理由
高校で同じクラスになった秋山というヤツは、よく俺に話しかけてきた。席が近かったからなのか、単に喋るのが好きなのか。コイツの思考回路はよく分からない。お互い、地元から離れた高校に進学して、周りに顔見知りがいなかった。もしかしたら、人付き合いの上手そうな秋山でも、心細いと思うことがあったのかもしれない。
俺は、冷めた感情で秋山のことを見ていた。そのうち、運動部あたりで気の合う友人でも作って、自然と俺から離れていくだろう、と思った。それまでの間、適当に話を合わせておくつもりだった。
俺は少し、秋山のことが苦手だった。
秋山の周りには人が集まる。秋山は感情を表すのが素直だ。笑いたい時には笑うし、怒りたい時には怒る。そして男泣きに泣く。でも能天気で、たいてい笑っている。
俺は違う。人と話すことや、感情を出すのが苦手だった。いつも、慎重に考えてから口を開いた。周りと違う考えは、押し隠す時もあった。自分を守るために。誰かの標的にされないように。
俺は、自分が嫌いだ。
自分自身すら嫌いな人間が、一体誰を好きになれるというのだろう。そんな人間を、一体誰が好いてくれるというのだろう。
それなのに、秋山はいつまで経っても、俺のそばに居続けていた。
「秋山はさ」
「んー?」
「なんでいつも俺の近くうろちょろしてんの?」
「うろちょろって! ネズミかよ俺は」
「いや、むしろゴキブリ」
「ひどい!」
隣の席の女子に、ものすごい顔で睨まれた。昼飯時にゆかいな小動物たちの名前を出してしまってすいません。秋山は「ヒトをGに例えるなんて……」とぶつくさ文句を言っていたが、その顔は笑っていた。
「だってさー、花村っておもしれーんだもん」
「はあ?」
「ボケとツッコミ! 俺らでお笑いやろっか?」
「俺のはツッコミじゃない。悪態だ」
あれ。いつから俺、コイツにこんなに悪態つくようになったんだ?悪口はおろか、自分の意見すら押し隠してきたはずだったのに。
「悪態でも、愛情がこもってるじゃん!」
あ、コイツがバカだからだ。
コイツが近くにいると、自然と他のクラスメートも俺の机の周りに寄ってきた。そしてバカの言動についつい反応しているせいで、なぜかコンビのように扱われてしまっていた。
俺は入学式したての頃からは考えられないほど、他人と話せるようになっていた。悔しいが、これはやっぱり、この能天気のおかげだと思う。
秋山は、次の古文の授業が億劫だと愚痴っている。課題はちゃんとやってきたのか聞くと、全然やってない、と胸を張っていた。ダメだろ。
「ほら、ノート貸してやる」
「え! マジで」
「さっさと写しとけ」
「やっぱ愛情!」
「死ね」
人に物を貸すのはあまり好きじゃないが。
「……ま、友達だからな」
「お客さん、お客さん」
目を開ける。駅員さんが俺の肩をゆすっている。
「……はい、起きました、すいません」
本当にすいません、こんな酔っ払いですいません。
駅の階段を一段ずつ昇るごとに、吐き気が込み上げてくる。
「……気持ち悪い」
トイレで思いっきり吐いた。胃の中身を全部吐き出してしまうと、かなりすっきりした。吐瀉物を水に流しながら、俺はいったい何をしているんだろうと思った。滑稽だよな、と自分に呆れて笑う。
結局、できることしか、できない。
忘れたいと思っても、それができないならしょうがない。苦しくてもそのままだ。滑稽なようでも、俺にはそれしかできそうにない。