第17話:パンクする買取店と、数千万の石ころ
第五階層、狂獣の森。
この数日間、俺は寝る間も惜しんで、鬱蒼とした腐葉土の底から『暴食』を続けていた。
標的は、俺と同格、あるいは俺以上のステータスを持つ深層のバケモノたちだけだ。
六つの目を持つ巨大な豹、岩盤の泥鎧を纏う巨熊、そして鋼の糸を吐き出す大蜘蛛。
彼らが獲物を平らげて油断した瞬間、あるいは微睡みに落ちた一瞬の隙を突き、俺は一切の音を立てずに背後へと忍び寄った。
最強の矛である漆黒の『牙杭』と、魔骨の『重槌』。
親父が打ったこの二つの暗殺具は、俺のレベル10の異常な出力を、一切のロスなく魔物たちの脳髄へと叩き込んだ。
戦いと呼べるような死闘は、ただの一度も起こらなかった。一撃必殺。一方的な蹂躙。
俺は一滴の血も流すことなく、同格のバケモノたちをただの「動く経験値の塊」として、次々と光の粒子に変えていった。
「……さすがに、重すぎるな」
数日後。
俺は深層の入り口付近で、肩に食い込むリュックの重さに静かに息を吐いた。
俺の異常な筋力をもってしても、ずっしりと重みを感じるほどの質量。リュックの中は、深層のバケモノたちが残した赤黒く、あるいは黄金色に輝く巨大な魔石でパンパンに膨れ上がっている。
これ以上の重量は、俺の最大の武器である「隠密行動」のノイズになりかねない。
腹の中は、火傷しそうなほどの莫大な経験値で満たされている。
俺は森の暗がりに深く一礼し、泥と樹液にまみれた姿のまま、誰にも見つからないように地上へと帰還した。
* * *
数時間後。
俺は探索者街の裏通りにある、いつものうさん臭い民間の『魔石買取チェーン店』のカウンターに立っていた。
店番をしているのは、この前俺の持っていたイレギュラーの魔石を安く買い叩こうとした、あの初老の鑑定士だ。
「おいおい兄ちゃん、また泥だらけで……今日はどんな小石を拾ってきたんだ?」
鑑定士が鼻で笑いながら、金属のトレイを差し出してくる。
俺は無言のまま、パンパンに膨れ上がったリュックのジッパーを開け、中身をトレイの上へ一気に逆さにぶちまけた。
ゴロゴロゴロォッ!!!
ただの石とは思えない、異様に重く、硬質な音が店内に響き渡る。
トレイから溢れ出し、カウンターの上に転がったのは、大人の拳よりもさらに大きな、禍々しいエネルギーを放つ数十個の巨大な魔石の山だった。
「…………は?」
鑑定士の顔から、一瞬で表情が抜け落ちた。
ルーペを目に当てるまでもない。その魔石の山から放たれる、むせ返るような濃密な魔力の匂いに、鑑定士は腰を抜かしてカウンターの奥に尻餅をついた。
「お、おい……嘘だろ……。シックスアイズ・パンサーに、マッドアーマー・グリズリーだと……!? これ全部、第五階層の主クラスじゃねえか!!」
鑑定士は震える指で魔石の山を指差し、ひったくるように俺の胸ぐらを掴もうとした。
だが、俺の冷たい視線に射抜かれ、空中でその手をピタリと止める。
「お前、一体どこのトップクランの倉庫を襲撃しやがった!? これだけの数の深層の魔石、上位クランの精鋭が数日がかりでようやく集まるかどうかだぞ!」
「出所は聞かないのが、ギルドを通さないこの店のルールだろ」
俺は平坦な声で告げ、魔石の山を指で小突いた。
「全部、即金で換金してくれ」
「ふざけるな!!」
鑑定士が、悲鳴のような怒声を上げた。
「買取ビジネスを舐めてんのか! うちはギルド本部みたいな莫大な資金力を持つ巨大組織じゃねえ、あくまでフランチャイズのいち店舗だ! これだけの超高級品を一度に買い取ったら、総額は五千万を軽く超える。そんな大量のキャッシュ、防犯上の理由で店舗の金庫に置いてるわけがねえだろうが!」
鑑定士の顔は、怒りと恐怖で青ざめていた。
「それに、こんな得体の知れない深層の魔石を大量に買い取って、もしお前が言うように『どこかのクランの盗品』だったりしてみろ! ギルドの監査が入って、俺は一発でクビ、この店も営業停止だぞ!」
もっともな理屈だ。
五千万円という金額は、国家やトップクランからすれば端金かもしれない。だが、一介のフランチャイズ店舗の防犯マニュアルとコンプライアンスを完全にバグらせるには、十分すぎる劇薬だった。
だが、俺にはそんな店舗側の事情など一切関係ない。
俺はカウンターに両肘をつき、鑑定士の目を真っ直ぐに覗き込んだ。
「盗品じゃない。それに在庫リスクもない。これをギルドの公式オークションや、最先端のポーション開発をしている巨大製薬会社に横流しするだけで、絶対に即日で捌ける。あんたの店の『利ざや』だけでも、この店舗の年間売上目標を今日一日で達成できるはずだ」
「う、ぐ……っ」
「本部に直通で連絡しろ。そして、緊急の現金輸送車を呼ばせろ。一時間以内に五千万円のキャッシュがここに用意できないなら、俺はこの魔石を全部リュックに詰め直して、向かいの競合チェーンに持ち込む」
五千万円。
この前手に入れた五百万とは桁が違う、帯のついた札束が五つ。
一般人なら狂喜乱舞し、タワーマンションの頭金にでもするような額。
だが、俺の心は驚くほど冷え切っていた。俺にとっての五千万は、もはや目的ではない。深層のバケモノたちをより安全に、より効率的に屠り続けるための、ただの『消耗品』に過ぎなかった。
圧倒的な殺気と、巨額の利益をチラつかせる俺の冷徹な交渉の前に、鑑定士はついに白旗を揚げた。
彼はガクガクと震える手で本部の緊急回線にダイヤルを回し、泣きそうな声で怒鳴り始めた。
「ほ、本部長ですか!? 今すぐ、警備会社の手配と現金輸送車をうちの店舗に回してください! ……ち、違います強盗じゃありません! ただの泥まみれの兄ちゃんが、深層の魔石を何十個も持ち込んできやがったんです……!!」
たかだか一人の探索者の持ち込んだ石ころが、買取チェーンの物流と警備システムを物理的にパニックに陥れていた。
俺は鑑定士の悲鳴をBGMに、泥まみれの服のまま、ただ静かに一時間後の資金調達の完了を待ち続けていた。




