(三) はかなきセミの群がる樹
「リーダー、ちょっといいかな」
部長が、事務所の奥の部長室からドアも開けずに呼んだ。
四人のリーダーが、足早に部長室に入っていった。
ふくらはぎが、六時間の立ちんぼでしびれている。
コンビニ弁当を食べた後、すぐにトイレに行っておいてよかった。
普通の会社では、ありえないよな。
でも、不思議なくらい恥ずかしくはない。この事務所では、奇異な姿ではない。
ひとつのみそぎ、罪ほろぼしだからしょうがない。
いい歳した男がこんなことされてと思うより、ここのしきたり、仕組みに、服従し馴染まねばならない。
善意とか悪意とかの尺度とは無縁のひょうきんであれ、なのだ。
私語厳禁、一件でも多く電話をかけろ!
こうして机の上に立っていても、こちらを見る社員はいない。
リーダーが離席した今も、ずっと名簿を見て、アポトークを書いた紙を読んで電話がけしている。
暗記してそらで電話している社員も多い。どこを見つめるわけでもない視線。
でも表情は、電話の相手と対面しているみたいだ。
それにしても、安っぽいスーツを着たおやじの多いこと。いかにもスーツ着て仕事をしたことのない、そんな着こなしばかりだ。よくもこんなおやじばかり集まったもんだな。
部長やリーダーの見るからに高価で派手なブランドスーツとは、全く別物だ。
彼らは匂いすら違う。ぷんぷんとブランドものの香水が、収入格差を漂わす。
机、イス、電話だけのすごく平面的な事務所。
上から見渡すと、五つのグループに区切って配置された席に、空きがあるのがよくわかる。
各グループに席は九つあるが、全て埋まっているグループはない。
五人のグループもあれば、七人のグループもある。
最初に人ありきでなくて、席ありき、いや電話ありきだ。
机にある電話機に人をあてがってるだけだ。
電話の数は一定で、絶対なのだ。
毎月初めに求人誌に募集を出して、中旬に面接をし、月末に採用し出社させる。
毎月五人位やめて、五人位採用しの繰り返し。
目の粗いザルなのか、これが営業組織の新陳代謝なのか。
大きな樹の幹のそこいらに、へばりついて鳴いているセミだよ。
根元に抜け殻がひっかかっていて、脱皮したてのセミが幹で鳴く。
地べたには、がらんどうの死骸が落葉みたいにいくつもある。
なんか、電話している姿が一生懸命でもあり、空しくもみえた。