(七)愛妻家のため息
【完全週休二日制】
求人誌で謳っていたが、僕が入社して三カ月、初めての土日連休だ。
土曜は強制出勤ではない、自主出勤だと、毎金曜終業時に言われる。
目標達成できるなら休んでもいいという、どこから出たのか知れない伝達。
そこには、絶対達成しろという部長の至上命令が、牙が潜む。誰一人として休まない。
「リーダー、一分でミーティングしろや。三分で班員は皆、帰らせろや。それとリーダーと内山は残っておけや」
内山は今月、営業部で最高の十二件の新規を出した。五月度最優秀賞受賞者だ。
毎月末、部長はリーダー、最優秀賞受賞者を打ち上げに連れて行く。高層ホテルの高級フレンチレストランで、精鋭部隊へのごほうびだ。
僕らは、あっという間に事務所から出された。
一回で一階に降りることのできない頭数が溜まった。僕は最後尾でエレベーターを待つ。
三往復目のエレベーターに、最後の残り三人で乗った。
他の二人は一班、二班のメンバーで、しゃべったこともない。名前すらはっきりわからない。
個人営業でもあり、チーム営業でもあり、他班のメンバーは自分の枠の外の外なのだ。
要求が重すぎて、どんどんひとりぼっちになっていく。
エレベーターを降りると、先に乗った他のメンバーはビルを出ていて姿はない。
僕ら三人は歩くほどに、運動会の走者みたいに順位ができ、間隔があいた。
歩む道もそれぞればらばらになり、三分もすると僕は一人で歩いていた。
晩八時を過ぎていて、昼には見えなかった居酒屋の看板の文字が、青色発光ダイオ―ドの光で店名をお披露目している。
普通のサラリーマンに、なりそこなったなあ。仕事帰りにちょっと一杯やっていこうかという気になれない。
居酒屋を通り過ぎ、そのまま歩いた。
コンビニのガラス越しに、雑誌を手に眼を伏せるスーツ姿がある。すごく明るい場所に立っているように見えた。
通りの缶ビールの自動販売機の前に立ちどまった。500mlの缶ビールを買った。
僕は駅までのビジネス街を、スーツ姿で缶ビールを飲みながら歩いた。
サラリーマンもどきに乾杯!
こんなこと、意外とやったことなかったな。
歩きながらだと、アルコールの吸収が早いような気がする。どんどん足早になる。
すっきり、さばさばとしてきた。
いつの間にか、駅を通り過ぎていた。いつもの通勤路からはずれて、解き放たれたようだ。
こんなところにも、牛丼チェーン店があったんだ。それとハンバーガー店も。
この通りの100mほど先に、ビルや店の灯りを避けて独り立ちした空地がある。
そこまで歩いていった。
ベンチが一つだけある小さな公園だった。
さっき買った缶ビールを飲み干していた。
公園の前に、ビールの自販機があった。
また500ml缶を買う。
ゆっくりと薄いプラスチックのベンチに座った。
足元の地面は、平たく横にはびこる雑草だらけだ。しおれた草はひとつもない。
営業なんてできるのと三カ月前、宏美が言ってたよな。
良男の学費のことや3LDKのマンションのことも。
ごくありきたりのサラリーマン家族のプレッシャー。