャインに言われてフェリアナは自分が本当に泣いているのに気づいた。

「別に泣いてなんかいないわ。目から水がでているだけよ」

 顔を背けながらいいかげんな言い訳をする。シャインはそっとハンカチ代わりの布切れを差し出した。フェリアナは奪うようにそれをとると目にあてた。

「ここに座らない?」

 シャインはそういって隣をたたく。

 フェリアナの足も限界に近く大人しく座る。シャインの隣に座るとまた感情の波が押し寄せてくる。

「ずっとさがしていたんだから・・・」

 涙声でフェリアナが文句を言う。

 ごめん、とまたシャインはあやまる。そしてフェリアナの鼻先に買っておいたからあげの袋を差し出す。食べ物の匂いをかいでフェリアナは布切れをとってそれを見つめた。

「フェリアナと一緒に食べようと思ってこれだけ買ってたんだ。ずっと探していたらお腹もすくだろう?」

「あたりまえよ!」

 フェリアナは声をあげると袋を取りあげた。まだにじみみそうになる涙を抑えてフェリアナはから揚げをひとつ口の中に放り込んだ。

 それはもう冷え切っておいしいとは流石に言い切れなかったがシャインの暖かな気持ちが伝わってくるようだった。

 基本的にはシャインの膨大な食欲の清算をすることはたびたびあったが、シャインがフェリアナの食事代を払ったことはなかった。それが今回はシャインのおごりである。冷え切ったからあげということはこの際気にしないことにした。めったにない行動に明日雨になるのかしら・・・とフェリアナは思う。

「おいしい・・・」

 ぽつんとフェリアナが感想を漏らす。何も食べず歩き回っていたから当然ではあるが、それでもおいしいものはおいしいのだ。

「よかったぁ」

 シャインが心底ほっとした表情を表す。

「待っているうちにどんどん冷えたからフェリアナの口にはあわないかと思った」

「そういうのは関係ないわ。そこにどういう意味があるのかが大切なのよ」

 シャインと旅を続けていくぶんかの時間が流れていたが、彼に教わることは多かった。姿かたちにこだわらない本質的な純粋な心はいつしかフェリアナの心の片隅に住み着き始めていた。

 いつかきっと彼のような人間になれるのだろうか。フェリアナはぼんやりと思う。一族の誇りは捨てるつもりは毛頭ないが彼の真っ白な心がほしかった。無邪気な天真爛漫な心があれば・・・。もしそれが実現しなくてもシャインがそばにいてくれたら・・・。ありえない希望にフェリアナは一人愕然となった。

 一人で戦い始めて数年。一人には慣れていた。それが、今はシャインがいることに慣れてしまった。もし彼と別れて一人で旅を続けることになったらどうなるのだろうか。フェリアナはどうしようもない不安にかられた。動揺している心を隠してフェリアナは立ち上がった。

「クーグル伯爵のところに行くわよ」

 まだしつこくから揚げをほおばっているシャインに告げる。シャインがわたわたと立ち上がるのを見てくすり、とフェリアナが笑う。

「そんなに急がなくてもクーグルは逃げ出さないわ。それよりも光の剣を盗みにくるんじゃないかしら?」

 フェリアナの楽しげな声にシャインははっとした。その声は今まで一番優しくシャインの心に響いた。フェリアナは動揺していたがその反面彼女は凍った心を取り戻しつつあったのだ。それが声となって現れた。

 フェリアナの心が築き上げていた壁が一瞬取り除かれたようにシャインは思った。だが、まだその心の奥底にフェリアナの本当の姿が潜んでいることはシャインにも分かっていた。彼女の心はそこらにいる女の子の心と同じなのにそれはまるで王都の鉄の扉のように閉じられていた。

 いつか彼女の心の扉は開かれるのだろうか。もし開くことができるなら自分がしたい、とシャインは思う。

「また迷うわよ」

 先に歩き出したフェリアナの声にシャインは我に返る。

 いつかきっと本当の笑顔がフェリアナに浮かぶことを祈ってシャインは後に続いた。


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