第十話:胎動する小太陽
まだ太陽が天頂を迎えない時、”ミズガルズ”の大通りの一つ、対峙する本来親友であった二人。
一人を包む黒い砂鉄の帯、もう一人の頭上で奇妙に漂う小さな球体。一人は殺さないために、一人は殺すために、道を違えたもの同士。どちらが正解かなど誰にもわからない。
このゲームは殺し合うためのもの、しかし本来人間とは殺すことを恐れるもの。そんな矛盾したゲーム。
生きているだけなら、恐怖から抜け出す方法など無い。しかし、ゲームを肯定したとき、そんな瞬間に恐怖はほかの感情に変わる。
まだ、殺すことに恐怖する大和。ゲームを肯定し、恐怖を打ち消した石動褌。二人は昼が近づく陽光の中、緊迫した雰囲気の下、対峙する。
「『磁砲』」
大和は言う、その瞬間に黒い砂鉄は、大和の右手を包み黒の手甲と化す。
対し、褌は手を前に差し出すだけだった。といっても、褌にとってそれはすでに、攻撃開始の合図。
「大和、直ぐに殺してやるよ」
「今すぐ俺がお前を止めてやる!」
刹那、風を切る音と共にビームのような光の一閃が大和の足元を襲う。
直撃した地面が音をたてて弾ける。細かい粉塵が視界に入り込み、大きいに分類された地面の欠片は大和の眼前で舞い、視界から褌の姿を消す。
黒の手甲を供えた右手で眼前の瓦礫を払う。見えるのは煙と細かい粉塵だけ。
油断することなく、大和は構える。素人の構え、とても戦いになれた、とはいえないような構え。
もう一度、空気を切り裂く音が聞こえる。褌にとって狙う場所などひとつしか存在しない。大和はそれをわかっている。
視界が無い中、当てることが一番簡単なのは―――真正面からの攻撃だ。
音が聞こえた瞬間、右へと飛びのく。空中で体を捻り、元いた場所を見ると一条の光線が走る。
その光線は背後にあった建物を撃つ。瓦礫が派手にとび、建物には巨大な穴が創られていた。
一撃の威力など、これを見ればわかってしまう。大和は頭の中でこれに匹敵すると思しき攻撃を考え始める。
「『天槍』それが俺の能力だ」
声が聞こえたのは粉塵の中から、姿を見ることは適わない。
しかし、聞かずとも判る。こんな行動が本来人間が持つべき力ではない。
そして、大和はそれの発生源となるであろう物体を見た。
それは先ほどから褌の頭上で漂う小さな球体。しかしそれは先ほどとは違い、まるで白い光を貯えた太陽だった。
「まだ、磁砲は……」
「待たないぜっ!」
あの球体が一閃を放つにしても、当たらなければ関係ない。避けれるという確証もあった、――あの光線は曲げることが出来ない。それをあの二発だけで理解した。
大和は地面に磁砲を広げると同時に足元で反発を起こし、褌のいるであろう場所へと跳躍を開始する。
その速度は先ほどの光よりは遅いが、まるで弾丸とも言えた。
対し、褌は動かない。ただ小さく白い太陽はさらに輝きを増した。そう、近づいてくる大和を嫌うかのように……
小太陽はとてつもない光を放ち、大和の視力を奪う。
大和は眼を押さえると同時に、不自然な格好で後ろへと引かれる。それは磁砲を使っての一瞬の逃走。
引いた理由など簡単だ、あのまま近づけば、視力を完全に奪われかねないから。一瞬なら瞬間的な、一時的なら致命的な、一生なら絶望的な隙。それは長引けば不利に陥るだけ。
「放てっ!!」
もう一度、褌の響き渡る声と共に聞こえたのは、先ほどとは違った、聞いたことの無い轟音。
―――ギュゴンッ!!
降ってきたのは光の束。先ほどのすべてが凝縮されたとも思しき光の光線。
それを言い換えるならば。まさに光の槍だった。
空より放たれたのは、ただ敵を穿つために創られた白い光の、大槍。それは防ぐことが不可能な、絶対無比な攻撃。
「っ!!」
地面へと足を下ろしたのも一瞬、再び磁力の反発でその場を飛び退く。
同時に聞こえる。
褌の高らかに笑う、今まで、元の場所にいたころですらも聞いたことのない、心のそこから楽しむ、笑い声。
「ははは……はははははっ……、逃げてばっかじゃねぇか。俺を殺すんじゃねぇのか?」
「違うっ!! お前を止めるんだ。その狂った太陽をぶっ壊してな!」
まるで大和へと、返事を返すかのように小さな太陽は光の雨を降らす。
それは先ほどの大槍とは違い、右手の手甲ですら受けきれる程度の威力。光の密度で威力が決定する、褌の『天槍』の特性だ。
大和は、右手だけで防ぎきれないと理解すると、自分を守るために黒い砂鉄で壁を作り出す。
そして、砂鉄の殻の中でもう一つ、考える。
(光の槍を放つには時間がかかるみたいだ、それ以外の光線は防げる。だったら、予備動作の中、球体を破壊すればいい、それだけだ)
答えは出た、それは今まで考えていた二つの問題。一つは能力の穴、もう一つは大槍に対する攻撃。
大和はその一つの行動に移ろうとし、砂鉄の殻を薄くしていく。視界の確保、それが目的だった。
薄くしてしまった分、光の雨が黒の壁を突き抜ける。それは出来るだけ右手で払いのけ、時を待つ。
「何時まで篭ってんだよぉっ!!」
痺れを切らしたような褌の怒声。そして光の雨は砂鉄の殻の前の地面を打ち始める。
それを機に、大和は走り出す。今なら、黒の壁、そして再び舞った粉塵で褌は大和の姿を確認することは出来ない。しかし、大和は違う動くことの無い褌の居場所など、すでに距離すらも把握していた。
壁を抜け、横から、褌が見える程度まで走る。
「寝る時間だ!!」
見えた瞬間、反発しての跳躍。それと同時に拳を振り上げる。
「テメェがな!」
しかし褌の反応は早かった。球体は横回転を繰り返しながら、褌の足元数センチ前で光を放つ。光の一線が光の面となり、まるで砂鉄の殻と真逆の、薄いが通るものを打ち砕く光の膜が創造される。
回転する球体は止まらず、光の膜は完全に形を成していく。
必然というべきか、すでに止まることの出来ないほどのスピードで駆けていた、いや跳んでいた大和に避ける方法など無かった。
その時点で、もう光の膜は完全に褌を覆い、その中に人影だけを残し外界を遮断していた。
大和は自分の速度を殺そうとするが、止まらない。仕方なく、ただ必死で体を捩って頭からの直撃を避ける。
大和は自分の速度についてきていた、少ない砂鉄で体を覆う。
「くっ!」
背中から、光の膜へとぶつかる。砂鉄の服とも言うべき少なかったものは、少しの気休めしかならなく、激痛が大和を襲う。
当然、その隙を逃すことなど、褌にはあり得ない。
「お前は、馬鹿みたいに正直なんだよ!」
激痛の上から、さらに背中に衝撃が走る。蹴られた。大和がそう理解したときにはすでに遅い。
―――キュウウゥウッ!!
音が聞こえる。それはモーターが限界を超えて高速で回転を繰り返すような、そんな音。
それは、先ほどは光の雨に意識を取られて聞こえなかった。光を凝縮する、大槍を放つための充電というべき行動の音。
先ほどよりはるかに速く、天槍は放たれる。
光は堕ちる。天槍という巨大な槍は無慈悲にも大和を捉えた。
「『磁砲』!」
しかし、大和がそれだけであきらめるはずも無い。黒い砂鉄を操り、無理やり自分の足を引っ張る。引っ張られた瞬間に、伸ばされたままの左腕に光の槍の一片が掠る。
ただ掠っただけなのだが、痛みは大きかった。先ほどの裂人の戦いの時、傷つけられた左腕もまだ少しばかり痛むのも合わさっている。
「ちぃ、外した!」
「――残念だな、もう一回………こっちの番だっ!」
立ち上がり、大和は褌に向かって手を伸ばす。それと同時に、黒い砂鉄が宙を泳ぐ波のように褌へと向かっていく。
「こんなもの」
光が黒を穿つ。だが砂鉄の進行は止まらない。
海の波と一緒だ、たとえ一つの障害物があろうと、すべてを一瞬で止めぬ限り返ることなど無い。
そして、止まることなど無い。それは徐々に小さくなっていくしかない、しかし砂鉄の波は小さくなどならない。
「この波を止められるものなんて、ねぇよ」
砂鉄は褌を飲み込む、そう確信した瞬間に、球体が褌の目の前に下りてくる。
褌の眼前で止まり、球体は先ほど照らした以上の光を放つ、光線と化したものではない、単純に眩い光だ。それは太陽を直接見るかのような異常な光。
それを直接的に見ていれば、確実に眼という器官は役目を放棄しただろう。視神経が焼ききられ、眼は意味をなくす。
砂鉄の黒で視界が埋めらていたはずの大和は目を見開く。黒い砂鉄は消え、光の球体は宙へと舞い戻っていた。
「ッちぃ!? なんだよ今の?」
「穿てッッ!!」
大和が戸惑った瞬間、褌は間髪入れずに光の雨を降らす。大和はとっさに砂鉄の壁を作り出そうとするが、砂鉄は言うことを聞かない。
「なっ!?」
そのせいで一瞬の反応が遅れた。だがとりあえず、横に飛ぶ。
その瞬間だけで何本かの光が足や腕を薙いだ。
「くそっ! 『磁砲』!!」
言い聞かせるように強く言い放つと、砂鉄は思い出したかのように大和を覆う。
しかし、それはすでに遅かったのかもしれない。
「盾を創ってももう遅いぜ、チェックメイトだ」
光の球体は膨張する。
そして、一つの間を置くと、球体は異常なほど大きな槍を吐き出す。
「殺ったか?」
褌の視線の先には地面をくりぬいたときの粉塵が舞っている。言葉ではまだ確証は見出していなかった、しかし、褌は自分の出せる最大の槍を放ったのだ、仕留めないわけが無い。
そう思っていたのに、確実に消したと思っていたのに。
粉塵が晴れ、見えたのは人影。
「糞がっ! 何で生きてれんだよ!」
悪態づき、人影に睨みをきかせる。
しかし、褌は突然の異変に気づき、後ろへと飛び退く。粉塵を中心にして、地面が黒く染まっていく。球体は今度こそ、止めをさす。そのためにもう一度、光を放つ瞬間に、更なる異変が始まった。
粉塵が一瞬で払われ、大和の姿が鮮明に見える。傷は少なくは無いが、致命傷となる傷は無い。
そして、見えた大和は手を真っ直ぐに褌へと突き出すような格好をしていた。その手、いや手の前に作られた砂鉄の塊、そこに、この周囲に存在するであろう鉄と名の付く物体が磁気嵐に乗り、吸い寄せられていた。
磁力という引力に吸い寄せられ、斥力によった圧縮された巨大な鉄の弾丸。
それが回転を始め、次第に速く、時間と共に完全な球体へ、その赤熱する球体は褌のものとは違うもう一つの小太陽。
「く、あぁ……かっ……!」
褌は悲鳴を上げる、圧縮熱と摩擦熱。さらに電磁波によって揺さぶられた空気が周囲全ての水分を蒸発させる。
そこに存在するのは、一片の潤いも許されない灼熱の砂漠。
(なんだよ、これ……)
考えると同時に褌の横を高温の何かが走り抜けた。狙い通りなのか、外したのかは分からない。しかし、それは褌の光の槍より、いとも簡単に、さも当然のように地面を砕く。
褌の背後で、地面が爆発し、粉塵が舞う。
間もなく、遅れてきた衝撃波に身を叩かれ、体が重力を失ったかのように、ある家屋へと激突する。
「……くっ……!」
「電磁加速砲、時速三千キロを超える弾丸」
馬鹿げた代物。超音速を超えた異常な、大和の武器。褌の大槍に対抗すべく考えられていたもう一つの答え。しかし、それは大和の理解の範疇すらも超えていた。
その異常なまでの威力を見ようと、褌は諦めなどしない。自分の夢を叶えるために……
「黙れっ!! 俺は、勝ち残るんだよ!」
ただ、目的を果たすために。そのために親友は友を殺す。声を張り上げ、感情をあらわにする。
「何を叶えるんだよ」
対し、大和の声は恐ろしく冷静で冷徹だった。
だが、親友をここまで変えてしまった目的とはなんなのか、知りたかった。しかし案の定というべきか、返ってくるのは答えではない返答。
「全部、ぶっ壊してやる………この、………全部……」
それから、褌はまるでうわ言のように繰り返し続ける。
その瞬間に褌の目は、光を灯す事をやめた。あるのはただ、真っ暗な闇ばかり。
大和には、こんなにも堕ちてしまった親友など見ていれるはずが無かった。だから……
「今すぐ、―――楽にしてやる」
手を、光る球体へと向ける。
もう一度、電磁加速砲を放つために、磁気嵐を伴い鉄と名のつくものを吸い寄せる。
だが………それは叶わない。
「くっ、さすがに……かはっ……!」
片膝をつき、咳き込む。その時に磁気嵐が止む。
吐いたものは、血。
当然だ、電磁力というものが肉体に与える影響は凄まじい。電子レンジがマイクロウェーブで水の分子を揺り動かし熱を生むように。全体の60%が水分の人体は電磁力に多大な悪影響を受ける。
その結果、体内の血液が沸騰し、毛細血管は破裂。内臓機能には変調をきたす。
水と身体細胞の調和で成り立っている人間にとって、この力は諸刃の剣とも言うべき力なのだから。
「無茶だったか………でも、まだ……」
褌はすでに立ち上がっていた。同時に球体は褌の頭上へと移動していくのが見える。
「……くくくくく、くはははははっ! 何だ、大和、テメェも限界なんじゃねぇか」
再び褌の瞳に何か、おぞましいほど異形の光が灯り、その口から響き渡るものは嘲笑。
「……っ!」
同時に、光の雨が降る。
何度と無く見た、光の球体から吐き出される光の雨。
大和は無理やり立ち上がり。一歩、また一歩。後ろへと飛びのいていく。
「死ねっ! 死ねぇぇっっ!! 撃ち付くせぇっ! 天槍ォォッ!!」
光の雨に混じり、巨大な槍すらも放たれる。
「っちぃ! まだ、まだだぁっ!! 磁砲ォォッ!!」
砂鉄は壁を創り、同時に砂鉄は波と成り、褌へと向かう。
光は砂鉄を穿ち、波となった砂鉄は光の檻を突き破る。
光と黒の穿ち合い。
「邪魔だっ!!」
光の雨は止む。主の夢を叶えるため、最狂の光の槍で穿つため、白い光の小太陽はさらに輝く。
黒の波は止まる。主の目的を成すため、最強の弾丸で穿つため、赤熱する小太陽が回転する。
大和は自分の身を気には留めない。この一瞬、そう、たった一瞬での出来事なのだから………
褌は親友のことなど気には留めない。このゲームにきた以上、生き残るのは一人なのだから………
一瞬の間のさらに刹那、光は輝きを鎮め、黒は回転を鎮める。
天槍が狙うのは大和自身、磁砲が狙うのは白く輝く球体。
それは遥かに、大和に分の悪い勝負。
しかしその賭けを、その勝負を止めたりはしない。
最後の一撃、その始動の声が放たれるのは同時………
「『天槍』!」
「『磁砲』!」
二つの小太陽は、始動の言葉を待つかのように、胎動する。
そして…………
「「穿てぇぇっ!!」」
激しい爆音と共に、電磁加速砲と天槍は激突しあう。