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偽りの愛に囚われた私と、彼が隠した秘密の財産〜最低義母が全てを失う日  作者: 夏野みず


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2/14

隠された金庫の秘密

 翌日、私ユリネはアイコさんの外出を待った。毎週火曜日の午前中は、彼女の陶芸教室の時間。その隙を狙うしか、私には行動の自由がない。


 午前9時。アイコさんが運転手に送られて家を出るのを見届ける。私は、静かにキョーヘーの書斎へと向かった。


 書斎の扉は、もちろん施錠されている。キョーヘーは、仕事関係の機密書類を置いているからと、私には立ち入ることを許してくれない。しかし、この扉の奥に、何か重要な秘密が隠されている――そう、私の直感が囁くのだ。


 私は、アイコさんが持っていた小さな鍵のことを思い出した。あれが、この書斎の鍵ではないことは、すぐにわかった。書斎の鍵は、もっと大きく、重厚なものだったから。


 では、あの小さな鍵は、一体何処の鍵なのか。


 私は、この家の間取りを頭の中で思い描く。この豪邸には、使用人にも知らされていない、隠された部屋があるという噂を、昔、使用人の一人が口を滑らせたのを聞いたことがあった。


 私は、邸宅の中を静かに歩き回る。特に怪しい場所は見当たらない。どの部屋も、アイコさんの趣味の悪い調度品で飾られ、生活感に溢れている。


(隠し部屋……まさか)


 私は、キョーヘーの部屋に戻った。彼の部屋には、大きな本棚がある。本棚の真ん中には、彼が大切にしている、世界各地のコインが収められた箱が飾られている。


 ユリネは、その本棚に近寄ってみる。そして、ふと、ある一点に、違和感を覚えた。本棚の一番下の段。そこだけ、壁から少し浮いているように見えるのだ。


 私は、恐る恐る、その棚に手をかけた。力を込めて、押してみる。


 ギギギ……


 軽い摩擦音と共に、本棚が、横へとスライドした。


「あっ‼」


 私の口から、思わず小さな悲鳴が漏れそうになる。スライドした本棚の奥には、小さな鉄の扉が現れた。それは、まさしく金庫の扉。


 私は、息を飲んでその扉を見つめる。隠し金庫。キョーヘーは、この家のどこかに、何かを隠していたのだ。


 そして、この金庫には、鍵穴があった。それは、アイコさんが持っていた、あの小さな鍵と、形がそっくりに見えたのだ。


(アイコさんは、この金庫の存在を知っている)


 私の頭に、その確信が走る。キョーヘー様が私に隠していた秘密の金庫を、彼の母親は知っている。そして、もしかしたら、その鍵を持っているのは、キョーヘー様ではなく、アイコさんの方なのかもしれない。


 私は、自分の部屋に戻り、アイコさんの部屋を探すための計画を立て始めた。彼女の部屋は、この家の二階の奥。私は、アイコさんの部屋の合鍵を、一度だけ、使用人から借りたことがあった。その時、アイコさんが風邪で寝込んでいたからだ。


 私は、その合鍵を、自分のアクセサリーボックスの中に隠していた。使う機会はないと思っていたけれど、まさか、こんな形で役立つ日が来るとは……。


 ユリネは、鍵を手に取り、アイコさんの部屋へと向かう。心臓が早鐘を打っている。もし、彼女に見つかったら、私はこの家から、間違いなく追い出されてしまうだろう。


 彼女の部屋の扉を開ける。中は、高級な香水の匂いが充満していた。豪華な調度品と、高価な毛皮のコートが、部屋の裕福さを際立たせている。


 私の目的は、あの小さな鍵。アイコさんは、外出する時も、それを肌身離さず持っているはず……。


(まさか、持って出てしまった⁉)


 私は、焦りを感じる。もしそうなら、この探索は無駄になってしまう。


 私は、彼女がいつも座っている化粧台へと向かった。引き出しを一つずつ、静かに開けていく。高級な化粧品や、宝石が並んでいる。しかし、あの小さな鍵は見当たらない。


(どこに隠したのよ)


 私は、次にクローゼットへと向かった。高価な洋服が、整然と並べられている。その中に、アイコさんが昨日まで着ていた、ガウンが掛かっていた。


 ユリネは、そのガウンのポケットに、そっと手を入れる。


 カチャリ。


 指先に、硬い金属の感触が触れた。私は、それを静かに引き出す。


「あった……」


 それは、私の予想通り、あの小さな鍵だった。光に透かしてみると、真鍮製の、どこか古めかしいデザイン。


 私は、その鍵を握りしめ、急いでキョーヘーの部屋へと戻る。そして、再び、本棚の奥の金庫の扉と対峙するのだ。


 鍵を、金庫の鍵穴に差し込む。


 カチリ。


 鍵は、何の抵抗もなく、鍵穴に吸い込まれた。ユリネは、ゆっくりと鍵を回す。


 ギシッ。


 重い音を立てて、金庫の扉が開いた。私の心臓は、今にも破裂しそうだった。


 金庫の中には、想像とは違って、宝石や現金はほとんど入っていなかった。代わりに、分厚いファイルが、何冊か入っている。


 私は、その中の、一番上にあるファイルを取り出した。表紙には、見慣れない会社のロゴが印字されている。


「新興エレクトロニクス株式会社」


 私は、そのファイルを恐る恐る開いてみた。中には、大量の株券と、権利書が入っていた。


 それを見た瞬間、ユリネの呼吸が止まる。それは、途方もない金額の財産。キョーヘーが、私にも、アイコさんにも隠していた、彼の最も大切な、秘密の財産。


(キョーヘー様は、何のために、これを隠していたの⁉)


 私は、さらにそのファイルを読み進める。そこには、キョーヘーの手書きのメモが添えられていたのだ。


『これは、ユリネの将来のために、僕が密かに貯めてきたものだ。母さんには、決して知られてはいけない』


 そのメモを読んだ時、私の目から、涙が溢れてきた。キョーヘー様は、私のために、この財産を隠していた。私がアイコさんのイジメに耐え、この家で苦しんでいることを、彼は知っていたのだ。そして、いつか私が、この家から自由になるための、道しるべとして、この財産を用意してくれていた。


 しかし、私の涙は、すぐに怒りに変わった。


(アイコさんは、この金庫の存在を知っていた。そして、この鍵を持っていた)


 私は、アイコさんが頻繁にこの金庫を開けていた痕跡を探した。株券は、少し減っているように見える。そして、ファイルの中に、一枚の払い戻し通知書を見つけたのだ。


 その通知書には、数ヶ月前に、この株の一部が売却され、その代金が、アイコさんの個人口座に振り込まれていることが記されていた。


「そんな……まさか」


 私の口から、呻き声が漏れる。アイコさんは、キョーヘー様の大切な財産に、勝手に手をつけていた。それも、私のために用意された財産に。


 キョーヘー様は、母親の裏切りを、まだ知らない。


 ユリネの心は、激しく揺さぶられた。私がアイコさんにイジメられていたのは、私がこの家で、キョーヘー様の財産を狙っていると思われていたからかもしれない。しかし、現実は、アイコさんこそが、キョーヘー様の財産を狙う、泥棒だったのだ。


 私は、急いで鍵を返し、金庫の扉を閉め、本棚を元に戻した。そして、鍵を再び、アイコさんのガウンのポケットに戻す。


 私の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。悲しみと、怒り。そして、キョーヘー様の優しさに触れた感動。


(私は、もう黙っていられない。この真実を、キョーヘー様に伝えなければ)


 ユリネは、決意を新たにした。アイコさんの悪行を、世に知らしめる時が来たのだ。

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