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銀河





「じゃ、お疲れ様ー」


 なまあたたかい春の夜だ。

 やってくる人がいれば、去っていく人もいる。社会に旅立つ先輩もいれば、研究を続ける人もいる。もちろん、去るに去れない人もいる。願わくば、それが数年後の自分ではないことを祈りたい。

 追い出しコンパが終わり、メンバーと別れた後、俺は一人ふらつきながら駅の階段を下っていく。すれ違う人すべてが、眉をひそめて俺を見ているようだった。ふわふわする足元のまま、空いている席を見つけて、倒れ込むような勢いで座る。正面にいるのは派手めの化粧をしたキャバ嬢風の女性、斜め前は真っ赤な顔で寝こけているオッサンだ。どちらも悩みなど無さそうで羨ましい。

 今日は久しぶりに全力で語った。鉄道という男の浪漫を分かる者同士の話はやっぱり熱く燃え上がるものだ。秋山はアニメやマンガには傾倒するくせに、こっちの良さは欠片も分かりゃしない。まあ、俺も普通にマンガは読むけど。


 電車が走り出すと、ビルの広告が窓の外を高速で流れていく。当たり前だが、田舎とはずいぶん違う。田舎の電車は、田畑の中を走る。片道一時間の通学時間を有効利用することもなく、俺はいつも窓の外だけ眺めていた。

 夜になると民家の明かりもぽつぽつとしかなくて、まるで暗い海の上を走っているような錯覚がする。そうすると、このままどこまでも行けるような気がする。あるいは、持っていかれそう気がする。行き先が見えないから、どこまでも空想は広がっていくのだ。

 蛇行する線路をうねうねと下って、いつか海まで届く。銀河鉄道のように、砂浜を蹴って夜空へ飛び立つ。そうやって空想することで、俺はここではないどこかを望んでいた。

 現実に戻って下車し、発車する電車をホームから見送る時は、取り残されたような気がしていたものだった。



 アナウンスが急に耳に飛び込んできて、俺は意識を急浮上させた。どうやら、半ば居眠りしかけていたようだ。浮かせかけた腰を、のろのろと戻す。駅名を見れば、道程のまだ半分も走っていない。

 その時、ポケットの中身が震えた。メールだった。秋山からだ。


【明後日暇? 頼み有り】


 秋山の普段の言動はバカそのものだが、メールの文章は妙に簡潔になる。喋る時はいつもあまり考えないで喋っているから、メールを打つ時くらいは頭を使うんだと、本人は至って真面目に語っていた。

 俺は明日明後日の予定を頭の中で思い描いて、返信の文章を打つ。


【暇だけど、なんかあんの?】


 明日だと二日酔いがひどそうな予感はあるが、明後日くらいなら動けるようになっているだろう。頼みって何だろう、と怪訝に思った俺の心を、次のメールが粉々に打ち砕いた。


【柚木の引越しの手伝いをしてください】


 そういえば、彼女はこの春で二年生だったか。

 学校の寮には一年生が優先的に入れるが、二年生以降は抽選に当たらないと継続して住むことはできない。寮は家賃が安いのは良いが、部屋は狭いし風呂も共用なので、喜んでアパートに引っ越す者の方が多かった。

 俺はなんて返事をするか考えて、考えて、……そして何もせず、携帯をしまった。

 一瞬、何も知らない秋山がひどく憎くなった。しかし、ひた隠しにすることを選んだのは自分なのだ。どこにも向けられない衝動は、結局、自分に向かう。


 俺は一体、どこに行けばいいんだ。


 目を瞑ると、途端に泥のような眠気が襲ってくる。瞼の裏側で幾何学模様が回り出す。電車の揺れがぐわんぐわんと反響を伴って、現実感を麻痺させた。

 あと三分間だけ、なにも考えずにこうしていたい。秋山のことも、柚木さんのことも、俺自身のことも何も考えず、ただ波のような揺れに包まれていたい。







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