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第九話:電話の主

 希思がいるであろう方向を向いていた大和だが、突然として力が抜けたかのように地面に落ちる。ゆっくりと大きく息を吐く。

 ほんの数日前まで普通の日常を歩んできた大和だ、たとえ非日常を望んでいたのだとしても、こんな非日常の中、殺し合いという戦いを始めて体験したのだ。

 大和は殺す気など全くないが、相手にはあった。そんな鬼気迫る状況で自分を見失わず、今の現状を把握する。

(生き、てるな。ははっ、………怖えぇな。本当に殺し合い、そんな戦いか)

 地面に背中を預け、大の字になって寝転ぶ。小さな瓦礫などが背中を突くが気にはならない程度のものだ。

 寝転んだまま、手を顔の前まで持ってくると、再び大きくため息をつくと同時に、手を握る。まるで自分がここに存在することを確認するかのように……

 

 少し体を起こし、近くで倒れている名を知らぬ男を見る。素人の大和の一撃で気絶でもしているのか全く動く気配はない。

 ゆっくりと立ち上がろうとしたとき、ポケットの中で携帯が鳴る。


「希思か?」

 そう思って、携帯のディスプレイに映る文字を見る。

 そこには……想像とは違う、意外すぎる名が表示されていた。


石動いするぎみつ

 携帯のディスプレイにはそう書かれていた。大和が元いた世界での友人の名前。

 大和は一瞬の安堵と共に、何かに対する不安を覚えた。

 

 大和はこの場所に来て何度か、元の場所にいるはずの友人に電話をしてみたのだ。

 しかし、繋がることは無かった。この世界では電話は無理なのか、そう考えていたが、それは希思によって崩された。

 確かに、この世界にいる人間には連絡をとることは出来る。そう言っていた。

 つまり、この世界でいる大和の携帯に元の世界での友人の名前が出た、それの理由は一つだった。

「あいつも、このゲームに?」

 そう言いながら、携帯を開く。もう一度、名前を確認すると電話に出た。

「褌、お前もここにいるのか!?」

『お前も、ってことはいるんだな、この街に』

 聞きなれたはずの友人の声、そのはずなのだが、その声のどこかに大和は、何かが違っているような違和感を感じた。

「いつ来たんだよ」

『少し前だ、このゲームは』

「意味がわかんねぇだろ!? 何で殺し合いなんて……」

 大和は電話越しの友人の声をさえぎって、共感を求める。

 当然、大和は友人の答えは自分のそれと同じだと思っていた。

 しかし返ってきた答えは………

『………何を言ってる? なんでも望みが叶えれるんだろ? 他人なんてどうでもいいじゃないか、願いが叶うんぞ。最高じゃないか』

 大和はその答えに、寒気を感じた。つまり、ゲームを前面に参加し、プレイヤーを殺す。友人であるはずの褌はそう言っているのだ。

 大和の知っている石動褌という人間はこんなに歪んではいなかった、何にでも悪というなら反発し、抵抗する。そんな正義感の塊といった感じの人間だった。

 その石動褌が殺し合いのゲームを肯定した。

「褌? なに言ってんだ? 殺し合いに………賛成するのか?」

『当たり前だろ、だからこうして、いろんなやつに電話をかけているんだよ。近しい人間から殺すためにな、少しばかり躊躇ってくれるから楽だよな』

 壊れている、大和はそう感じた。なぜ好き好んで自分の知り合いから殺そうとするのか、理解できない。

 そして、褌は言った。『躊躇うから楽』、と。

「誰か、……やったのか?」

 大和はその問いを聞くのが怖かった。しかしそれは聞かなければならない気がした。

『……ああ、久津くつ未来(みらい)って覚えてるか? 覚えてるよな、あいつもここに来てたな。まぁ、もういないがな』

 久津未来、大和と同じクラスだった少女だ。あまり話したことは無かったが、消極的なようであったのは覚えている。彼女が、もういない。

 その答えで考え付く答えは一つしかない。 

 

「――殺したのかっっ!!」

『ああ、簡単だったさ、迷ってたしな。このゲームが怖いとか何とかも言ってたな』

 このゲームが恐ろしいのは大和だって同じだ。しかし、大和に恐怖を与えたのは石動褌という友人の言葉に、だった。

 電話越しに、褌の笑い声が響く。

『いつもみたいなちっせぇ声じゃなくて、甲高い悲鳴だったな〜。気持ちいいくらいのな』

 平然と言ってのける褌。そこで、大和はシェラの言っていたことが本当であるのだと理解した。

『このゲームのは壊れている。プレイヤーもだ。一度覚えた快楽はなかなか捨てられない生き物』、まさにそうだろう、褌は壊れていた。

 そして、一人かどうかは知らないが、久津を殺した瞬間から、おそらく異常なまでに飢え始めたのだろう。だからもっと、死を求めてしまう。

 大和は携帯が壊れてしまうかのようなほど強く、強く握った。

 そして喉の奥から捻り出した様なかすれた声で言う。


「………褌。お前は間違ってる。この殺し合いなんてものを肯定してしまうなんて」

『ははっ! 大和〜、お前のほうが間違ってるぜ、郷に入っては郷に従え、って言うだろ? それだよ、殺し合いのゲームに参加したんだ、やるしかねぇだろ』

「それが間違ってる!! 何で、迷いもなく人を殺すんだよ!」

『ゲームだからな。お前、この世界で死ぬとどうなるかなんて、俺たちで分かるのか? わかんねぇだろ? だから本当に死ぬかどうかだって怪しいじゃねぇか』

「それが本当だったら!」

『残念だったな、って言ってやるよ』

 笑い声がはじけ、電話越しに大きな声が響く。

 そして、その言葉は大和を本気にさせるには十分だった。

 あくまでも、この殺し合いを肯定する褌。

 あくまでも、この殺し合いを否定する大和。

「褌」

『んだよ? 気が向いたから、ダチのよしみでしばらく生かしておいてやるよ。まあやるなら相手をするがな』

「人道を踏み外したお前は、俺が止めてやる」

 そんな大和の言葉に、褌は嘲笑で返す。

『くは、ははっ。馬鹿じゃね? 止める? 殺すの間違いだろ。お前も殺したいだけじゃねぇか』

「違うっ! お前を止めてやる!」

『まぁいい、やってやるよ。でっけぇ塔の見える大通りだ。さっさと来いよ』

「今、行ってやるさ」

 そういうと電話は切れる。向こうから切ったようだ。

 大和は立ち上がり、携帯をしまう。

 そのまま歩き出そうとすると、一つの人影が、こっちに走ってくるのが見えた。

 

 

「にゃ〜。大和〜、無事で何より〜」

 希思の雰囲気ぶっ壊しの抜けた声が耳に入る。

 声を聞き、希思のほうを見て、顔に笑みを浮かべる。少し歪かもしれなかったが、感情を偽るのが得意な大和だ。大丈夫であろう、と思い込むことにした。

 

「希思、早速だがこいつはどうするんだ?」

「運ぶのっさ、目を覚まさないしね」

「目を覚まさない?」

「そうだよん、指輪を破壊されたプレイヤーは意識不明に陥るの」

 大和の顔に指を近づけて、希思は言った。

 その中の一つの単語に、大和の意識は持っていかれていた。

「意識不明?」

 

 まるで、そんなことは聞いていない。とでも言うかのように鸚鵡返す。

 顔には驚愕の表情も浮かんでいるが、希思は気にした様子も無く、答えた。

「そう、一種の植物状態だよ」

「なッッ!? じゃあ何でこいつを」

「何でって、前にも言ったじゃにゃいか」

「そうじゃない、何で植物状態に、殺さねぇ意味無いじゃねぇか!」

 突然知った事実に、驚きを隠せずに声を張り上げる大和に対し、達観したような希思は冷静に答える。

 

「そうでもないよ。大和は死んでしまうのと、植物状態、確かに治せないかもしれないけど、そんな状態でも生きて帰るのとどっちがいい?」

 死ぬか、生きるか。

 そう問われた瞬間、どちらを選ぶか。

 考えてもわからない。ただ、生きて帰ればまだ、もう一度でも歩き出せるかもしれない。そんな考えが大和の頭の中を巡る。

 普通なら生きて帰る。そういうだろうが、意識が戻らないなら死んだも同じだ。

 どちらが正しい答えなのか、判らなくなる。

 大和の頭の中で、結論は出なかった。しかし、ただ願望としての答えなら出た。


「そりゃ生きてのほうが」

 希思は同意したように頷いて、続ける。

「じゃあ問題ないよねん」

「……ああ……」

 希思は裂人に向かって歩いていき、座り込んで顔を覗き込む。

 

 もう一度、大和は迷う。たとえ生きていても、死にも等しい状態だ。しかし、確かに死ぬのとは違うのだろう。その境界を知りたい。知りたいが、教えてくれるものなどはいない。

 ふと大和は先ほどを思い出し、思考を全て振り払う。

(考えるのは後だ、今は……)

 希思の呑気な声が耳に聞こえるが、意識できなかった。

「大和〜、こいつを運ぶよ〜」

「………」

「大和〜?」

 とてとて、と希思は近づいてくる。そのまま、俯いた大和の顔を見ようと、顔の下に入り込み、見上げる。

 大和はそれに気づき、とっさに顔を上げた。しかしすでに紅潮してることも、自分で分かるほどだった。

 

 顔が戻る、そのくらいの時間は経った。頭の中で必死に言葉を選び、希思に伝える。


 だが結果としては、大和自身も何を言っているのかさっぱりわからないようだった。

 しかし、気づいていたのか希思は止めることなく、大和に言う。

「むぃ〜。じゃあ、しばらく待ってる。早く行って、早く帰ってくるんだよ〜」

 殺し合いとは言わなかった。希思が付いてきても、困るから。

 それは希思が弱い訳じゃない。むしろ大和は自分より希思のほうが遥かに強いことを知っている。しかし、これは自分の問題なのだ、この殺し合いに希思は関係ない。だから参加して欲しくない。希思にはまだまだすることがあるのだ。そう勝手に理解する。

 じゃあ、言ってくる。

 そう言って駆け出したのは裂人を下してから数十分後のこと………







 大通りに出るのは直ぐだった、先ほど戦っていた裂人が砕いたのであろう瓦礫が道を教えてくれた。

 後ろに希思がいないことを確認し、大通りに出る。


 直ぐに、左右を見て人影を確認する。

(右、……左)

「どこ見てんだ、よっ!!」

 殺気にでも反応したというべきか、一瞬でその場から飛びのく。

 瞬間に、激しい爆音が聞こえた。鼓膜を貫くような異常なほどの高音の爆音。

 

 そして、攻撃のあったほうを、振り向く。

 それは………

(空?)

 空を見上げる、しかし、人影などない。あるのは小さい球体だけ。

「? 何だ?」

「ショータイムだなぁ」

 聞こえたのは、壊れた友人の声。

 直ぐ目の前にいた、日常の中で一緒にいた親友だった人間。

「テメェを唆した能力ちからは俺が消してやるよ! 『磁砲』!!」

 叫ぶと、紫電を纏う黒い砂鉄が大和の周りを漂う。

 大和の命令に忠実な、磁力を操るこの世界での唯一の武器。殺すための武器ではない、植物状態にしてでも、殺さないための武器だ。


「お前を殺せば三人目だ!」

 もう二人、一人は分かっている。それ以外にももう一人殺したのだろう。ここに来たのは少し前だ。と言った、その時間で、それだけの間で友人は狂ってしまったのだろうか? 否、違う。褌はもともと壊れ始めていたのだ。

 大和は思い出す、自分がこの世界に来る前にあっていた褌を……







「大和〜昼飯食うぞ、昼飯!」

「朝から昼飯食うなよ、むしろそれが朝飯だろ?」

 大和たちの通っていた高校だ。それの朝のホームルームも始まる前の時間。いつも褌は大和の近くに寄ってきて、馬鹿話や、最近の政治家は〜など、無駄話ばかりしていた。そんな褌を見るのも大和の日常の一環だった。

 それが変わったのは何時からだろう? 大和はそう思うと、もう少し先の日を思いだす。


 大和はいつもどおりに学校に来ただけだ。いつもと変わらない、いつもと同じ時間、違ったのは褌がいなかったこと。

 後で知ったが、その前日、褌の唯一の家族であった姉が交通事故に会い、病院に運ばれていたらしい。らしいというのも、友人といってもそれは学校内の、であったから。学校を出て、休日にでもなってしまえば、あまり干渉することがなくなる。家が遠い、そんな理由が多いが、大和と褌も同じだった。

 その日の授業はいつもと同じ、つまらなく、退屈で抜け出したいと願った日常そのものだった。

 しかし、その時の褌には違ったのだろう。今現在、授業を受けている大和とは違う場所で、非日常を見ているんだろう。だがそんなこと、大和の知る由もなかったのだが。

 

 放課後、大和は何も考えずにつまらない一日の半分が終わったことを実感すると同時に、もう半分を過ごす家への帰路についていた。

 夕焼けが映える、真っ赤な空を見上げて歩いていると、今日いなかったはずの褌が制服姿のまま、立っていた。

 大和は声をかけるか迷ったのだが、結局は声をかけた。

「褌?」

 返ってきたのは、老人のようにしゃがれた声。

「ああ、なんだ? 大和?」

 褌が壊れだしたのはその頃からかもしれない。

「どうしたんだ?」

「バカみてぇだな、って思ったのさ」

「何が?」

「全部………」

 首をかしげて、その言葉の意味を聞こうとする。だが、聞く前に褌はいなくなった。

 見えたのは夕焼けの中を歩く褌の後姿だけだった。

 

 次の日、褌はいつもの褌に戻っていた。しかし、それは表面上だけだったのか。そして噂の中で聞いた。

 あの日、褌の姉は静かに息を引き取った、と。

 

 大和はよくは分からなかったが、少し、分かろうとした。

「意味の無いことを何、がんばってたんだろうな? 全部、壊れちまえばいいんだよ………」

 夕焼けの中、しゃがれた声で聞いた、この世界に絶望するかのような言葉を………

 それから、褌は変わった。いつも以上におかしなテンションで、クラスを盛り上げていた。

 しかしその内にあるものなど誰も知ろうとしなかった。

 壊れていたのは褌だけだったのだろうか。大和はふとそう考えてしまった。

 もしかすれば、すでに人間というのはすべての者が狂い、嘆いているのではないか、と。

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