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夫の決断と夜の審判

　深夜、キョーヘーが仕事から戻るのを、私はリビングで待っていた。私の手には、あの払い戻し通知書のコピーと、金庫で見つけたキョーヘーの手書きのメモの写しが握られている。

　玄関の扉が開く音がした。キョーヘーが、疲れた顔をしてリビングに入ってきた。

「ユリネ……どうしたんだ。こんな時間に起きていて」

　彼の声は優しく、私を心配している。私は、この優しいキョーヘーを信じたいと、心から思った。だからこそ、真実を伝えなければならない。

「キョーヘー様。あなたに、どうしてもお話しなければならないことがあります」

　私は、彼をソファに座らせ、向かい合った。私の真剣な表情に、彼もまた、緊張した面持ちになる。

「どうした、ユリネ。深刻な顔をして」

　私は、深呼吸をし、静かに話し始めた。

「実は、今日、私はあなたの書斎にある秘密の金庫を見つけてしまいました」

　キョーヘーの顔から、血の気が引いていくのがわかった。彼は、隠していた秘密を知られたことに、激しく動揺している。

「金庫……ユリネ、それは……」

「知っています。それが、私のため、私がこの家から自由になる日のためにと、あなたが密かに貯めてくださった財産であることも」

　私は、キョーヘーのメモの写しを彼に見せた。彼は、それを手にとって、絶句する。

「まさか……ユリネ。どうしてこれを……」

「アイコさんが、その金庫の鍵を持っていたからです」

　その一言で、キョーヘーは全てを理解したようだった。彼の顔は、怒りと裏切り、そして深い悲しみに覆われた。

「母さんが……鍵を……」

「そして、アイコさんは、その財産の一部を、既に売却し、自分の口座に入金していました」

　私は、払い戻し通知書のコピーを、彼の前に差し出す。キョーヘーは、それを凝視し、手が震えている。

「そんな……嘘だ。母さんが、そんなことをするはずがない」

　彼は、まだ信じられないといった様子で、首を振った。しかし、目の前にある証拠は、揺るぎない事実。

「キョーヘー様。私も、そう信じたかった。でも、これが現実です。私は、この二年、アイコさんのイジメに耐えてきました。それは、私があなたに愛されていると信じたかったからです。でも、彼女は、私たちの愛だけでなく、あなたの財産まで奪おうとしていたのです」

　私の言葉は、静かだったが、キョーヘーの心に深く突き刺さったようだった。彼は、しばらく沈黙した後、顔を上げ、私を見た。

「ユリネ……ごめん。君に、こんな思いをさせていたなんて」

　彼の瞳は、涙で潤んでいた。その時、私は、キョーヘー様が初めて、私と母親、どちらを選ぶかを、真剣に考え始めたのだと感じた。

「キョーヘー様。私は、あなたが私を愛していると信じたい。でも、もしあなたが、この裏切りを許し、アイコさんを擁護するなら……私は、この家を出ていきます」

　私は、逃げ場のない、最後の選択肢を彼に突きつけた。

　キョーヘーは、立ち上がり、私の両肩を掴んだ。彼の視線は、真剣そのものだ。

「ユリネ。聞いてくれ。僕は、君を愛している。それは、嘘じゃない」

　彼は、深く息を吸い込んだ。

「母さんのことは、僕が必ず責任を取る。彼女のやったことは、許されることではない。僕が、直接、母さんと話をつける」

　彼の決意に満ちた言葉に、私は安堵した。彼は、私を選んでくれた。

「ありがとう、キョーヘー様」

　私の目からも、涙が溢れた。それは、悲しみではなく、安堵と、彼への感謝の涙だった。

「謝るのは、僕の方だ。君の苦しみに、気づいていながら、見て見ぬふりをしてしまった。君を、一人で戦わせてしまった」

　彼は、私を優しく抱きしめる。その温もりが、私の心を癒していく。

「キョーヘー様。アイコさんは、今、自分の部屋で、震えています。彼女は、あなたが怒ることを恐れている」

「当然だ。彼女は、僕の信頼を裏切った。そして、何よりも、僕が愛する君を傷つけた」

　キョーヘーの声音は、冷たく、そして強かった。彼は、母親に対して、今、初めて明確な怒りを抱いている。

「僕は、この件を曖昧にはしない。今すぐ、母さんと話をする」

　キョーヘーは、そう言い残し、私の手から書類を受け取ると、アイコさんの部屋へと向かった。彼の後ろ姿は、迷いのない、強い男の背中だった。

　私は、リビングに一人残り、静かにキョーヘー様の帰りを待つ。この家で、今、運命の審判が下されようとしていた。