第七話:共闘作戦開始!
鉄骨の森、そんな言葉が当てはまるような場所。それは未完成のまま忘れ捨てられた塔だった。そんな鉄の塔の中、ひたすらに上を目指し歪な階段を登る影が二つ。
黒い髪をした二人、長身の男と、その男より頭一つ半ほど小さい少女。
端から見れば兄妹のようにも見える。しかし、二人は別段、特別な間柄ではない、ただこの殺し合いのゲームで手を組んだだけ。
「なぁ希思〜、何でこんなとこ登ってんだ?」
長身の男、水月大和は先に登っている少女、遠坂希思に問うが、希思の答えは数分前から変わることはない。
「文句言わずに付いてくる」
足を止めずに振り返り、そう言う。そんな言葉を言う少女の後を大和は渋々ながら追っていく。
カツン。カツン。
と、二人の足音が狭く歪な階段に静かに響いていた。
その階段が途切れるまで登りきった頃には、大和は呼吸を乱し、疲れ果てていた。
それもそのはずであろう、すでに二人はビルの二十階ほどの高さまで登っていたのだ。むしろ不思議なのは希思に関してであろう、彼女も大和と同じ距離を歩き、登ってきた。しかし息を切らすことも無く、平然としているのだから。
大和は階段を登っているときに、そのことを聞いた。
返ってきた答えは『ようは慣れだよん』、と言ったものだった。
希思はこの場所に何度も来ていたらしい。大和が聞くと、大和を見つけたときもこの場所から見ていたらしい。
希思は屋上へと出るための扉を開け、屋上へと出る。
大和もそれにつき、屋上へと出る。まず視界に入り込んできたのは眩しい陽光、まるで太陽が二人に挨拶でもするかのような。
「眩しい、けど。なんか気分が良いな」
大和はそう言いながら、鉄骨を伝い歩き、屋上の端のほうに移動していく希思を見る。
すでに遠くにいってしまったことが判ると、大和は少し急ぎながら、希思の下へ駆ける。
その途中、振り向くこともしなかった希思が振り向き、下を指差す。それにつられ、不意に下を見てしまう。
「―――高っ!」
大和は今さらだが、この高さに気づき、足を竦ませる。そして今度は間違っても下を見ないように、すでに一番端に到着していた希思から少しずつ遠ざかっていく。
笑いながら、大和に高所の恐怖を体感させた張本人が手招きしながら大和に言う。
「何をしてるんだよう、こっちにくるんだよう」
希思の可愛らしい声も、このときの大和には恐ろしく聞こえたようだった。
そして、声に反するかのように、手を眼前で振り、顔を青くしながら言う。
「無理っ! 高いとこは多分苦手じゃないが、これは限度を超えてるぞ!」
まるで逆切れのように言い放つ大和に対し、希思は軽く罵る言葉を振りかけ、大和に背を向けて、綺麗な太陽が存在する空を眺める。
ここは”ミズガルズ”という街が一望出来そうなほどの高さだった。この街に高い建築物はは少ないのか、見える限りではこの鉄骨の塔以上に高さを取れている場所など無かった。
「見ないの?」
希思はおそらくは親切心で聞いてくるのだが、大和はそれに対しても。
「見ねぇ」
親切心を断ち切り、元の階段があった場所に陣取り、頑なに動こうとしない。
「全く、色んな事を損してるな君は」
「景色なら別にいい、それよりも街を一望できるような場所になんで誰もいないんだ? 絶対有利だろう?」
「さぁ? でも参加者は遠距離、それにここまでの遠距離を攻撃できるすべを持たないから、こんな場所で見つけても、そこに着くまでに相手が移動しちゃうしね」
複数行動中なら別だけど、と付け加えてミニチュアにしか見えないであろう”ミズガルズ”を見下ろす。
大和からでも少しだけ見えるその横顔は、何かを思い出したようで、どこか寂しそうだった。
そうだ、希思はまだ幼い(年齢が不明なため、見た目だけだが)のだ、こんな殺し合いのゲームにたった一人で残されてしまっては不安にもなるだろう。と大和はふと思う。そしてそのまま思ったことを口にしてしまう。
「希思」
「んぃ? どうしたの?」
「お前って何歳? 答えによっては俺はやばい犯罪者になりかねん」
言った瞬間、階段付近にいた大和の顔面に、一番端にいたはずの希思のとび蹴りが炸裂することになった。
扉をぶち抜き、後ろの壁へと直撃する。軽く吐血でもしてしまうのではないか、と不安になるような小さな悲鳴も聞こえたが。
希思は悪びれも、というかむしろ大和に対し激の念をこめて、叫ぶ。
「乙女に対して年齢を聞くとはにゃにごとか! 蹴るよん!」
そう言った希思に対し、ゆっくりと起き上がった大和は正論を述べるのだが。
「もう蹴ってるじゃ………いてっ! やめろ、痛いっての!」
何度となく蹴りを入れられた。
「分かればよいのだ、それで大和は何歳なのだ?」
「俺か? 俺は今は十六だが、今年で十七だ」
そんな答えに、予想通りだ。といった顔をして、うなずいているね希思がいた。
大和は少しムッとしながらも、自分が言ったんだからお前も言え。と言うような顔をしていた大和を見ると、仕方なそうに
「驚くんじゃないよん」
「ああ、でも十歳以下なら驚くぞ!」
また希思の一撃が飛び、大和を悶絶させたが、その次の瞬間に、場違いなドラムロールがどこからとも無く聞こえてくる。
少し気になり、それの正体を見定めようと、あたりを見渡し始める大和。そんな大和を完全に無視してドラムロールは流れ続け。
「………実は、………」
ドラムロールは止まった。不信に思ってまだあたりを見渡す大和がいる。
「ドラムロールはあたしなのだ!」
「んな事はどうでもいい! 年は!?」
「だから乙女の秘密だと言ったじゃにゃいか!」
怒号と共に、今度は頭に向かってのチョップが炸裂するが、それに対してはあまり痛みはなかったようだった。
そして結論としては、ドラムロールは希思の声でした。大和も探していたわりには希思であることを気づいていたみたいで、実はどうでもよかったみたいです。
ちなみに希思の本当の年齢は十………ヘグッ!
知らないほうがいいこともあるそうで…………
「ほろ」
唐突に希思の変な声とともに、大和の手へと渡されたのは見覚えのある双眼鏡だった。
「なんだよこれ?」
「双眼鏡っさ」
「いや、それは見れば分かるが。これでどうしろと?」
希思は先ほど見下ろしていた街を指差す。
そして、今度は大和と一緒に街を一望できる場所へと、鉄骨を伝っていく。少しながら、震えていたが、大和も無事に到着していた。
そして、いまだに下を見れない大和は一度その方向を確認し、もう一度希思に顔を向け、尋ねる。
「見ろ、と?」
当然、とばかりに無言で頷く希思。
対照に、んなバカな、と絶句する大和。
「あたしはあっち、大和はこっち。別に一陽、赤い髪の男じゃなくてもほかのプレイヤーでもいいよん。結果としてはみんなと脱出するんだしね」
希思はそういい残すと、階段から出るための飛んでいってしまったの扉の向こう側へと軽やかにピョンピョン跳ねていった。
大和しかいなくなってしまったその場を静寂が支配する。
「どうしろって言うんだよ!」
全力で叫ぶが、大和のそれは虚しくも風に消されていった。
とりあえず、街を見下ろすことが最優先、ということで、大和は足を震わせながらゆくっりと腰を下ろしていく。
「ま、まぁ、落ちたりはしねぇようにいこう」
逝こうと言っていた。
腰を下ろすことには成功したのだが、それから全く視線を下げることが出来ず、見える最低限の範囲だけを見ようと双眼鏡を覗き込む。
「うん、やっぱり近くは全然見えねぇ」
よし、と気合を入れた後、視界は下げられていく。
実にゆっくりと………
大和の眼下に広がる街を視界に入れると同時に、恐怖と異常な疲労で乱れまくっていた息を正すかのように深呼吸をする。そして、今度こそ双眼鏡で探そうと双眼鏡を目にやる。
「ん〜? よく見えねぇ」
一度見てしまえば慣れるのか、しばらくすると、少し顔を緩めて街を見下ろしていた。
しかし、それは一瞬で打ち破られた。
「大和〜!」
「のうっ!?」
大和は希思の自分を呼ぶ声に驚いて、変な声を出す。それはそうだ驚いた瞬間に何もない空間に身を乗り出していたから。たとえ高さに目が慣れたとしても、落ちたら結局は意味の無いことだ。
大和は体の半分近くが、外に投げ出された体勢のまま動かなくなり、硬直する。
「何してるのっさ、早く早く!」
と、希思の急かす声で硬直が溶けたのか、ゆっくりと、かつ慎重に体を押し戻していく。
さらに急かす声が聞こえるが、大和には完全に耳に入っている様子はない。
元の体勢に戻ると、大きく息を吐き出して立つ。
そして希思が自分を呼んでいることを思い出し、どこにいるか分からないがとりあえず消えたほうへとゆっくりと鉄骨を伝っていく。
「これは九死に一生だ………」
「全く何してるんだよ〜」
そういったのは、希思だ。自分の能力と言った狙撃銃『ヘカートII』のスコープで街を覗いている。
その様は大和が今までに見た希思とはかけ離れていた。お惚けな言動こそは変わらないが、その雰囲気などは別人のようだった。
能力であるスナイパーライフルのスコープを覗き込む様はまさに戦闘に馴れ親しんだ狙撃手だった。
「まあ、気にするな。それでなんだ? 見つかったのか?」
「? まぁいいや。そう見つけたの」
希思の位置から少し離れながら、大和は手渡された双眼鏡で希思の指が指し示す場所を見る。
見えたのは大和や希思と同じ、黒髪の男。
「あの黒い髪か?」
「そうだねん、この場所から一番近くにいたのがあれだよん」
「行くのか?」
「行くよん、んじゃ大和、復習だよ。あたしたちの目的は?」
「話し合い、それが無理だとしたら、指輪の破壊。だろ。ちなみに現状判断は一瞬で行うこと」
「よろしい、でも、心配なことだし、あたしが行くからね」
そう言って希思はスコープから目を離し、立ち上がる。
「希思、俺はどうするんだ?」
「携帯は持ってるっしょ、番号教えるんだよん。それで連絡取るから」
「いやでも、電池とかねぇし」
「大丈夫なのだ、この街では案内人と連絡を取るための手段なのか、電池はなくならないっぽいのだ」
便利だな〜、と言って携帯を開き。もう一番端、というものにトラウマでも出来たのか、近づく事はせずに希思に投げる。
「勝手にしてくれ」
にゃー、と言いながら大和の携帯を見て、なにやらいろいろ弄くっている。
少したつと、携帯を投げ返され、ねこ子が走っていく。
「んじゃ、目標の居場所を電話で知らせてねん」
いつの間にか、元に戻っていた扉の閉まる音とともに、大和は双眼鏡を覗き込み、黒い髪の男を目で追いかける。
希思は歪で未完成な階段を自分が出せる最高の速さで下りる、失敗してはいけない、自分が見た人間も、知らない人間も誰も死んで欲しくない。それは不可能だ、判ってはいるがあきらめれない。だから、全力で走る。
鉄の階段に響く、うるさい音。
否応でも耳に入ってしまう、不快な音を振り切りながら、さらに下りる。
「はぁ、疲れる〜」
不意に脱力した声ようなを出すが、希思のスピードは収まらない。
「後、三階だけだね」
ドンッ、という、乱暴に扉を開く、というより蹴り壊す音と共に、希思は自分のスカートのポケットの中から携帯を取り出す。
少し操作し、先ほど登録したばかりの番号が画面に出た。そして携帯を耳に当てて、応答を待つ。
そして、直ぐに声が聞こえる、先ほどまで一緒にいた男の、大和の声。
『希思、まだあんまり移動してないぞ』
「この場所からどっち?」
『この場所がわからねぇが、とりあえず見える大通りをしばらく真っ直ぐだ』
「了解よん!」
了解。その言葉と同時に走り出す。
大和の言ったととおりに、大通りを走る。いかにも賑わいを出しそうな商店街だったが、人は希思以外どこにもいない。
ここは大和が来て、一〇八人。それ以外本当に無人の街なのだと実感する。いや、今はもっと………
『聞こえるか?』
「大丈夫よん」
『今、こっちからお前が見えた。その場から真っ直ぐ行って、四つ目、いや五つ目の右の路地だ』
「五つ目、OK!」
携帯を耳に当てたまま、希思は走り出す、周囲を確認しながら、路地の数を数えている。
「一、二」
二つ目の道を超え、まだ大和の声は聞こえない。
「三、四」
止まる、そして右を見ると、大和の声がなく、目を見開いて来た道の路地を数えなおす。
それを行い不思議に思った。五つ目の路地など存在しない。上から見えるのにこっちからは見えない。やはり、この場所は異常なことでも起きるのだろか。
希思がそう考えていた瞬間だった、大和の声がまた聞こえたのは……
『わりぃ、数え間違いだ。四つ目だった』
聞こえた瞬間、笑いながら、塔に向かって手で首元を切るようなサインを見せ、路地に入る。電話越しでも大和が慌てているのがよく分かった。
その路地は、おそらく、女でも男でもギリギリであった狭さの路地だったが、ねこ子ほどだと、簡単に通れる。
しかし、さすがに携帯を持ったままだと邪魔になるためか、大和に一言言い。携帯を閉じて狭い道を歩く。
それほどの長さも無かったため、直ぐに路地を抜けることは出来た。
希思が出る瞬間すらも上からは見えていたのか、携帯が勢いよく鳴る。
『聞こえるよな、その場から北に向かって、道なりに進んでくれ……………それでさっきはな、あれだ、あの、あれだよ』
「ホイさ」
希思は大和の最後のほうの言葉は完全に無視して、言われたとおりに走り出す。今、この大和の言葉が、目的を達するための唯一の手がかりだから。
「大和〜、後どのくらいっさ?」
『道なりに行ったら、曲がるだろ。それからは二つ目の左の路地を抜けたとこだ』
「直ぐだね、大規模に移動したら言ってよ。手に持ってるの疲れたから、切るよん」
『判った』
そう言ったのを聞くと、電話が切れた。
希思は一度立ち止まると、長距離の移動で乱れた息を正しながら、指輪の存在を確認するために、胸のポケットに手を当てる。
目を瞑る、息を大きく吸い込み、ゆっくり吐き出す。
思考を完全に除去し、精神集中を行う。
「―――――よっし」
希思は自分で頬を叩き、気合を入れるかのように声を出す。
そして、目が変わる。今の希思にはもう油断など存在しない。もう一度深呼吸すると、大和が言ったとおりの道を走る。
「一、ニ。ここさね」
今度は狭くもない路地だった。人が簡単に通れる道。だが、入らなくても長いということが判る。この先に、殺し合いのゲームの参加者がいるのだと認識しながら、ゆっくり歩き、路地へと入っていく。
狭い路地の中、おそらくであるが半分くらいまで行くと、希思は意を決したかのように走り出す。それと同時か一瞬遅れか、携帯が激しい音で鳴り響く。
走りながら携帯を開き、通話ボタンを押す。
「どうしたの?」
『まだ大丈夫だな、希思出るなよっ! 路地から出るな!』
「ほへ?」
言うのが遅かったか、希思はすでに路地を飛び出し、広く開けた大路地に出ていた。
その瞬間、聞こえたのは電話越しの大和の声でない、男の声。
「子供か、しかし致し方ない。これは生死を賭けた殺し合い、情けはない」
希思が声の主を確認するために振り向くと、その場には上段に剣を構える男の姿。それを見ると同時に、男の剣は振り下ろされる。
『希思っ!』
電話のふちから、激しくすりあうような金属音が響く。
「危ないよん」
ニカッと笑いながら、剣を眼前で止めていた。自分の能力で。作り出した狙撃銃で。
銃が刀を防ぎ、それを必死の形相で両手で支える希思。
「よく受けたな、だが………」
「逃げるが勝ちよん」
いうより速く、希思はその場をダッシュで駆け抜ける。
男の声が聞こえるのだが、完全に無視を決め込んで、走る。自分に接近戦は向かない、そんことを分かっているからこその、一瞬の判断。
『銃士』を指輪に戻すと、さらに速度を上げる。ただの重いものなど、今はいらない。遠距離でしか役に立つことのない自分の銃は必要ない。
「距離をとらなきゃにゃ〜」
後ろを振り向きながら逃げる、後ろには男が追ってくる。多少男のほうが早いためか、だんだん差を詰められていく。
「何とかなる、かにゃ〜?」
鉄骨の塔の上で大和は見ていた。
希思が男の一撃を受け止め、その直後に迷いなく男から逃げる瞬間を。しかし、距離を詰められていくのも見えている。
「さっさといかねぇとな」
扉に向かって走り出そうとするが……
(まて、間に合うのか? 少なくとも、階段を下りてあそこまで行くには四十分近くかかる、その間、希思は逃げるにしても、戦うにしても間に合うか?)
立ち止まる、そしてもう一度、希思のいた場所を見る。
「そもそも覚えてるのか、俺は?」
自分が道を覚えているという確証もない。自慢じゃないが、大和は記憶力など凡人並みだ。
その大和が、単純な道だが、それでも覚えているという確証は、ない。
再び考えようとするが、首を振る。
大和にとって考えるとは、この場に、この状況にとって意味のない行動だ。
「いけるよな、考えんな。大丈夫だ」
そういうと、何もない空間に向かい走り出す。
鉄骨の抜きん出た一本を伝い、最後まで走りきると同時に、真っ青な空へと飛ぶ。
「うらあぁぁっ!!」
空に身を投げる。
大和の目は遠くを見ている。それは男と希思が対峙するはずの場所。
そして、その場に行くために飛び出した。そして同時に叫ぶ、自分が生き、希思のもとへと行くための唯一の方法を、このゲームにおいて大和にある唯一の力を……
「さっさと来い! 『磁砲』!!」