第二話 悲しみを乗り越えて
第二話 悲しみを乗り越えて
そんなこんなで始まった旅道中だが、そもそもうまくいくはずがなかった。なにしろ、フェリアナは異端扱いされども里を出て稼ぐようになると貴族級の生活をしてきおり、金銭感覚が狂っている。他人にかかわる時だけせこくなる。一方シャインは伝え続けられた伝説の剣を家に生まれたはいいが、生活は中の下である。重箱の隅をつつくような生活をしてきたのだ。唯一の楽しみは食事。シャインのアイデンティティはそこだけによっていることが多い。これだけ生活スタイルが違うと摩擦も自然と起こってくる。だから最初から宿をどこで取るか、馬を使って旅をするのか徒歩で行くのかなどなど起きた摩擦を挙げていたらきりがないほどである。今までに誰かに逆らわれることのないフェリアナは激昂したが頭脳は悪くない。しぶしぶ経済性を認めてあきらめてシャインに従うしかなかった。
彼女の本領発揮は戦いである。フェリアナは妖魔と戦い続けてはや何年である。その戦いは舞のように優雅で時としてアップテンポなダンスのようだった。まるで水を得た魚のようにフェリアナは戦った。だが、その中にいるフェリアナは何かを求めているようだった。楽々と妖魔相手に戦いながらその憂いた表情が何を語るのかシャインは気がかりだった。
何が哀しいのか、シャインは何度も問いかけようとしてあきらめた。戦い終えた彼女の背中がまるで世界を拒絶しているかのようだったから。
そんな憂いをみせながらもフェリアナは妖魔の出没する場所に必ず赴いた。何がそうさせているのかシャインは不思議だった。彼女は一言「職務に忠実なの」と言ってかすかに自嘲じみた微笑みをみせた。
妖魔いるところにフェリアナとシャインあり。そしてクーグルも出現する。このおかしな構図にフェリアナは笑いを禁じえなかった。死神といわれる闇の一族の者は一人で妖魔と対戦する。群がっていてはあっというまに街の人間に異端扱いされる。分散して一人、一人といるほうが楽なのだ。むろん、闇の一族の里というものはある。だが、ある程度成長したら独り立ちを要されふるさとに帰ることはめったになくなるのだ。そんな死神のフェリアナが後ろに男をぞろぞろひっぱって歩いているなど笑い事ではないか。まるでかるがものようだとフェリアナは苦笑いをそっとしたものだった。
そんな道中。いつもと変わらないへんな一組で歩いていると空にカラスがけたたましい声をあげて群がって飛んでいた。
駆けて見に行くとそこには幌馬車が横転していた。おびただしい血の海。シャインはこみあげてくるものを抑えるので精一杯だった。幌馬車の一同は妖魔に襲われていた。大半のものは死んでいる。肝心の妖魔は納得したのかもう姿はなかった。
幌馬車からそれほど遠くないところでかすかに人の声がした。シャインはそこに一目散に駆けつけた。服が汚れるのもかまわず男性を抱き起こす。
脈がだんだん弱まっていく。繰り返し、繰り返し男はつぶやいていた。
「どうか・・・どうか・・・」
助けて、とシャインには聞こえた。
何とかできないかとフェリアナたちを振り向いたとき信じられない光景が飛び込んできた。
フェリアナは瀕死の人間ののどに短刀をあて切り裂いた。あっという間にその人間は息絶えてことんと頭をおとした。クーグル自身も彼の剣でまた別の人間の胸を刺していた。
どうして? どうして? そんなことができるんだ?
涙でぐしょぐしょになった顔でシャインはフェリアナに走って自分の体をぶつけた。フェリアナがよろめく。今度はクーグルにぶつかる。
「どうして殺すんだ? もしかして助かるかもしれないのに!!」
シャインの叫びはフェリアナの耳に届くと鋭い針のようになって胸を刺した。フェリアナは傷ついたような色を瞳にうつす。
フェリアナの哀しい表情にシャインはぐっとつまった。
彼女は一息ついて口を開いた。
「この人たちはもう生きることは出来ない。瀕死の人々を放っておくことのほうがどれほど残酷かあなたはまだ知らないのね。誰にも見つからないところで死んでいく人たちのことを考えないのね。私も最初は助けたかった。でもだめなのよ。この人たちにできることは苦しみを楽にしてあげるだけ・・・」
フェリアナはそう言ってさきほどまで息があった人たちへまなざしを送った。
フェリアナが言い終わると同時にシャインはがくりとひざをついた。
信じられなかった。死を望む人がいることに。そしてその哀しさに。シャインは叫んだ。声ある限り叫んだ。そして思いっきり涙を流した。
フェリアナは近づいてくるとシャインを胸に抱き寄せた。
「戦いってこういうことなのよ。つらいけれど」
優しいフェリアナの言葉がシャインの中にしみこんでいく。
「いつの日か越えられるわ。この悲しみの向こう側に」
フェリアナに抱きしめられてシャインはただ軽く頷いた。
三人で弔いの墓を作った。死に安らぎをもたらすという、安らぎの神とも言われ、また死の神とされているモイヤに祈りをささげた。
シャインは決めた。こんなつらいことがないように自分から強くなっていこうと。そしてフェリアナの悲しみを癒していこうと思った。今回のことでよくわかった。彼女は平然としているがその真の姿が垣間見えるのは戦いのとき。その時に瞳に浮かぶ哀しさが彼女のなかであふれそうになっていた。自覚できないほどもろいガラスの心がフェリアナにはあった。その心がぽきりと折れないようにしてやりたかった。おごりでもなんでもなく、ただ彼女の哀しみを癒したかった。せっかく出会ったのだ。この出会いを無にはしたくなかった。
フェリアナも思っていた。光の剣がシャインを選んだのはその純粋な心だからなのだと。彼の純粋すぎるというより真っ白な心が光を制したのだ。シャイン以上に光るものはなかったのだ。これから彼の白いキャンバスに何が描かれいていくのかフェリアナは知りたくなった。
二人して墓前でぼーっとたっているときびすを返す音が聞こえた。はっとわれにかえるとクーグルがきびすを返し合図がてらに右手をふってみせていた。どうやら行き先を変えるらしい。珍妙な同士が一人減ってほっとしたフェリアナだったが、少々心が寂しいと思ったのも事実だった。が、そんなことはプライドにかけて言えない。死神は一人で妖魔と戦うのが基本なのだから。今の状態が本来おかしいのだから。せつない心情を抱えながらフェリアナは思う。いつかシャインも離れていくだろうか? その事を考えただけでもフェリアナの心は痛んだ。痛んだというよりも刺された気になった。理性はその反応を不思議に思っていた。彼女の心はほとんど凍っている。感情というものは理性の下に隠れて見えないのだ。
じゃあな、とクーグルが声をかける。
「おぼっちゃん、おじょうちゃん。私は屋敷にでも帰ってコレクションを眺めているよ」
「って1000本目の剣・・・は?」
あけにとられたシャインが問うとクーグルはあっさり答えた。
「もちろんいただくさ。今回は貸しにしておいてやるよ。今、襲ったら手痛い目にあいそうなんでね。老体にあれはきいたぜ」
その言葉にシャインは恥ずかしげに顔を赤らめる。
背中はやはり哀しそうに見えたのはフェリアナの幻想だったのだろうか。
彼もまた正と負の感情がいりまじる貴族界の男。こういうことに遭遇すると流石に痛む心があるのだろう。
クーグルは街へ戻り、フェリアナとシャインはまた旅を続け始めた。