前編
あれは、昇進が決まった日だった。
異例とも言える事例に浮かれて、しこたま飲んで、酔っ払って帰る途中だった。
「うー、飲みすぎたなぁ・・・。まぁ、でもめでてえ日だからいっか」
意味もなくひとりごと言っているところに、視界の隅に占い師のような男が入ってきた。
占い師みたいなフードをかぶりテーブルを構え、座っている。タバコを一本ふかしていたが、左手でタバコを灰皿に押し付け、火を消すとオレに声をかけてきた。
占いの誘いなら断ろうと思った。
しかし、出てきたセリフは占いへの誘いではなかった。
「もし、そこのあなた・・・。ゲームをしませんか?むろん、無料というわけには行きませんが」
ん?
最初はうさんくさい占いかと思ったらそうではないらしい。
酔いも手伝って、興味も沸いたため話聞くだけなら良いかな。
「・・・ゲーム??」
「簡単なゲームですよ。賭けるのは・・・、あなたの過去です」
「過去ぉ・・・?」
「そう、あなたの過去です。もし、負けた場合、あなたの過去をいただきます。勝てば、そうですね、大金を差し上げましょう」
オレは、あまりにうさんくさい話に思わず笑っていた。
しかし、まぁ、賭けるのは、過去なのだ。未来じゃない。
「そう、大丈夫ですよ、過去はあくまでも過ぎ去った出来事に過ぎません。負けたからと言って金出せ、って言っているわけじゃないですし」
「ふーん・・・。まぁ、いっか。で、ゲームのルールは?」
「ルールは簡単です。あなた、カップ&ボールって知ってますか?」
カップ&ボールだって・・・?
「カップ&ボールというのは、世界的、歴史的に手品のはじまりとも言われる代物ですが、もともとはギャンブルとして、ヨーロッパ、中東、地中海地方、遠くは中国まで広がっています。手品師がよく、ボールをカップの中に入れて動かすと、カップの中にあるはずのボールが隣に移動してたりするマジックをみたことありませんか?」
うーん、あるような、ないような・・・。
「単純に言えば、私が、テーブルの上で、このさかさまにしたカップの中にコイン・・・、そうですね、ちょうどここに500円玉があるのでいれます。カップは全部でABCDと書かれた4つのカップがありますが、このカップをさかさまにしたまま、私が動かします。そしてその後、あなたは二つのカップを選んでください。その2つのどちらかに500円玉が入っていたらあなたの勝ち。入っていなかったら私の勝ちです」
なるほど、子供の時にどっちの手にコインが入っている?というゲームとかを遊びでよくやった記憶がある。それが、カップになっただけだな。
いいだろう。受けてたとうじゃないか。
悪いが、動態視力は良い方でね。
いくら酔っているからって負ける気はしない。
「よし、やろう!」
男はにんまりと笑うと、テーブルの上にカップを左からABCDの順に4つ並べた。そして、500円玉を差し出してきた。
オレは500円玉を調べ、異常がないことを確認した。普通の500円玉だった。
昭和63年製だ。
男に返すと、男は500円玉をテーブルの上に置くとさかさまにしたカップAを掴み、そのまま覆いかぶさるように入れた。500円玉が、カップAに隠されて見えなくなる。
「では、行きますよ・・・。」
「おぅ!」
はやいっ!!
男の手は滑らかで淀みのない流麗な川のように、コインの入ったAのカップからコインはB、BからC、そしてまたCからAと移されていく。目で追うのもやっとである。また、男の両の手も別の生き物が絡み合うかのように
動き、視界の妨げとなる。
「ふふふ、まだ早く行きますよ」
んっ!?
まだ本気じゃなかったとでも言うかのように、男の手がスピードアップした。目で追いかけるのが精一杯で、逃しそうになる。
ふと、精一杯の中、一つのことに気づく。
Dのカップが動いていないのだ。
いや、正確にはまったく動かないわけでないが、ほとんど触ることはない。ましてや、コインが入ることは絶対に無かった。
ふーむ、男のポジションはABCの3つのカップの中心に位置し、やや離れてDのカップがある。ただ、単純にDのカップが動かしにくいのかも知れない。
「ふふふ、そろそろ良いでしょう」
オレの目も限界に達しそうになっていた。助かる。
結局Dのカップは全然触れられないまま終わっていた。
「さぁ、どれですか?」
男は自信作を見せるかのような笑顔で聞いてくる。
だが、甘い。
動態視力には、自信がある。ましてや、最近はDSの眼力トレーニングもしているのだぜ、オレは。
オレの目は間違いなく、Bのカップに入っていると告げていた。
「いやー、難しいなぁ、参っちゃうなぁ」
「はっはっは、そうでしょう、そうでしょう」
「あっはっは、いやー、Bかな?」
ピタッと一瞬男の笑顔が止まる。
「あっはっは、じゃあ、開けてみましょうかね」
オレは笑顔を崩さず、Bのカップを開けさせる。
男は硬直した顔のまま、Bのカップをゆっくりと上に持ち上げる。
勝った・・・。
そう確信したオレの顔は次の瞬間、崩れ去った。
Bのカップには何も無かったのだ。
「いやー、危ないところでした。はっはっは。残念でしたね。次はどうしますか?」
男はさらににんまりとし、次を聞いてくる。
くそっ、さっきのはブラフだったというか?
オレは屈辱感を味わいながら、次を考える。
Bが外れたとなると・・・。
残るは当然ながら、A、C、Dの三つだ。
残念ながら、Bに入っているとばかり思っていたオレは残りのどれに入っているか見当もつかない。
うーん、適当に答えるか?
確立的には3分の1の確立で当たるはずだ。
・・・待てよ?
Dにはほとんど触っていない。
ましてやコインを入れた時など、皆無であった。
Dは外して良いと考える。
とすると・・・、確立的には2分の1、残るはA、もしくはCだ。
どうにか絞れないか?
考えろ、オレ。
考えるんだ。
たとえ、100%の自信を持って答えを出せなくても、少しでも良い。
自分の視覚という、本来信頼できるはずの感覚に裏切られた今、どうにか可能性をあげることはできないか・・・?
オレは男を良く観察する。そして、カップを動かしている最中の男をよく思い出してみる。
・・・男の利き手はどうやら右手らしい。
カップをかたす時や準備する時、右手がメインに動いていた。
実際、カップを動かしている最中は利き手に近いAを基本に動かしていた印象はある。
とすると、やはり、最終的には利き手に一番近いA・・・?
ピーン、ときた。
実際そんな音がしたわけではないが、、いわゆる、閃いたのだ。
「答えは、Cだ」
「・・・ほぅ、なぜCだと・・・?」
男は試すような顔をして聞いてくる。
「Bを外したときはまったく見当もつかなかった。しかし、あきらめないで考えてみたんだ。アンタの利き腕は左手だろう」
男の顔が強張る。
「最初、アンタの利き腕は右だと思った。右をメインに使っていたからな。うっかり騙されるところだった。しかし、よく思いだしてみたんだ。それは、一番最初の前、オレに声をかける前だ。アンタはタバコを吸っていたな。そして、アンタはそれを、左手でもみ消した。」
男は答えない。
「アンタはオレと会って、声をかけたあとから演技していたというわけだ。コインは一番操作しやすい利き手に近いカップに集まり、最終的に帰ってきた。さぁ、開けるんだ。」
男は止まっている。
・・・しかし、次の瞬間、再びにんまりと笑った。
まさかっ?
Cのカップを開ける。
そこには何も無かった。
男はDのカップを開けた。
そこには、紛れも無く500円玉があった。
男はにんまりした笑顔で言った。
「あなたの過去いただきますね」
・・・続く