第六話:炎の殺戮者
「――――というわけっさ、………ちゃんと聞いてた?」
木造の一室の中、少女、希思は大和と向かって話をしていた。その大和は顔にいろんな傷を作って座りながら話を聞いていた。
数分前、大和は希思、という名前に対し、『変な名前』と言った。その後、二人の狭い部屋の中での追跡劇が始まった。結果としては大和が、少し伸びた希思の爪で顔中を引っ掻かれて静かに倒れ付して終結した。
そのせいか、希思がいろいろ話していたのだが、大和の耳にはまったく入っていない。
「聞いてなかった」
大和は嘘をついても仕方ない、といった感じで正直に答える。そんな大和に対し、希思は少し怒りながら笑っている。
「仕方ないから、もう一回説明してあげよ〜」
「仕方ないって、お前のせいじゃ」
言い切る前に希思の睨むような視線が大和を指し、大和は押し黙る。
綺麗な薔薇には棘があるとはこの事だろうか………
「説明するよう、今度は聞くんだよ。まずは対象のことだね、――――」
名前は白樫一陽、って言うらしくて、髪が真っ赤で目も充血した感じの赤。
少し猫背みたいだけど、その時の背はあたしより30cmくらい上で大和と同じくらいだね。それと能力はよく分かってないけど、たぶん炎、もしくは赤い粉塵。それで特徴的なのは言動と行動、このゲームでいろんな人を見てきたあたしだけど、あいつは異常だよ。殺すことを楽しんでいる、それだけならまだいるけど、戦いを欲して楽しむを通り越してる。恐怖の悲鳴に、絶望の表情に快楽を得ようとしているみたい。
「――――まさに”狂気”だね、と言うわけでわかった?」
希思はいつの間にか手にしていた書類らしき紙をしまいながら、大和に聞いてくる。
まず聞きたいことがあったのか、間髪いれずに問いかけてくる。
「どこでその情報が手に入ったんだ?」
「あたしの分析だよん、見て、後は読唇術だよ!」
親指を天井に向けて突き上げ、グーの形で大和に向かって手を差し出す。
「読唇術って…………何もんだよこいつ」
小さく、聞こえないような声でつぶやく。
「失敬だな君は、ちょっと特別な理由があったんだい!」
ちなみに耳もいいようで、小さな呟きすらも聞こえてしまうようだ。そして、大和の頭に強烈な手刀が飛ぶ。
大和は悶絶しながら、その瞬間に希思の前で悪口は止めよう。そう誓ったのでした。
「それはいいとして、おまえ、何でそいつの観察してんだ? 二日だろ、そんな短い間で、どうしてそいつが危ないって分かったんだ?」
「たまたま、案内人と話すところをみたのだ、手伝いを探してたのさで、観察してたら……って訳だよ」
「それで正確な人数が?」
「しばらく観察してたからねん、ちなみに観察してるときに反対を見ると大和とシェラがいたんだなこれが。また、あのシェラか、とか思って観察してると大和を殺さず消えちゃったんだ。だから使えるかもって思ったのさ」
「それで、そいつの監視を止めて俺を助けた、という訳か」
希思は静かに首を上下に振って、頷く。
大和は聞いていて希思の言葉の中で、少し気になったものを質問する。
「あの、シェラ? って、あいつはそんなに有名なのか?」
大和が戦った、シェラという少年。その病的なまでに白い髪をした少年を希思は知っているかのように話していた。
「有名、かな? あれは殺しを楽しんでいる、一陽と同じくらいに。でも、それと同時にあれは自分が興味を持った人間は殺さないんだよね、如何してだかはよく分かんないけど」
興味を持つ、大和もシェラという少年に興味を持たれ、生かされた。それは間違いないだろう、あの瞬間、いつでもシェラは大和を殺すことなど出来たのだから………
「んじゃ、もう一つ質問」
「何?」
「シェラやあんた、希思はどうやって生きてきたんだ?」
希思はよく言葉の意味が理解できないのか、首をかしげる。分からない、だから、大和から続く言葉を待つ。
「食欲、それに睡眠はどうするんだ? 今の俺みたいに、あんたが傍にいるわけじゃないだろう?」
やっと納得したのか、大和の質問に簡単に答える。
「食欲は大丈夫だよ、ゲームの主催者の用意か、あらゆる食材がいろんな場所においてあるんだね。睡眠は始めの方は全然寝れなかったよ、疲れて寝る以外はね」
今は大丈夫だけど。と付け加えると、希思は不意に立ち上がると、二つある扉の一つに向かっていく。
急に行動をとった希思を不思議に思うと、率直に聞く。
「どこ行くんだ?」
しかし、返ってくる答えは
「気になる〜? でも教えてあげないよん、十分くらい待つんだにゃ」
大和を焦らすかのようにそう言って、扉の中に消えていく。不信に思って扉に近づくのだが、なにやら異様なオーラっぽいものが漂っているためか、大和はすぐに戻ってベッドに飛び込む。
木造の家の中、何故かふかふかであるベッドの上で大の字になり、思考をめぐらす。
(殺さずに勝つ、ね。結構じゃねぇか、やってやろう。………それにしても)
ぐうううう――
狭い部屋の中に響く大和の腹の虫。シェラの攻撃にも、希思の手刀にも耐えることが出来た大和だが。空腹には勝てないらしく、ベッドの上で動く気力も無くし、目が虚ろになってきていた。
「……無理………死ぬ、空腹で……結構、アピールしたのに………食欲はどうするとか………とりあえず、あいつの前じゃ……我慢してたが、やばい。ガクゥ」
効果音を自分で言うぐらいの余裕はあったらしいが、ベッドに突っ伏す大和はいつの前にまた睡魔に呑まれていく。
「出来たぞん」
そんな声と同時に扉の中から出てくる希思が、初めに見たものはベッドの上で死体のようにうつ伏せになり、静かに眠る大和だった。
希思の手には小さなお盆が二つ存在していたが、自分がそこに存在しているものを作っている間にのうのうと寝る大和に対し、ふつふつと怒りがこみ上げてくるようで、整った顔がだんだん般若のようなおぞましい表情に変わっていく。
「君は何寝てるか! せっかくご飯を作ってやったというのに! もう知らない、あたしが全部食べてやるもん」
「飯!? 何処だ何処にある」
ご飯という単語を聞いた瞬間に飛び上がる大和。
飛び上がった瞬間、希思の手にあったお盆が頭に飛んでくる。
「あでっ!」
「君の分さ!」
と言っても、もう既にお盆の上には何も載っていない。
「あの〜、希思さん? 何にも………」
「君にはお似合いだよ!」
「んな馬鹿な〜。腹が減っては戦は………」
「君が寝てるからだ」
「いや、でも」
「さっさと食べるのだ、直ぐにでも奴を探さねば」
大和の言葉をことごとく切りながら、さっさと自分の持っていたもう一つのお盆の上の料理を食べていく。
一方、大和のほうは器用に空中で取った茶碗を一杯だけもって、傍に落ちた箸を拾い、ひもじく食べていた。
ちなみにそれが無くなった後、希思にもう一度、作って欲しいとお願いしていたのは言うまでもない。
「っさ出発だよ、見失った奴を発見しなければ。いくぞう」
グーにした手を掲げて気合を入れなおす希思に対し、大和は頷きながら了承する。
「よっし、腹も満たされたし、少しは手伝ってやるよ!」
二人の一陽という殺戮者の捜索劇の始まり…………
この街にも太陽はある、月だって存在している。根本的には元の世界と同じ概念が存在している。そんな変わらぬ太陽の下、大通りから少しばかり外れた道を歩く青年が一人。そこは人が四人、いや三人ほどしか通れないような狭く小さい道。
しかし、一人で通る分にはまったく問題など無い。
その場所を歩くように彷徨うのは一人の青年。黒の髪に血をそのままかけてしまったような異質な赤黒い髪。
そして、それとは裏腹に綺麗な海水を吸い込んだかのような青色の瞳をしている。
そんな正反対な色である、赤と青の色を持ち、その場に立っているだけで異性を魅了するような容姿をしている、穏やかな表情をする青年。
青年も”ミズガルズ”のゲームの参加者、二日前にこの街に来た、まだ大和と変わらないほど、この場所に関する知識を持たないが、すぐにこの状況を理解し、自分の戦う理由を示した。
『飢えを満たす』、それが青年の目的。それはこのゲームに勝ち残ろうが関係ないことだった。簡単だ青年が求めている飢えは、このゲームの中で簡単に満たせる。それが完全に満たせるのかどうかは分からないが………。
「見つけた」
青年は自分の歩く道の先を見る。その場にいたのは、一人の少年、このゲームの参加者。
青年の声が聞こえたのか、少年は振り返る。そして、迷うことなく自分の能力の、指輪の名を叫ぶ。
何時このゲームに参加したのかは分からないが、この少年はゲームを理解している、油断をすればいつ死ぬのか分からないということも………
「『鉾槍』!」
指輪の名を呼んだ瞬間、少年の両手には、身長を越える、2mを越えるほどの槍のようなものが出現した。
槍、といっても、その穂先には斧頭、そしてその反対側には突起が取り付けられている。それは鉾槍、ハルベルトという名のもの。用途の広さが特徴的なポールウェポンの完成形といっても過言ではない武器。
それの生成が少年の能力。何か特別な訓練でも受けなければ使えそうもない槍だが、少年は熟達した槍士のようなそんな感じを醸し出している。
油断の無い構えを取ったまま、迷い無く攻撃を開始する。
「殺しはしたくないが、仕方ないんだ………行くぞっ!」
「………」
少年は青年に向かって跳躍という一歩で自分の間合いを取る。そのまま速度を殺さぬうちに、矢を引くかのように引かれた右腕を解放する。
少年の持った槍は空気を裂き、異様な音と共に青年へと突き出される。
それはまさに神速の一手。
空気すらも切り裂き、絶対無比な速度で相手を貫く………はずだった。
「……なっ!」
紙一重、そういうべきなのか、青年はわずかな動きだけで、先端の斧頭を避けていた。
瞬間、少年は反撃を恐れ、無防備になった右腕と同時に槍を引き、体を守ろうと前に構える。
―――が、反撃など来なかった。
青年の青い瞳は少年を見ていない。どこを見ているのか分からない、しかし、少年が青年の瞳を覗き込んだ瞬間、全身に嫌というほどの殺気というものを感じた。
(何だこいつは? この異様な感じは………? ボクはこいつが怖い、のか?)
少年は考える。しかし、考えれば考えるほど、青年に対しての恐怖が浮かんでくる。しかし同時に、自分に対し、『見つけた』、と言いながら戦おうとする気配がまったくもってないことに対し、憤怒の念を抱いていた。
そう考えていると、突然ねじが切れた人形のように、ギシギシと首を傾けていく。
「飢えを満たすか?」
ゆっくり、首をほぼ九十度に曲げ切ると、青年は少年に対して聞いてくる。
その問いも、少年にとって意味の分からないもの、見ていると、九十度まで曲がった首が青年の異常さをいっそう際立てているようだった。
少年は自分の中で恐怖という感情が、異常なまでに際立ってくるのが分かった。その感覚を振り切るために、槍を構える。
「今度は、一撃で葬る!」
そういった瞬間、少年は駆ける。
少年の中で、殺したくないなどという感情は無くなった。一撃で青年を殺すために、自分の手を、まるでしなる弓のように大きく引いた。
今度こそ、青年を貫く。そんな絶対な一撃をくり出すために。
「ア―――ああああアアアア………」
青年は無慈悲なまま迫る一撃を、まるで無視するかのように、震えながらも叫びだす。その声は異常で、まるで呪詛のような、気味の悪い感じがする声。
少年は頭が何かに支配されそうな感覚に囚われ、とっさに攻撃を止めて、耳をふさぐ。耳障りな、鼓膜にすら異常をきたしそうな声をさえぎる。
同時に距離を持つ、少年の渾身の一撃は能力ではなく、ただの気味の悪い声で躊躇われた。
「何だよ! こんなやつ、直ぐに………」
少年は目を見開く。
そして、目の前の異常な光景に目を奪われる。
その瞬間に青年の瞳が、綺麗な海水を吸い込んだような青い色から、まるで充血しきったかのような真っ赤な色に変わっていくのを見たのだから。
(気味が悪い、………早く、早くだ)
少年はあせる。本来ならもう自分の足元に付しているはずだった、無防備で簡単に殺せる人間だったはず、そんな奴が目の前で、異様な光景を見せている。
少年には少しの自負があった。この街に来てから、いろんな人間を下した、もちろん殺すこともあったし、致命傷を負わせ放っておいたこともあった。
武器を持つたびに自分の槍についての知識を得れた。それが能力であることは知っていた、だが知識を得たのは事実だから、と少年はたかを括っていた。知識があり、それ相応の行動が出来る。だからそれにさえ従えば簡単に負けるはずが無い、と。
しかし、今の目の前の状況は違う。青年はそんな少年の自信を完全に崩した。負けるはずが無い、そんな少年の考えを一瞬で砕いた。それが青年がやろうとしてやったことかはわからないが………
青年の瞳が完全に赤になると、震えていた体が戻り。傾いていた首を戻していく。
「キカッカカカ!」
聞いたことも無いような、異様な笑い声のようなものが聞こえる。笑い声とは言いがたい、いや人間の放つ言葉で無いような声だった。
少年は無意識のうちに恐怖を感じ、後ずさっていく。
「何だ、止まれよ、行くんだ。あいつを殺すんだよ!」
少年は震える自分に言い聞かせながら、自分の足を叩く。
自分の意志で動かなくなってしまった足を……
「サァ、オ前ハ、飢えヲ満タセるか」
急に声のトーンも、口調も変わる。確かにしっかり聞いていたわけじゃない、だがこんなに不気味さを漂わせているような声ではなかった。
「殺ソウ、殺せバ分かる、『侵炎』」
片言の中、青年は自分の能力である名前を言う。
それと同時に指輪は光を発する。
「………っく!……」
目を閉じ、顔を背ける。そうでもしなければ、それだけで失明してしまいそうな強烈な閃光。
目を開けた瞬間、その場は変わっていた。まだ日光が差し、暑い昼の天気だったはずだったが。それが一瞬にして真っ赤な粉塵で所々、太陽の光が遮られる。
「赤い、………粉?」
真っ赤な粉塵が少年の周りを漂い始める。
「一瞬ダ、爆ぜルダけ」
そう聞いた瞬間、少年の右腕が爆ぜ、宿主をなくした腕は宙へと舞った。
少年が理解し、悲鳴を上げるより速く、同じように左腕が爆ぜる。
爆発と同時に腕を焼かれたのか、まったく血が出ることは無かった。しかし、それがその場の異常さを際立てている。
腕の無い少年、血を出すことも無く、ただ目を大きく見開いていた。
「………うわあああぁあぁああぁあぁ!!!」
青年の能力であろう赤い粉塵の中で、腕を失った少年の悲痛な叫びが響く。だが、その場において、少年の叫びは赤き粉塵の再度聞こえた爆音によってかき消される。
爆発したのは少年の周囲だったが、熱波は少年を襲う。同時に少年のいる場所の空気が一気に高温度となっていく。
「モッとダ、モッと叫ベ。ソレが飢えヲ満タす」
「な、なんだよ………お前ぇっ!!」
「我か? 簡単ダ、タダ飢えた人間ダ」
そう言って、少年の足元に目をやる。まるで悪魔が狙いを定めたかのよう………
一瞬の間を置き、ぱちんっ、と指を鳴らす。
その音を掻き消すように爆音は響き、少年が見るより速く、悪魔に魅入られた右足は爆ぜ、無くなっていた。
ガクンッ、と重心を崩し、片膝を地面にあて、無くなった部分をもう一度見る。
右足は太ももの部分から無くなっている、だが、そこから血が出ることは無かった。爆発と同時に肉を焼かれ、止血されたようになっている。
「何で……何で………僕の―――」
そう言って、無惨にも肘までとなった左手を必死に使い、この場から逃げ出そうと、這い出す。
その時から、青年は少年への興味をなくす。
「逃げ出スナ、弱者が、……………お前ジゃ飢エハ満たせソウに無イ」
青年がそう言っている間に、少年の残された左足は跡形も無く、爆発と共に無くなった。
それでもなお、この場から逃げようとする少年は肘だけの左手で、必死で体を引きずる。
その瞬間、少年は気付けなかった。自分の背中に、全身を包み込むような赤き羽が存在していることに…………
「セメテ、死ノ瞬間の声ハいイ音を奏でロ!」
青年そう言う。
「うぁあああぁっっ!!!!」
少年の絶叫の悲鳴。まだ生きたいと願う少年の懇願をこめた必死な悲鳴。
それをあざ笑うかのように、少年の背中に存在していた羽が、大きく震え、少年を包み込み………爆ぜた。
上半身が完全に吹き飛び、残された下半身は血を噴き出すことも出来ずに、ただビクビクと痙攣のような行動を繰り返し、………数秒後に全く動かなくなった。
赤き粉塵は少年の上半身が吹き飛んだ瞬間の大量の血を浴び、さらに濃い赤へと染まっていくように見えた。
「クカかカカ、マダダ、まだ満たサれナイ」
青年は既に少年への興味は無くなっている。青年の中では少年は、悲鳴を聞く。その為だけに用意されていた餌でしかなかった。
食べきってしまえば直ぐにでも忘れ去るような………
「次ダ、キッと飢えガ満タサレる」
重心を前に持って、猫背のままで道を歩き、大通りに出ると、不意に見つけた狭い道へと入っていく。
その表情には少しの満足感が存在していた。しかし、満足感よりも遥かに、満たされない飢えに対する不満感が存在していた。
青年は飢えを満たすために殺し続ける。
”狂喜”をはらんだ青年の名は白樫一陽、希思、そして大和が追うと決めた存在。
それは大和達のいる大通りを遠くはなれ、快楽を探し、殺している。
殺戮、それは異常なまでに飢えた一陽の、唯一の娯楽というべき楽しみ事……………