第1話:舞踏会と破滅の夜
侯爵家の大広間は、金の燭台に灯された炎が壁を照らし、絢爛な舞踏会が開かれていた。アリア・ルグランは、黒と銀を基調にしたドレスに身を包み、周囲の視線を感じながら微笑んだ。しかし、その胸の内は緊張でいっぱいだった。
「アリア様……」侍女が控えめに声をかける。
「大丈夫、私。舞踏会を楽しむのよ」アリアは微笑んで答えたが、その目にはどこか覚悟の色が滲む。
侯爵家の末娘として、派手さはないものの、静かな自尊心を胸に秘める彼女。しかし、今夜、彼女の運命は大きく揺らぐことになる。
舞踏会の主役、婚約者の侯爵家長男――彼は優雅にアリアに近づき、柔らかく微笑んだ。
「アリア、少し話がある」
その言葉に、アリアは心を引き締めた。まさか、何か問題でも……?
侯爵家の家族、貴族たちの視線が二人に注がれる。長男は一瞬沈黙した後、言った。
「婚約を解消したい」
その言葉は、氷のようにアリアの胸を貫いた。場の空気が一瞬凍りつく。
「……は?」思わず口が開く。言葉が、胸の動揺を隠せない。
「家の都合さ。君を愛していないからではない――だが、この婚姻は侯爵家の未来にとって、もう必要ない」
アリアは咄嗟に微笑むが、その心は鋭く裂ける痛みに染まった。家族を守るために、己の幸福を犠牲にする――それが侯爵家の末娘としての宿命だった。
その夜、涙を堪えたアリアは、孤独な部屋で座り込む。誰もいない静寂の中、突然、空間が震えるように、声が降りてきた。
「アリア・ルグラン、私は世界。あなたを選ぶ――契約しよう」
信じられない光景に、アリアは目を見開いた。幽かな光が彼女の指先に集まり、手元の黒い指輪に染み渡る。
「あなたが世界を救う器となる――ただし、条件がある」
指輪は、眩い光を放ち、アリアの心に問いかける。
『他者の確かな愛でなければ、この力は真価を発揮しない』
戸惑いと恐怖、そして小さな希望――アリアの胸は入り混じる感情で揺れ動いた。
だが、彼女は立ち上がる。
「……わかった。私は、世界と契約する」
その瞬間、指輪の光が全身を包み込み、アリアの新たな物語が静かに、しかし確実に動き出した。
――婚約破棄された侯爵令嬢が、世界を拾う物語が、今、始まる。