第9話「届いた依頼と、少女の新たな一歩」
朝――。
木漏れ日亭の窓辺から、やわらかな陽光が差し込んでいた。
リアの髪が光を受けて、白銀に淡く輝く。
毛布の中で小さく丸まったその姿は、あまりに穏やかで……昨夜まで首輪を付けていた少女とは思えなかった。
「……おはよう、ユウト」
「ん、おはよう」
俺はすでに起きて、湯を沸かしていた。
日課になりつつある朝のハーブティー。香りを嗅ぐだけでも、心が落ち着く。
「寝心地、悪くなかったか?」
「ううん。……ちゃんと寝れた。夢も見なかった」
そう呟くリアの声は、少しずつ芯のある響きに変わってきている。
朝食を終え、宿のロビーへ降りると、見覚えのあるギルド職員が立っていた。
「ユウトさん、リアさん、おはようございます。ミナからの伝言をお預かりしてます」
「……ギルドから?」
「はい。“推薦依頼”です」
推薦依頼。通常の依頼とは異なり、ギルド側が「この冒険者なら任せられる」と見込んだ案件。
それは同時に、“冒険者としての信頼が認められた証”でもある。
「推薦って……まだ俺、依頼一つしかこなしてないぞ?」
「生活スキルの評価がかなり高かったようで。あと、昨日の首輪解除の件も噂になってます。“奴隷の少女を支えて自立させた”って、ギルド内で話題ですよ」
「……なんか照れるな」
職員が手渡してきたのは、簡易封筒と依頼内容が記された紙。
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【依頼名】:貴族領・メルディナ家の薬草調達支援
【場所】:ラグノル郊外/ミントの森および周辺山林
【内容】:病弱な令嬢のための薬草調合と採取支援
【報酬】:金貨1枚+貴族領通行証(一時的)
【備考】:料理・調合・生活スキルが評価され選定
【同行者】:条件により可(補佐役としての登録が必要)
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「……貴族領通行証付き、か。太っ腹だな」
「メルディナ家は、古くから薬学を研究してる家系なんです。特に、若い令嬢が薬に頼らない生活を目指してて。今回はその支援の一環らしくて……」
その言葉に、リアが小さく反応した。
「……病気で、薬に頼らない生活……」
「リア?」
「……なんでもない。……でも、なんか、ちょっと……分かるかもって」
――たしかに、リアの言葉には実感があった。
彼女自身、ずっと“自由じゃない生き方”を強いられてきたのだから。
「行くか、リア?」
「……うん。行きたい。薬草の知識、ユウトがいっぱい持ってるの、見てて分かったし……私も、少しずつ学びたい」
「なら、ギルドに一緒に登録しに行こう」
「……正式な、冒険者として?」
「リアが良ければ、な」
「……うん。なりたい。もう、誰かに守られるだけじゃなくて……ちゃんと、隣で歩きたい」
その決意のこもった言葉に、俺は頷いた。
「……ようこそ、冒険者へ」
◇ ◇ ◇
ギルド本部。
登録カウンターで受付を済ませ、リアの“補佐登録”が完了した。
首輪がない今、リアはもう誰からも管理される存在ではない。
その証として、彼女は自分の名前――“リア”をしっかりと書いた。
「これで、正式にパーティを組めるようになりました」
ミナがにっこりと笑う。
「補佐ではありますが、サポート役として正式な依頼にも同行できます。依頼内容次第では、リアさんの得意な分野が活きる場面もあるでしょう」
「ありがとう、ミナさん……」
「まずは、今回の推薦依頼ですね。三日以内にメルディナ領へ出発する必要があります。支度は余裕を持って行ってください」
「了解。すぐ準備しておくよ」
◇ ◇ ◇
その夜、木漏れ日亭の部屋。
リアは小さなノートを開きながら、薬草の名称や効能を一つひとつ書き写していた。
「……勉強熱心だな」
「うん。……覚えるの、実は好きなんだ」
「そうなのか?」
「昔は、覚えてると……役に立てるって思えたから。……でも、今は違う。“知ること”って、それだけでちょっと楽しいんだなって……初めて思った」
その笑顔は、昨日までの“弱さ”とは別の意味で儚く、けれど美しかった。
「俺も教えられることは教えるさ。明日から、本格的に準備始めよう。食材も、道具も整えないといけない」
「うん……一緒に、がんばろ」
ランプの灯りの下、ふたりの影が壁に伸びていた。
“護られる少女”ではなく、“隣に並ぶ少女”として、
リアは――新たな自分へと、静かに歩き出していた。