第一話:ゲーム開始
始まるのは異常なゲームだ。
ある日のある時間、携帯にある一通のメールが来た瞬間、水月大和という人間は日常を失い、非日常を手に入れる。
夏も近づいてきた暑苦しい朝、携帯の着信音で水月大和は目を覚ました。
気だるそうに起き上がり、大和の頭元に投げ出されていた携帯を手に取る。その瞬間に違和感に気づいた、これは自分で決定した着信音ではない、と。
それにつき、不思議に思いながらも大和はメールボックスを開く。
案の定、そのメールのアドレスは携帯に登録してあるものではなかった。だがとりあえず、大和はメールの本文に目を通した。
メールにこう書かれていた。
『拝啓 水月大和殿
あなたはこの度、ミズガルズへの参加が決定いたしました』
「はぁ? 意味わかんねぇ」
内容はたったそれだけだった。迷惑メールや悪戯メールだったとしても、もっと本文が多くなるはず、しかしメールには説明もない、簡単にまとめられた文しかなかった。
(参加が決定? 勝手に?)
その時に下から母親の声が聞こえる。
「大和〜早く起きなさい、遅刻するわよ〜」
その声に大和は詮索を止めた。削除するのはめんどくさいらしく、どうせしばらくしたらほかのメールに埋もれわからなくなるだろう。と思い、携帯を閉じる。
「にしても、ミズガルズって何か聞いたことあるような気もするな」
しかし、やはり少し気にしながら、いつもと同じ高校の制服に身を通していく。
明日から、高校も夏休みに入る。しかし、そんな事を全く喜ばないかのように、大和はいつもと変わらない。
夏の半袖であるカッターシャツに身を包み、着替えも終わる。早く朝ごはんを食べようと思い、扉に手をかける。
その時に再び、ポケットにしまい込んだ携帯が大和の知らない着信音で鳴り出す。だが今度はメールを確認もせずに、扉を出て自宅の階段を下りる。階段の中ごろで、大和の足は止まった。
唐突に携帯の着信音が変えてもいないはずなのに、大音量で響きだしたからだ。
少し、イライラしながら大和は携帯を開ける。そしてメールを確認する。新着メールは二件。
アドレスはどちらも、先ほどのミズガルズと、意味のわからないことが書いてあったメールと同じものだった。
一つずつメールを開けていこうとし、一つ目のメールを開ける。
そこにはまた短い文で
『あなたの願いはここで叶うでしょう。そしてあなたに否定権はありません』
と書かれていた。
大和はどうでもいい、といった感じで次のメールを見る。
『ミズガルズへようこそ
一〇八人目のプレイヤー』
その瞬間、携帯の画面が突然輝きだした。
「くっ! 何だこれは」
光は静まることを知らずに、いっそう輝きを放ちだす。
大和は耐え切れなくなり目を閉じた。しかし、目を閉じようが光がそこに存在することがわかるような強い光。
しかし、唐突に視界は暗くなる。光が消えたのだろうと理解できた。
大和はゆっくり目を開ける。
そこは見たことの無い場所、見知らぬ街のような場所。先ほどまで自宅の階段に存在していたはずの大和は、理解できずに辺りを見回し始める。
――どうなっているのか、理解できない。
呆然としている大和は、再び鳴り響く携帯の着信で我に返る。急いで、来た筈のメールを開く。
そこにはこの場所の説明らしきことが書かれていた。
『突然の出来事で少々驚いているでしょう。ここはあなたが存在する場所とは違う、先ほどから明記しているミズガルズです。ここでは貴方の願いをかなえることが出来るかもしれません。しかし、それはこのゲームの勝利者となった時だけ、ここでのルールは存在しません。ただ、自分以外の人間を消せば勝利となります。もう一度言いましょう、あなたに拒否権はない。さぁ、一〇八人での殺し合いのゲームの開始となります』
携帯を閉じて考える、その文の意味を大和は理解できない。ここがさっきと違う場所だっていうことは理解できる。
大和はこんな場所など知らないから。
しかし、ゲーム、殺し合い、自分以外の人間を消す、それがわからない。なぜ自分はそんなゲームに参加しているのか、なぜこんなゲームが存在するのか。
大和は恐怖していた、しかし同時に喜んでもいた。
「何でこんなことになったかはしらねぇが、俺は出れた。変わることの無かった、つまらない日常から抜け出せた!」
日常、いつも変わらない、いつも同じことばかり繰り返してきた。それがこの瞬間に変わった。大和はそれを喜ぶ、そしてこの意味のわからない状況に混乱する。
「―――だが、何なんだ。この意味のわからない状況は………」
そう思いながらも、この状況を理解するために大和は、この見知らぬ街を歩き出した。
しばらく歩いているが、誰も見かけることは無かった。メールではここには一〇八人の人間は存在するはずなのに、大和は不思議に思いながら、街の大通りらしき道から路地のほうにそれてみる。
ドゴンッ
異常な音。まるで車が猛スピードで何かにぶつかった様な、そんな音。
しかし、音の発信源は車などではなく、大和の視界に入った少年だった。少年は大和が入ろうとしていた路地に嫌われるかのごとく、弾丸のような速度で大和の横を通り過ぎていく。
「………おいおい、マジかよ。何で人があんな風に飛ぶんだよ」
大和は弾丸のような速度で、壁に衝突しそうな少年を目で追った。しかし目で追うことも出来ず、直ぐに壁に視線を移す。
少年が背中から壁に衝突し、血を吐いている。その量がおかしかった、明らかに吐いただけの血ではないであろうことは分かる、そして分かったときには地面が赤に侵食されていく。
その赤の侵食は止まらない、拡大していく。と同時に少年の顔が徐々に青ざめていく。
それを見ると大和は少年に駆け寄っていく。この状況を理解できない、だけどあのまま放っていたら少年は死んでしまう。だから大和は走った。
走り出す瞬間、大和は路地から出てくるもう一つの人影を見た。しかし、そちらに気をとられたりせず、少年に向かって走っていく。
「おい、大丈夫か? 生きてるか!?」
少年を抱え、必死に話しかける。
しかし、どんどん青ざめていく少年からの返事は返ってこない。
それに反してか、大和の声に反応した違う声は返ってくる。
「無駄だ、そいつは死ぬ。つまり脱落者だ」
死ぬ、脱落者、大和はやはり現状を理解できない。
少年は路地から飛び出し、弾丸のような速度で壁にぶつかった。そうして血を吐いた、吐いただけじゃない、元から存在したであろう傷から血が噴き出し、血の海を作っていった。
だが、大和はなぜそうなったのか理解が出来ない。
だから、大和はもう一人、声がしたほうを振り向く。
そこには、日本語を話すのだが、銀色の髪をした明らかに日本人ではないような少年が立っていた、年齢はおそらく大和より少し低いくらいだろう。そんな少年に聞く。
「何なんだよこれは? 死ぬ? 脱落者? なんなんだよそれは!?」
大和の問いに少年は微笑を浮かべながら、答える。
「君は知らないのかい? このゲームを…………願いを叶えるこのゲームを」
「だからゲームってなんなんだよ!」
「…………驚いたや、本気でまだこんなプレイヤーが存在してたんだ、でもまぁ、君は簡単に殺せそうだ」
「なっ!?」
少年は手を振り上げた。その手にはなにやら指輪のようなものがあった。
大和はこんな状況の中、なぜかそこまで慌てる事などしなかった、ただ少年を観察していた。
「死んでもらうよ。『弾奏』」
少年がそう言った瞬間、指にはまっていたはずの指輪が閃光を放つ。
光が晴れる時、少年が持っていたのは指輪ではなく楽器だった。それはフルートのようなもの。
「なんだよそれ」
少し、笑うかのよう大和は聞く。
「これは、このゲームでの武器だよ」
「そんな楽器がか? 俺をたたき殺そうってか」
そう軽口を叩くが、大和は理解していた。今、大和の近くで死にかけている少年は、確かにこの少年に死の寸前まで追い込まれたのだ。
そして、そこまで追い詰めた道具は何かしら特別なもの。だから、それが見た目がただの楽器であっても不思議ではない。
「たたき殺すのは間違ってるね。僕の『弾奏』は音を弾丸に変えるんだから。…………ああ、潰すのは間違ってないね」
少年の顔には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
対し、大和の顔には引きつったような、無理やり作ったような笑みがあった。
「じゃあ、死のうか」
その言葉の後、大和は聞いた。フルートの綺麗な音色を………
音は凶器となり、大和を襲う。まるで銃弾が防弾の服に当たったかのようなそんな感触。何発も食らえば耐え切れるものではない。
しかし、大和は動くことが出来ない。それはまるで音に拘束されている、そんな様な感じだった。
「………ストップ」
そんな声が聞こえた気がした。気のせいかも知れないが、大和の耳にそんな声が届く。
しかし、やはり気のせいではなかった。声が聞こえた、その瞬間に音の衝撃は、音色は無くなった。
いやそれだけじゃない、目の前の少年が急に動かなくなったのだ。いや、少年だけじゃない、この時間が、大和以外の存在をかき消しているかのように時が止まった。
不思議に思い、大和は辺りを見回す。
後ろを見た瞬間、大和の視界に一人の黒のロングコートを着た男が立っていた。
「さて、一〇八人目のプレイヤーだな。困るんだよ、スタート地点から動くとさ。現に今、お前は殺されかけた。いや、俺が来なけりゃスタート前に殺されてた」
飄々とした声、いつもなら激情するような見下した声。しかし、今の大和は怒っている余裕など無い、この状況を理解するのに苦しんでいるんだから。
「さぁ、説明はいるかい?」
「説明………ああ、さっさとこの意味のわかんねぇ場所の説明でもしてもらおうか」
「OK、それが俺の仕事だしな。喋ってる間、質問は無しだ。まずはだな―――――」
ここは、ミズガルズってのはメールで知ってるな。それでゲーム、この単語の意味はしらねぇよな。このミズガルズではゲームをやってんだ。他人を殺して、自分が生き残れば一つだけ願いが叶うっていうゲームだ。テメェやそこのガキ、それにそこで死にかけてるのもプレイヤーだ。ああ、ちなみに俺はプレイヤーじゃねぇぞ、案内人だ。………まぁ俺のことはどうでも良いが。それでだ、お前らは殺し合う、そこで使う武器ってのが、そこのガキが着けてた指輪、見てたか? あれだ。それを渡してここの説明すんのが俺の役目。
「――――ってなわけだが、理解したか?」
「理解はしたが、納得はしてねぇ。意味わかんねぇよ、俺は別に叶えたい願いなんて無い、なのに何でここに来たんだ」
「知らないねぇ、自分でも知らない願いってのがあるんじゃねぇのか?」
大和は男の言葉を確かめるかのように黙り込む。
「………まぁいい、これは夢じゃねぇんだよな」
「夢であって欲しいか?」
大和は再び少し考え、答えを導き出す。
「どっちでも良いな、確かに殺し合いなんて嫌だが、不変だった日常を変えたのはこれだしな。ものは考えようだ」
「まぁ、どう考えても、自分以外の人間を殺さなきゃここから出られねぇがな」
「そこんとこは何とかしてやる。………で、指輪ってのはテメェがくれんのか?」
「ああ、………手を出しな」
大和は言われたとおりに手を差し出す。
黒コートの男はその手に自分の手を乗せた。すると、手と手の間で光が起こる。
大和はその強烈な閃光に怯み、見ることが出来ずに目をそむける。
「これがテメェの能力だ」
大和は手を開く。そこには今まで無かったはずの指輪、そこには『磁砲』そう刻まれていた。
「『磁砲』、これが能力か?」
「ああ、………とりあえずいったんスタート地点に移動するぞ。そこからスタートだ」
「ああ」
大和は目をつぶる、光が遮られ、視界が闇に支配される。
「目を開けろ」
言われたままに、目を開ける。そこは始めに大和が降り立った場所。見知らぬ場所、今となっては二度目の場所。
「ここからスタートだ、テメェの能力はテメェで考えろ。そこまで面倒はみねぇ」
「別に、いいさ」
そう言うと、黒コートの男は歩いていく。
少し歩くと、立ち止まりその場で手を伸ばす。すると何もなかったはずの場所に黒い空間が出来る、一見不気味な空間だが黒コートの男は迷うことなく入っていく。黒の空間が消えると同時に、男はいなくなっていた。
大和はその瞬間を見ているはずだったが、男が消える。その理由を理解することは出来なかった。
しかし大和は、もう驚きはしなった、意味の判らないことはたくさん見た。しかし、まだまだ見るのだろう。
そう思った瞬間、大和は嬉しそうに笑った。それは狂ったのではなく、ただ変えたかった日常が変わったことへの喜び。
「さて、殺し合いは面倒だ。もうゲームは始まってる。俺を入れて一〇八人、なら、既に何らかの組織は存在してるだろうな。そいつ等には見つかりたくねぇな」
そういいながら、大和は歩き出した。
見ず知らずの街、意味のわからないゲーム、そんなことは関係なかった。ただ日常を変えたここに感謝する、それだけ。
「俺は変わることの無かった日常から抜け出せた!」
歓喜の咆哮、そして歩いていく。
殺し合いのゲームという、非日常の世界を…………