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第3話 :「美しい」エルフと「醜悪」な証拠

「――そこで何をしている、人間!」


心臓が喉から飛び出るかと思った。 この世界(3頭身)基準で言えば、間違いなく「美形」の部類に入るであろう、ずんぐりとしたエルフが弓をこちらに向けている。


俺は今、最悪の状況シチュエーションにいる。 この世界で最も「醜悪」とされる8.5頭身の魔族の死体に、まさに口づけをしようとしていたところだ。 言い逃れができるはずもない。


「あ、いや、これは……違うんだ!」


「違わない! 貴様、その『汚物』に……まさか、死体愛好ネクロフィリアの趣味が!」


エルフの(短い)眉が吊り上がる。放たれる殺気は本物だ。 まずい。この世界で「醜悪」とされる魔族の死体を愛でるなど、魂が腐りきった背徳行為。ギルドどころか、人間社会から追放されかねない。


「ま、待て! 違う! 俺はこいつを討伐した冒険者だ!」 俺は慌てて懐からギルドカードを放り投げた。


「こいつは魔族幹部『アスモデウス』! 依頼クエストを受けて、俺が今、倒した!」


エルフ――リリアと名乗った彼女は、弓を構えたまま、警戒しつつギルドカードと魔族の死体(絶世の美女)を交互に見た。 彼女の視線が、魔族の胸に突き立った俺の剣に気づく。


「……討伐? 貴様が、これを?」 「そうだ! で、さっきのは……ほら、まだ息があるかと思って、口元に耳を……」


我ながら苦しすぎる言い訳だ。 キスと耳を近づけるのでは、口の形が違うだろう。


リリアは納得していない顔だったが、俺の「見た目」――この世界基準で「美しい」とされる3頭身のずんぐりした体型――を改めて値踏みするように見た。


「……フン。貴様の魂の・・・は、確かに『美しい』。神の寵愛を受けているようだ」 「だろ? だから、こんな『醜悪』な魔族に欲情なんて……」


「だが!」 リリアは遮った。 「いかに『美しい』魂でも、『醜悪』なものに触れ続ければ腐敗する! 貴様、さっき一瞬、あの『ツラ』に見惚れていなかったか?」


「ギクッ」


「図星か。……まあ、無理もない。あれこそ魔族の使う最悪の『呪い』だ」 「呪い?」


リリアは、忌まわしそうに魔族の死体に唾を吐きかけた。 (やめろ、と喉まで出かかったが、必死で飲み込む)


「そうだ。あの『醜悪な8.5頭身』は、それ自体が精神汚染メンタルハックの呪いだ。我々『美しい』種族の精神を内側から破壊するために、あんな『不自然で不快な』姿をしている」


なるほど。この世界ではそういう解釈(設定)なのか。 俺が「美しい」と感じてしまうのは、魔族の「呪い」のせい。 ……そう考えた方が、よほど気が楽だった。


「助かったぜ、リリア。あんたが声をかけてくれなきゃ、俺は危うく『呪わ』れるところだった」 「フン。礼には及ばん。……それより、さっさとしろ」 「え?」


「討伐の証拠だ。ギルドに持ち帰るのだろう」 リリアが俺の腰のナイフを顎でしゃくった。


俺は、自分のやろうとしていたことに気づき、顔が引き攣った。 証拠。 つまり、この完璧な死体(美女)の一部を切り取れ、と。


「……ああ。そう、だな」 俺は覚悟を決めた。 仕事だ。これは『デブの国と痩せの国』のハードモードを生き抜くための、仕事だ。


魔族の(美しい)顔を直視しないように、ナイフを握りしめる。 一般的には耳か、あるいは首か。 (くそっ、どこもかしこも美しすぎて切り取れねぇ……!)


「……何をもたもたしている。そんな『醜悪』なもの、早く切り刻んで浄化しろ」 3頭身のエルフが、心底不思議そうに俺を急かす。


「わ、わかってる!」 俺は目をつむり、一思いに魔族の――長く美しい黒髪を、一房掴んでナイフで断ち切った。


「……髪?」 リリアが怪訝な顔をする。 「首じゃないのか?」


「こ、こいつの魔力はこの髪に宿ってるんだ! たぶん! だからこれが証拠だ!」 「ふぅん……? まあ、いい。それより、本体はすぐに燃やすぞ。こんな『醜悪』なものが森に残っているだけで、大地が穢れる」


リリアがそう言うと、どこからか油を取り出した。 俺は、自分が切り取った「黒髪(証拠)」を握りしめた。 月光に照らされ、シルクのように滑らかな手触り。前世ならシャンプーのCMに出ていたであろう、完璧な髪だ。


「……なあ、リリア」 「なんだ」 「あんたらエルフも、やっぱり『3頭身』の方が『美しい』のか?」


リリアは「何を当たり前のことを」という顔で、俺を見返した。 その顔は、この世界基準では完璧な「美エルフ」なのだろう。


「当然だ。我らエルフ族で最も『美しい』とされる長老様など、もはや2頭身に近い。あれぞ神の領域だ」 「……そ、そうか」


俺は、燃え盛る炎に包まれていく8.5頭身の死体を見ながら、この世界で生きていくことの絶望的な困難さを、改めて噛み締めていた。 手の中の「醜悪な証拠(美しい黒髪)」が、やけに熱かった。

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