第6話:『美しすぎる(醜悪な)サキュバスと、額の刻印』
「いいか。決して直視するな。網膜が腐るぞ」
リリアは洞窟の入り口で、目を半開きにしながら警告した。 どうやら今回の敵、サキュバスは、この世界の住人(3頭身)にとって、直視することさえ困難なほどの「醜悪(=絶世の美女)」らしい。
俺たちが広間に足を踏み入れると、甘い香りと共に、その「怪物」は現れた。
「あらぁ……? お客様?」
闇から浮かび上がったのは、ボンデージ風の衣装に身を包んだ、完璧なプロポーションの美女。 豊満な胸、くびれた腰、そして長くしなやかな脚。 前世の記憶を持つ俺にとっては、まさに動く芸術品だ。
「う、ぐっ……!!」
隣でリリアが口元を押さえ、ガタガタと震え出した。 「な、なんだあの『不自然な』肉付きは……! 重力に逆らう胸部……無駄に長い四肢……お、おぞましすぎる……!」
リリアは生理的嫌悪感のあまり、まともに目を開けていられないようだ。 弓を構える手も震えており、狙いが定まっていない。
「ふふふ、怯えてるわねぇ。可愛い3頭身ちゃん」
サキュバスは妖艶に微笑むと、リリアではなく、俺の方へ視線を向けた。 その紫色の瞳が、俺の顔を――いや、俺の額を射抜くように見つめる。
「……ん?」
サキュバスの目が、スッと細められた。 彼女は、俺の額にある薄い痣のようなものを凝視している。
「その額の紋章……まさか」
彼女の声から、甘ったるさが消えた。 「古代語の『転生』のルーン……。あなた、『渡り人』なの?」
「え……?」
俺は自分の額に手をやった。そんな紋章があるなんて聞いたことがない。 だが、サキュバスは確信したように唇を舐めた。
「なるほどね。だから、私のこの『姿』を見ても平気な顔をしているわけだ。魂の構造が、あっちの世界寄りなんだもの」
「な、何を言って……」
「リリア! 撃て! 何をしている!」 俺は叫んだが、リリアは「無、無理だ! 直視できない! 吐き気がして……!」と顔を背け、完全に戦力外になっていた。 「醜悪」なものが苦手なエルフにとって、サキュバスの容姿は強力な閃光手榴弾のようなものらしい。
「隙ありっ!」
「うわっ!?」
リリアが目を背けた一瞬の隙を突き、サキュバスが滑るように肉薄してきた。 俺が剣を抜くより速い。 柔らかく、しかし万力のように強い腕が、俺の体を締め上げる。
「捕まえたわよ、希少種くん♡」
「しまっ……リリア!」
「えっ!? [主人公名]!?」 リリアが音に気づいて振り返るが、その時にはもう遅かった。
サキュバスは俺を抱えたまま、背中の翼を広げて宙に舞い上がっていた。
「いやぁぁぁ! 見ないでぇぇ! 私の『醜い』姿を見ないでぇぇ!」 サキュバスは、あえてそのグラマラスな肢体をリリアに見せつけるようにポーズを取る。
「ギャァァァァ!! 目が、目がぁぁ!!」 リリアは精神的ダメージでその場にうずくまった。完璧な作戦だ。
「さあ、行きましょうか。私の『巣』へ」 サキュバスは俺の耳元で囁いた。 「あなたのその『紋章』について……じっくり、た~っぷり、教えてもらうわよ?」
(場面転換:サキュバスの巣)
気がつくと、俺はピンク色の天蓋付きベッドの上に転がされていた。 そこは、どう見ても淫靡な空気が漂う、サキュバスの寝室だった。
「さてと……」
サキュバスが、ゆっくりと俺の上に馬乗りになる。 その「醜悪(=最高にエロティック)」な身体が、俺の3頭身の腹の上に重くのしかかる。
「あなた、名前は?」 「……[主人公名]だ」 「ふーん。ねえ、知ってる? 転生者の魂って、とっても『美味しい』のよ?」
彼女は俺の額の紋章を、長い指でなぞった。
「それにあなた……この世界の『美意識』に染まりきってないわね? 私の体を見ても、嫌悪感より……『興奮』の方が勝ってるんじゃない?」
バレている。 完全に、俺の前世の嗜好が見透かされている。
「ふふ、ゾクゾクしちゃう。この世界じゃ、誰もが私を見て吐き気を催すのに。あなただけは、私を『女』として見ている……」
サキュバスの瞳が、怪しく光った。 これは尋問なのか、それとも捕食なのか。 リリアというお目付け役を失い、俺は今、この世界で最も危険で、最も魅惑的な「醜悪」と二人きりになってしまった。
(……詰んだ。いや、ある意味ゴールか?)
俺の理性と貞操の危機が、幕を開けた。




