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第三話 聖なる力

「もう耐えられないっ」

 フェリアナは宿屋の食堂でがたんといすから立ち上がった。

「これ以上、こんな安宿にはいられないわっ」

 フェリアナの癇癪玉飛び出し、周りのものはひそひそとささやきあったり、逆に野次を飛ばすものもいた。だが、シャインはなれたものでただひたすら食欲を満たしている。

 何度も同じ台詞を聞いていれば抗体も出来よう。

「俺は別にフェリアナの言う宿でもいいって言っているだろ」

 上の空でシャインが言う。それにさらに激高したフェリアナの声が重なる。

「あなたのその食欲のためにかせぎの八割を持っていかれているのよ。泊まれるわけないじゃない。お風呂さえろくに入れないのよっ」

 フェリアナとて女の子である。身だしなみには異様に気になる年頃だ。

「公衆浴場行けば? 俺は大好きな場所なんだけどなぁ」

 どうしてフェリアナが一人風呂に入りたいのかいまいちシャインにはわからなかった。自分は公衆浴場でのびのびとお風呂タイムを楽しんできたのが常だからだ。一方、フェリアナにとっては今まで一人で入っていた入浴をいきなり銭湯に行けとはあまりな言葉である。恥ずかしいという気持ちがシャインにはないのだろうか、とフェリアナは疑う。

「とりわけは五分五分のはずよ」

 それでもとりつくろうとしてフェリアナがありったけの理性をかき集めて言う。

「そうだっけ?」

 ぷちっ。

 フェリアの神経が一本切れた。

 いっそ、杖でたたきのめしてやろかと物騒な発想を抑えつつフェリアナは言う。

「いいわ。これからは別々に行動しましょ。旅の同伴者にしたのがそもそもの間違いだったのよ」

 半ば、自分に言い聞かせるようにフェリアナがぶつぶつ言う。

「あとでしまったと思ってももう知らないから。ここの食事代はシャインが払っておいてよ。これは私の分!」

 バン、と自分の代金をテーブルにたたきつけるように置くとフェリアナは席を立った。

「じゃぁなー」

 あの自信過剰なところはどこから出てきているのだろうか。いささか戦いなれてしまったから別に自分のことをもう必要していないのかもしれない。フェリアナは寂しさに胸が苦しくなった。

 あっさりと手を振ったシャインは確かに天狗になっていたかもしれない。だが、彼の食事時に冷静な判断は求められない。彼の魔的な食欲時の集中力はすべて食事に回されていた。だから食事しながら何かを考えるという高度な技は持ち合わせていなかった。

 フェリアナが出て行き様にちらりとシャインに視線をよこした気がしたがシャインは気にもとめなかった。

「さっさと仕事よね」

 自分の持分で高級宿に泊まって一人で懐かしい一人風呂を楽しんでからフェリアナは外に出ていた。へそくりを持っていてよかったとフェリアナは心底思った。そしてともすれば暗くなりがちな気持ちを奮い立たせてかせぎ場へと向かった。

 基本的に宿のことやこまごまとした枝葉末節の部分で意見が合わないだけで根幹の部分ではシャインのことを嫌っているわけではなかった。頼りない子分ではあるが、彼の存在に救われている時もあった。戦いの場は生きていくための場でもあったが、同時に自分の手を汚していく哀しい場所だった。

 自分はもう普通に生きていくことはできない。もし里に戻れても哀しみにあけくれるだろう。闇の一族の一人として戦うことを決めてからフェリアナは普通の人々が送るであろう結婚や生活のなにもかもをあきらめた。あきらめるしかなかった。それでも憧れはまだ心の片隅に残っていた。シャインに出会って自分は変わったとフェリアナは思う。普段は貼り付けたような微笑しか浮かべない自分だったが、彼に出会ってから怒ったり、声を出して笑うことも覚えた。いや、幼い頃の自分を引き出してくれたのだ。あの何も知らない無邪気な頃に・・・。これもシャインのおかげ。だが、そんな純真なシャインを見ていると自分の手が汚れすぎていることを思い出させることにもなった。そんないらだちを抱えながら旅を続けていた。そのいらだちが今日のフェリアナの癇癪玉になって飛び出たのだ。八つ当たりなのは分かっていた。だが、なんだかもうやりきれなかったのだ。

 そんなことをつらつら思い出していると街のはずれの廃墟に出た。妖魔が出現して何もかも奪った場所。それでも飽き足りないのか妖魔はその周辺に出没するとの情報だった。       宿屋の張り紙通りならそうなっている。

 歩を進めているとふっと人影があった。廃墟の壁に身を隠して動向を伺う。妖魔を退治するのは闇の一族だけではない。傭兵や兵士、戦いを生業にしているものも妖魔と戦う。妖魔の首を持って帰ると膨大な褒賞金がもらえるのだ。金欲しさで死んでいった者たちがどれほどいるか。フェリアナはこの世の不条理さに切なくなる。好きで生まれてきたのではない妖魔。生活のために戦い、命を散らしていった人間達。死に行く者たちが哀しかった。おごりでもなんでもなく、そんな存在を作り出した創造神に怒りをぶつけたかった。もしすべてを受け止めることが出来たら・・・。彼らを母親のように抱きしめることができたら・・・。ちょうどシャインを抱きしめたときのように・・・。その時のことを思い出してフェリアナは一人赤面した。

「おや、1000本目は早くも手に入るらしいね」

 フェリアナはいきなりささやかれてびくっと身じろぎした。

「クーグル。あなた一体どこから・・・?」

「さぁてね。それよりもぼっちゃんと仲たがいかい?」

楽しそうにクーグルは言う。

「この場でぼっちゃんが死んだら実に面白い」

 フェリアナはまず怒るよりも先に心臓をわしづかみにされた気持ちになった。シャインが死ぬ、ということもあることに今気づかされた。ずっと理解していたはずの事柄なのに感情は認めていなかったらしい。

 よく見ると人影はシャインだった。多数の妖魔とフェリアナにしてみれば半人前のシャイン。勝てるわけがなかった。シャインがぐっと剣をにぎった。その行動が次の行動に移る前にフェリアナは壁から飛び出した。

 飛来してくる妖魔から逃げるようにシャインの首根っこを捕まえてフェリアナは走った。

妖魔が近づいてくる。頭上すれすれのところで一回目は助かった。だが、妖魔とておろかではない。次は確実に狙ってくる。次の妖魔が来た瞬間フェリアナはシャインを引っ張ったまま大地に伏した。地上すれすれで妖魔の足の爪がフェリアナ達をかする。妖魔が不機嫌そうに鳴き声をだしてまた空に上がっていく。フェリアナと、シャインはそれぞれ背中合わせでたった。

 戦闘開始だ。

 フェリアナはシャインに言う。

「あの発光現象はあなたが剣を制して聖なる光を引き出したから起こったのよ。今は何をしても力技。妖魔一匹すら倒せないのは覚えておいて」

「わかった」

 シャインはうなずく。

「半人前のあなたなんかでこの数の妖魔なんか倒せないんだから。だから私があえて来てあげたのよ。謝るのなら今のうちにしてよね」

 言い訳めいたことをフェリアナは少しとんがった声で言う。その声を聞いてシャインはごめん、と一言謝った。いくぶんか反省してうれしそうな声にフェリアナは満足して微笑む。この少年といると素直な気持ちになれる。ほんの少し意地悪にはなるけれど。

「行くわよ」

 おう、とシャインが答える。

 二人は妖魔の群れに飛び込んでいく。

 フェリアナは杖を振り落としその返した手で別の妖魔を横にさばく。

 一匹、二匹、三匹・・・。

 確実に次第に妖魔が死んでいく。その様子をクーグルが面白そうに観戦している。

「見ているなら手伝って」

 フェリアナがクーグルに大声で頼むとクーグルは肩をすくめて言う。

「死神の前では私の剣は無に等しいよ・・・」

 きらり、と流し目をよこして気障ったらしい仕草を繰り返す。

 はぁ、と戦いながらあの変な楽観ぶりにため息をつく。

 それもそのはず、ちゃっかりとクーグルは自分だけに護法結界を張っている。クーグルも聖なる力を持っているの? フェリアナは意外な真実に驚きを隠せない。一瞬、動きが遅れた。そこをシャインが妖魔に剣を振り落として助ける。

「大丈夫か?」

 自分だったら怒っているはずのミス。それなのにシャインは心配してくれる。そんな心優しき少年の心がうれしくまたねたましくあった。複雑な心境をフェリアナは抱える。

 聖なる力。それは古代より人間に与えられた妖魔と戦う力。創造神エンヤが与えたとする伝説がある。しかし、いつしかその力を欲深い人間はなくしていった。人々が純粋な心を失ったからである。その力を唯一正しく伝えているのがフェリアナの一族であった。驚異的なその力は人々に恐怖を与え死神という総称でフェリアナ達を普通の街から追い出した。今も一族は深い谷のそこに小さな村落を築いているだけだ。シャインの受け継がれている剣ももともとは創造神エンヤがフェリアナの一族に与えたとする話が伝わっている。

英雄アルクとの伝説とともに。聖なる力は失われれて行ったが、一部時折普通の人々の中にも現れることもあった。そのような人間は戦いの場でその力を発揮するか、必死に隠して生活するのが常であった。クーグルはその一人なのだろうか、とフェリアナは思う。

 最後の一匹になった。フェリアナが杖を振り落としシャインが剣でたたき切る。最後の断末魔の声が上がって消えていった。フェリアナもシャインも肩で息をしている。最近の中では激しい戦いであったからだ。

「おみごと」

 パン、パン、パンと拍手をしながらクーグルが近寄ってくる。

「見ているなら手伝えよ」

シャインが剣呑な視線をクーグルに送っている間、フェリアナはいつもやってくる苦い思いをこらえていた。いつも戦いの後はむなしさがのこった。自分たちも排斥されているゆえに人間たちから排斥されている妖魔を心のそこから憎むことはできなかった。

「え? 何かしら?」

 シャインに名前を呼ばれてフェリアナはシャインのほうに向き直った。

「ごめん。俺自分のことばっか考えてたよ。フェリアナの気持ちとか考えるの忘れていたよ。あんな別れ方してもう会えないと思っていたんだ。それなのにまた俺を助けてくれた。ありがとう。今回のことは大目にみてくれ・・・じゃない見てください」

 照れたように話すシャインにフェリアナは微笑む。ふわりと自然な微笑が顔に広がっていき、シャインはそれに目を惹かれた。フェリアナってこんなに可愛かったっけ?

 どきどきする胸を抱え、混乱した頭のシャインは考える。

「また1000本目をとりそこなったな」

 残念そうに言うクーグルにここぞとばかりシャインはかみつく。

「そう簡単に死ねるか。簡単に言うなよ」

 クーグル、とフェリアナが名を呼ぶと気障ったらしい仕草でまた彼はそれを制して手首を見せる。片方の手にはブレスレットのようなものがついていた。いろとりどりの石がぐるっと一回りしている。宝石のたぐいではないらしい。あえていうならパワーストーンというころか。

「妖魔よけの道具だ。我が家に代々伝わるも一品だ。その昔は妖魔自体を消してしまうものもあったらしい・・・」

「消してしまうもの?」

 フェリアナはその言葉の微妙なニュアンスを聞き取って尋ねた。消滅ではないのか。そう、とクーグルは答える。

「その道具は妖魔を導くのだそうだ。安らぎの神の元に・・・」

 その言葉を聞いたフェリアナの心は躍った。妖魔も人間も殺しあう世界をなくすことが出来るかもしれない。いや妖魔の存在はなくならなくてもその魂を安らぎに導ける。もう哀しみで苦しまなくていい。フェリアナの心は高揚した。

「それはどこにあるのかしら?」

 今にもクーグルの襟元をひっつかんで聞きたいところだがあえてぐっと理性で気持ちを抑えてフェリアナは聞く。クーグルはその言葉を茶目っ気たっぷりな目を二人にそそぎながら口を開いた。

「それではこの情報と交換と約束してもらいたいことがある。シャイン君にね。」

 なんでフェリアナのことで俺が? 暗に問うとクーグルは楽しそうに言う。

「一蓮托生という言葉をしっているだろうね。君たちはもう二人で一緒なのだよ」

 そんなむちゃくちゃな、とシャインは思う。が、少しうれしかった。彼とて恋に恋する年代である。もしもフェリアナが自分のほうに向いてくれたらと思ったことが何回かはあるのだ。あくまでも仕事上の関係というのが殺風景な気がしていたのだ。

「私とシャインは別に一緒じゃないわ。別の物の交換ではいけないのかしら?」

 フェリアナが言うがクーグルはそく却下する。

「私がほしいのは光の剣だよ。それを譲ってくれる条件でないと承諾できない」

「俺は今さっき、簡単に死なないと言ったたんだけど・・・」

 フェリアナのことで役に立てるのはうれしいが、こんな若い年であっけなく死にたくはない。

「もちろん。今すぐにではない」

 クールグルはそう言って一拍間をおいた。じれったそうな表情を少年少女はする。

「君が死亡した場合その剣を譲ってほしいという交換条件だよ」

「って俺よりクーグル伯爵のほうが年いってるんですが」

 おいおい、とつっこみを心中で言いながらシャインが言う。

「私は伯爵。戦う必要はないからね。間違いなく君は私より早く死ぬよ」

 自信過剰にクーグルは言う。どうして男ってこう独断系ばかりなのかしら?とフェリアナは思う。そしてシャインは逡巡する。先祖代々に預けられてきたものを簡単に売り渡すのはいやだったが、死んで渡す相手は今現在いない。まだまだ自分は子供だ。剣を譲り渡す子孫を想像することなどできなかった。

「そんなにほしければ・・・」

 逡巡した後シャインは言う。フェリアナはほっとしたようななんだかほろ苦い思いでその言葉を聞いた。シャインの命を売り飛ばしたような気がしたからだ。

「契約は成立した。あとで書類を持って来よう」

 一生付きまとわれる気がしてシャインは背筋がぞぞっとした。

「その聖なる力を放つ道具は安らぎの宝珠というものらしい。その道具についての文献は王都の王立図書館に禁帯書として保存されている」

「王都・・・」

「そこにあるのね」

「私が嘘を言うとも? これで君たちは妖魔倒しの旅から王都への旅へ変わるわけだ」

 うれしそうなクーグルの発言に二人とも首をかしげる。

「いや、書類を持って往復しないで済むからね」

 その間の抜けた答えに二人とも脱力する。そんなにほしいのなら書類をさっさとつくって持ち歩けばいいものを。クーグルの言動はもう神の域を超えているのかもしれない。一緒に死に行く人々を送ったり、神出鬼没の現れ方といい、書類を往復で渡すつもりだったり・・・。この間彼の背中に見た悲哀は見間違いだったのだろうか?

 私の好感を返してほしいとフェリアナは切に思う。

「では私は先に王都に戻っているよ。これは私の屋敷の住所だ」

 クーグルは紙切れをフェリアナに渡すと颯爽と去っていった。

 この人は一体何しに来たのだろう?

 奇しくも二人とも同じ思いを抱いていた。

 王都。そこに希望の光がある。

 フェリアナは希望を予感させるような青空を振り仰いだ。




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