(五) パワーハラスメントリーダーの規律
十分ほどして部長室のドアが開き、四人のリーダーが出てきた。
入った時みたいに、一・二・三・四とグループ順に連なって席に戻ってきた。
各リーダーは三十代の男三人と二十八才の女性で、班員のおやじたちよりひとまわり若い。
「電話をおいて」
リーダーたちが班員に指示をした。
皆の電話を終えるのを待っている。
僕の四班は、全員がテレアポをやめた。
各班ごとに各自の五月度結果報告、六月度新規目標の発表に入った。
ところどころで、班員が叱責を受けている。
「そんな低い目標でやる気あるんか!ないなら帰れ!」
ボールペンを投げつけられるおやじ、立たされて言葉つまらせ涙ぐむおやじ。
三班で、吉田桂子さんが発表をする。
「来月は、今月の八件より多い自己最高になる九件以上をやります。主任昇格のための十八件の半分を一カ月でやって、必ず九月には主任になります。」
僕が机の上に立っている間に、四班のミーティングは終わった。
もう四班のメンバーではない。
ゼロ社員は、翌月から五班にほうり出される。
部長直轄の五班。
ノルマの三件以上出さなければ、五班から脱出できない。二カ月以上、五班にいた者はいない。耐えられないのだ。
月の二週目になっても新規ゼロだったら、三週目から深夜まで一人でアポがけ、見込み客へのクロージングだ。
翌朝には、部長室で前日の結果報告という苦行をしいられる。
事務所全体が部長室であるかのように、室内での苦行のありさまがつつぬけで、皆が、畏縮させられるのが常だった。
休み明けの来週月曜日朝、僕たちゼロ社員は、誓約書を持って部長室に行かねばならない。
六月度の新規目標を提出するのだ。
五班メンバーの発苦行だ。
僕はまだ一度も部長室に入ったことはない。
月曜日の朝までの土、日はまだ見たこともない部長室に時間も生活空間もまるごと呑み込まれてしまいそうだ。
「おい北島、机を降りろ。五班の席に座れ」
四班のリーダーが、僕に指示した。
もうお前はすでに四班のメンバーではないよという、淡々としたあつかいだ。
リーダーにとって数字の上がらないメンバーは、班の目標達成のあしを引っ張る邪魔者なのだ。
いかに数字の上がるメンバーをそろえるかが、リーダーの生業なのだ。
すぐに降りることができない。
汗で脚にズボンが張り付く。
脚が立ちっぱなしにあきれはてていて、力が入らない。とりあえず机の上に両手、両膝をついた。両手をつけたまま左脚から降りる。
伸ばした左脚のしびれは、砂が流れるようだ。床につま先がついた瞬間、しびれが逆流してきた。右脚も逆流してきた。どうやって両膝から下に力をめぐらそうかと考えるまもなく、早くしろとリーダーに怒鳴られる。
五班の席まで、わずか二メートルあまり。
勢いで一番近くの空いた席にたどりつき、座った。
今月ゼロの五人が、五班の席に座った。
今月五班を脱出できる先月ゼロ社員の二人は、来月から二班と三班に入る。三人は脱落した。
会社を辞めた。
全体ミーティングの始まるのを待った。