1話.目覚めれば300年後
かなりの気まぐれ更新になると思います
そこは土地の環境と昔から上位の竜が住まう場所として人々から竜の谷と呼ばれていた
そして竜の谷には竜からは竜王と敬われ、人々からは竜神と恐れられる存在が天城という城に君臨していた、さらに配下には四大竜と呼ばれる強大な四体の竜が竜王が守護していた
だがそれももう数百年と昔の話、今ではその話ももう人々の間でおとぎ話程度にしか知られてはいなかった
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広大で巨大な建物の中を1人の男がフラフラとさ迷い歩いていた
その男はぼさぼさのフケだらけの髪を床に引きずり、体格は180センチほどで中肉中背で20歳ぐらいの青年だった
「おーい、誰かいねーか―」
青年の声から少し間をおいて天井からストンと落ちてきて、片膝立ちで頭を下げた女が現れる
「おはようございます竜王、紫苑様」
その女は黒い忍者装束のような服に身を包む、ジャンル分けで言うと黒髪普乳の美人のお姉さんといった存在だった
青年は天井から現れたことを気にすることもなく、少し眠たそうに眼を擦りながら片手を上げて挨拶をする
「桔梗か、おはよう、なんだか誰もいねえんだけどどうなってんだ?」
「それにつきましては後ほど説明をします、ですからまずはその髪を切り湯浴みをしてください、かなり臭って不快です」
桔梗と呼ばれた女は臭いと言いつつも嫌な顔一つせずに紫苑と呼ばれた男の有無を言わせないままに浴場へと抱きかかえ拉致同然に連れて行った
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風呂に入り髪を切られた紫苑はこれが元の姿だとバリにサッパリとして椅子に座り、立ったままの桔梗と向かい合っていた
「それでは改めて説明をしましょう、紫苑様がエテシア様がお亡くなりになりそれに情けなくもふて寝して300年ほどが経ちました」
いきなり紫苑が驚愕とした表情を浮かべる
「ちょっと待て」
「はい待ちましょう」
「俺がふて寝してから300年も経ってるのか」
「はい、細かい数字は忘れましたがそのはずです」
紫苑が少し恥ずかしそうに頭をかく
「まあいいか、過ぎたことは仕方がないしな、話を続けてくれ」
「かしこまりました、この300年の間に竜胆、橘、姫椿は退屈だからと言い残し旅立ってゆかれました、そしてここもほとんど誰もいなくなり、今では月に一度にボランティアを募り掃除をしている程度です」
「奉仕作業かよ、えっもしかして今のこの城俺とお前しか居ねーのかよ」
「よくわかりましたね、お褒め致します、ええその通りです、私も紫苑様がお眠りしている以上やることもないのですのでそこそこに抜け出しておりますので実質紫苑様1人の城になっています、やりましたねこの広大な城を1人で独占ですよ、まるで王様ですね」
「お前さっきから舐めてるだろ」
「いえいえ、私は紫苑様のことをこれ以上ないほどお慕いしていますとも」
軽く紫苑が諦めのため息を吐き、椅子を立ち部屋に備え付けられてあるテラスへと出る、時間は夕方ごろで城の5階からはよく城下が見えた城下は赤く染まっていて少し薄暗かった、だがそれでも300年前より大きくなった町と、人の姿をした竜が人と何も変わらない生活をしているのが見渡せた
「増えてる、昔はあんなに人型で居るのが不満だって言ってたくせに」
何気ない言葉だったが、それに後ろに追々してきていた桔梗が答えを返す
「はい、紫苑様が忠告されていた通り、竜の姿で居るときの食事量では周辺の生物が滅びかけまして、今では極力人の姿で居るように通達されております、それに皆様料理の素晴らしさに目覚めたようで、今では竜の姿に戻りたくない言うものも居る始末、まるで紫苑様のようです」
「お前一言多くないか、あっ、そう言えば誰か客は来たか?」
「いえ、ご友人の方々は来ておりません、ただフェンリルのイゾリタなら来ました、ですが紫苑様もお休みでしたので即刻追い払わせていただきました、人に関しては最高でも森の中間地点が精一杯までは頑張りましたが、ええゴミのように薙ぎ払われて終わりました」
「そうかちょっと期待してたんだがな、というかなんかストレス溜まってんの? 俺が起きたせいなの?」
この竜の谷の周囲は広大な森に囲まれている、そこは竜種を頂点とした生態系が築かれていて、そして必然ながら生物は進化するものであり、竜種に対抗しようと強くたくましい生物が植物がこの森には多くいる、それは人にとって貴重な物が多いということではあるが、並みの人間にが踏み込める場所ではない、それでも貴重な素材を求め幾人もの人が森に踏み込む、時には竜の谷の竜を狩ろうとして森に踏み込むこともある、だが殆どの人間はその環境に死に絶えていた
それでも一応、昔は一部の人間は竜を求めて谷まで到達することもしていたし、特殊な方法を用いれば安全な道が竜の谷まで開くことも可能だ、さらに言えば紫苑の、竜王の気まぐれで周辺国々の王と会談をすることもあった
何より紫苑は辿り着くことの出来た人間を好いていた、敵なら直々に相手をして、殺さぬままに褒美を与えて元の場所に帰し、迷い人ならこちらの身分を明かさずに仲良くなり、最後に国に帰して身分を教えて驚かせるなどをしていた、だが300年を経て誰も来なかったというのは残念であった
「それじゃあさ、竜胆、橘、椿姫の居場所は…………ああいいや、どうせ解らねえんだろ」
「予想するあたり小賢しいですが、その通りです、流石に招集をかければ帰ってきはするでしょうが、こちらからはどこにいるのか皆目見当も」
顎に手を当てた紫苑が少し考え込む、そして思いついたとばかりにポンと手を打つ
「一応聞いておくけど、これから俺の予定ってあったか?」
その質問は念のためと聞いたものであったが、返ってきたのは予想外な答えで
「もちろんございます、流石紫苑様分かっていらっしゃらないと」
「えっ、ほんとにあるのかよ、何あったっけ?」
「この私と愛し合う蜜月です」
真面目な顔をした桔梗に一瞬紫苑がポカンとした顔をする、そして紫苑は普通に嫌そうな顔になる
「やだよ、そのあとに俺が誰か連れてきたらお前めちゃくちゃ怒るじゃん」
「やはり先ほどの思案はまた女子を外にひっかけに行くことでしたか、いい加減その女癖を治そうとは思わないんですか」
「竜王様だし良いだろうが、というか付いてくるなよ、お前が来ると大抵話が拗れるし、久しぶりにのんびり回りたいんだよ」
「その前に300年我慢した私にご褒美を下さい、いくらなんでもご無体です」
「じゃあ竜王の絶対命令、付いてくるな」
「ぐっ、そんな卑怯な、いくら全ての竜が敵になろうがこればっかりは聞けません」
ちなみに竜王の絶対命令とは竜王に従う存在を全てかけた命令であり、これに従わないということはその竜全てが敵に回るというものだ
「絶対命令ってのは流石に冗談だが聞けよ! 俺はお前の絶対的な上司だろうが、仕方ない 喰らえ、『光束輪』」
魔力を放出し、桔梗の身体の周りに光の輪が生まれてそのまま締め付けた
「はっはっはっは、じゃあな、いつかは相手してやるさ」
高笑いをしてはいるが、見苦しさが1週していっそ清々しいほどのあわてぶりで紫苑はテラスから背に被膜の付いた翼を生やして飛び立つ
「ああ何を子どもじみたことを、紫苑様らしくはありますが」
桔梗が肘から下しか動かない腕を紫苑に向けているのをバックに飛び去っていった
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紫苑から見えなくなったのを確認した桔梗はまるで力を感じさせない一振りで自分を拘束していた光の輪を破壊した
「まったく、乗った私も私ですが、拘束するならもっときつくやってもらわないと私が燃えられないじゃないですか、はあ、つくづく優しい方です、それでは茶番も終わりにしてこっそりと追わせてもらいましょうか」
言い残して桔梗はすっかり暗くなった闇の中へと溶けていった