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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

四気神 冬はつとめて

作者: ふゆより
掲載日:2026/03/14

 吹雪の中にいる。



 寒い。苦しい。怖い。痛い。

 身体が凍る。耳が千切れる。手先が固まる。呼吸が乱れる。

 もはや歩くことすらままならない。

 限界を迎えた私の体は、積雪の上に仰向けで倒れた。



 痛い。痛い。寒い。苦しい。怖い。

 ただでさえ悪かった視界が霞んでいく。

 体の感覚が指先から、腕から、足から、端から消えていく。


 自分が死んでいく、その感覚の恐ろしさ。



 怖い。苦しい。寒い。怖い。怖い。

 ・・・今にも閉じそうな視界に、ぼやけた人影が写った。

 吹雪を呼ぶ雪人か。それとも、私を迎えにきた死神か。

 どちらにせよ、私はもう・・・



「大丈夫、安心して」



 誰かが、私の手を握ろうとする。


(ああ、お迎えが来たんだ)


 そんなことを思っていた、




 けれど。

 差し出されたその手は、不思議と暖かくて。


 -----------------------------------------------


 ―夢を見ていた気がする。


 視界が僅かに開ける。でも、ここは・・・何処?


「―痛っ!」


 おぼろげな意識に、途端に痛みが走った。

 痛い。何か身体に無理をしたのかもしれない。

 何か・・・何があったか・・・


 寝起きと痛みのせいで、頭が回らない。

 そもそも、ここは何処なのだろう?

 まるで、昔話に出てくる家のようで・・・


「大丈夫?」


 聞き覚えのある声がする。


「だいじょうぶ、です」


 ふと気づくと、目の前に人が居た。


「おはよう、起きたんだね」


 誰か・・・出会ったことのある、誰か。


 銀色の髪、灰色のマフラー、青と紺の着物。そして、優しげな表情。

 まるでお地蔵様みたいな、暖かい雰囲気をしていて・・・


 思い出した。

 私を助けてくれた、あの人。


「あの・・・あなたの、名前は」


「私?」

「私は和山冬拠かずやまとうこ。この家に住んでる、神さま」


 神様?


「・・・えっと、神様、というのは?」


「ああ、そのままの意味だよ。大した神様じゃないけれどね。

 冬の精霊・・・あるいは地霊、って言ったほうが解りやすいかな」


 神様、精霊、地霊。・・・ううん、更に混乱してきた。

 いや違う、問題はそこじゃない。

 あの人・・・神様は、私を助けてくれた。何故かは解らないけれど。

 そう、助けてくれた理由があるはず。だからきっと、この神様ひとは―


「・・・だいたい解りました。人助けの神様、なんですね」


「その通り、とは言えないけど・・・あなたがそう思うなら、きっとそうだよ」


 何だか、曖昧な返事が返ってきた。

 厳密に定義するものではない、という事なのかもしれない。

 少なくとも私にとっては、人助けの神様だ。


「まだ痛んだりすると思うし、安静にしててね」


 ・・・お気遣いをいただいてしまった。

 助けてもらって、その上に看病まで・・・

 有難さと同時に、申し訳なさが心の中にある。


「あの、僕には返せるものが何も無くて・・・」「いらないよ」

「えっ?」


「人を救うのが私の意味。見返りなんていらないよ」

「えっ、それ、は―」


 見返りは、いらない。

 ・・・その一言に呆然として、言葉に詰まってしまった。

 こういう事は、初めてだったから。


「私の意味」というのは・・・そういう神様だから、という事だろう。

 自分の為でなく、人の為ですらないかもしれない。


(ああ、この人は、本当に・・・神様なんだ)


 この神様ひとは、神様として、人を愛しているんだと。


「どうしたの?」

「・・・あっ、大丈夫です。少しびっくりしただけで」

「そう、それなら良かった」


 神様の一言で、意識がはっとする。少し気を取られすぎてしまっていた。


 意外なことばかりで、心はまだ落ち着かない。

 それでも、「安静にしててね」と言われたことだし・・・もう一度寝るべきだろう。


「その、もう一度寝ます」

「うん、私もその方が良いと思うよ。おやすみなさい」


 非現実感、そして少しの感動。

 そんな感情を抱きながら、再び眠りについた。


 -----------------------------------------------


 認められなかった。

 誰からも、認めてもらえなかった。


 親の愛、というものが解らなかった。

 友達もいなかった。

 気に掛けてくれる人も、今まで居なかった。


 "居なくていい"とは言われたけど、

 たった一度も、"居ていい"なんて言われなかった。


 虐められていたわけでもなく、

 その世界の中で、普通に生きていくことはできたけれど・・・


 疎外感を感じる。

 背中に寒さが伝わるような、孤独。


 私はきっと、ここに居てはいけない・・・


 -----------------------------------------------


 ―夢を見ていた気がする。


「おはよう」


 神様の・・・冬拠さんの声がした。


 少し肌寒い風。小鳥のチュンチュンという鳴き声。

 そして、僅かに日が差し込む部屋。

 ・・・朝がやってきた。


「朝ごはん、丁度できたよ」


 私の分も、朝ご飯を作ってくれているらしい。

 ・・・本当に、何から何までやってもらっている。

「見返りはいらない」なんて言われたけど、せめて最後に、

「ありがとう」とだけは言っておきたい。


「おはようございます、冬拠さん」

「おはよう。水溜めがそっちにあるから、そこで顔を洗ったりしてね」


 水溜め?

 そういえば、ここは現代家屋じゃなかった。現代と比べると、

 多少生活に不便があるかもしれない。

 布団から身体を起こして、部屋を観察する。

 ―確かに、ここは木造の住宅だ。

 そして炬燵が・・・ある。それも現代的な・・・


「・・・この家、電気通ってるんですか?」

「そうだよ。びっくりした?」


 確かに和風な家に似合いはするけれど・・・何と言うか、

 いきなりリアリティが出てきた。


「あの、理由はお聞かせ願えますでしょうか」


「理由?」

「んー、説明すると長くなるけど・・・まず、私の住んでる世界は、

 あなたの住んでる世界とは別の世界。分かりやすく言えば霊界いせかいだね。

 本来なら行き来することは難しいんだけど、

 この家・・・迷い家は、あなたの世界にも繋がってる、っていうのが理由」


「なるほど、だから電気が通ったり、僕がこの家に来たりすることがある・・・という

 ことで?」

「うん、そういうこと」


 霊界いせかい

 そう言われると、また途端に非日常感が増してきた。

 確かに私は今、常識や日常、現実からかけ離れた空想の世界に居るのだ。


 布団から出て、顔を洗いに行く。

 もしかしたら、まだ夢の中なのかもしれない。

 そんな事を想いながら。


 -----------------------------------------------


「いただきます」


 ごはん、お味噌汁、金平。

 現代でもよく見る、普通の朝ご飯だ。


 特に変わったところはなく、普通に美味しい。


「あぁ、お味噌汁が身体に染みる・・・」


 ふと気づくと、冬拠さんが幸せそうな表情を浮かべていた。

 ・・・この人、こんな顔もするんだ。


「お味噌汁、好きなんですか?」


「おいし・・・うん、お味噌汁は好きだよ。食べ物の中なら一番好き。

 食事は必要じゃないけど、それでも毎日食べるくらい」


 冬拠さんは、お味噌汁が本当に好きなようだ。

 ところで、食事が要らないと言うのはどういうことなのだろう。


「あの、食事が必要じゃない・・・というのは」


「んー?それはね・・・簡単に言えば、神様だからかな」

「そうなんですか」

「うん。信仰があれば、とりあえず生きられるからね。普段は面倒くさがりだから、お味噌汁しか作ってないよ」


 普段はお味噌汁しか作っていない、とは・・・。

 "神様だから食事がいらない"という言葉以上に、そっちが衝撃だった。

 つまり、今日は私のために三品用意した、ということだから。


 きっと冬拠さんは、家に誰かが来るたびにこうしている。人助けの神様だから。

 それでも、この底無しの善意は、いったい何なのだろうか。

 有難くて、申し訳なくて、涙が、出そうで・・・


「うっ、うう・・・」


「どうしたの?」

「ごめんなさい・・・本当に、ごめんなさい・・・」


「・・・もしかして、申し訳なくなっちゃった?」

「わ、解るんですか・・・?」

「今までそういう人、沢山見てきたからね。気が済むまで泣いていいよ」

「うう・・・ごめんなさい・・・」



 ―今こそ、ありがとうと言うべきだったのに。

 感謝の言葉は言えぬまま、私は泣き続けた。


 -----------------------------------------------


「ごちそうさまでした」


 美味しかった。

 あれから気持ちも落ち着いて、これで・・・


 ・・・これで、帰らないといけない。


 これ以上、冬拠さんに迷惑をかけるわけにもいかない。

 でも、それでも、私に帰る場所は・・・


「あれ、どうしたの?」


「・・・僕には、帰る場所がないんです」


「それは、家から追い出された・・・とか?」


 それは違う。

 でも、あの場所に私は居てはいけない。

 此処だってそうだ。私が居るべき場所じゃない。


「そうじゃない、けど・・・僕は、あの場所に居るべきじゃない、から」

「僕はここから居なくなるべきで、でも、帰る場所もなくて・・・」


 ・・・また、感情が乱れてしまった。

 また迷惑をかけてしまう。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 だからといって帰る場所もない。一人で生きていけるわけじゃない。

 居てはいけないのに、私は今もここに居る。私は、私は、どうすればいい・・・


「居るべきじゃない、なんてことは無いと思うよ」

「え、でも、僕は、私は・・・」


「君の家や家族がどうなのか、私にはわからないけど・・・追い出しはしなかったんでしょ?」

「そう、だけど・・・」


「例えあなたが何者でも、君はそこに居ていい。・・・少なくとも、私はそう思うよ。

 勿論、辛いのならここに居てもいい」


 ・・・居ても、いいのだろうか。

 いや、居ていい、と言われてしまった。

 少なくとも、この場所には。


「・・・居て、いいんですか?」「いいよ」




「・・・帰っても、いいんですよね」「勿論」



「それなら、僕は・・・私は、帰ります」


 ・・・そうだ、帰ろう。

 きっと、あの場所に、自分の家に、私は居ていいのだ。

 もし、駄目だったとしても・・・救いがある。


 冬拠さんという神様ひとがいる。それだけで、この上なく有難かった。


「そう、帰るんだね。元気になって良かったよ」


 そう言った冬拠さんは、心からの笑顔をしていた。



 炬燵から出て、玄関に向かう。

 見送りに、冬拠さんもついてきた。


「あっ、そういえば忘れてたけど・・・あなたの名前、なんて言うの?」

「・・・雪路浅日。あさひ、です」


「あさひ・・・うん、良い名前だね。きっと、願いが籠った名前だよ」


 名前。願いの籠った、名前。


 ・・・ああ、なんで忘れてたんだろう。

 そうだった。この名前は、お父さんとお母さんがつけてくれたんだ。

「日の出」という意味の、愛の込められた名前を。


 思い出した。これが、親の愛なんだ―



 玄関の外。

 外には雪が積もり、穏やかな朝日が差していた。


 最後に、挨拶をしないと。


「さようなら、それと―ありがとう、冬拠さん」


「どういたしまして。また辛くなったら、何時でもここに来てね」



 冬はつとめて。

 朝日は、次第に空を登って行く。

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