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第4話「ふたりの朝と、最初の一歩」

 朝の陽が、木漏れ日亭の小窓から差し込む。

 暖かな光がベッドを照らし、隅の椅子に丸まって眠っていた少女の銀髪を淡く染めていた。


 その髪の持ち主――リアは、まだ微かに寝息を立てていた。

 昨日、ようやくまともな食事を摂って、風呂に入り、布団の中で眠った。初めて安心して眠れたのかもしれない。


 俺は、そっと台所へ向かう。


 


 冷たい水で顔を洗いながら、昨晩のやりとりを思い返していた。


 リアの名前は、俺がつけたものだ。

 本当の出自は不明だが、奴隷として扱われていたこと、何度も売られていたこと、そして“名前すらも奪われた”ことだけは確かだった。


「……俺に、守れるのか?」


 自分自身に問うても、明確な答えは出ない。

 だけど、放っておけなかった。それだけは本心だった。


 


 朝食の支度を始める。

 とはいえ、宿の厨房を勝手に使うわけにもいかないので、昨夜ギルド近くの食料品店で買った安い野菜と卵、それに固くなったパンを使って、即席のスープとスクランブルエッグを作る。


 火加減も塩加減も、自然と手が動いた。


「……こんなにスムーズにできるの、人生で初めてかもしれん」


 生活スキル補正+300%は伊達じゃない。

 料理に限らず、包丁の扱いや火の管理、器のバランス感覚まで“身体が覚えている”ような感覚があった。


 


 しばらくして、リアが寝ぼけ眼でリビングに顔を出した。


「……おはよう……ございます」


「おはよう。飯、もうすぐできるぞ」


 リアは小さく頷き、椅子に腰掛ける。その動き一つひとつが、まだ警戒と緊張に包まれていた。


 けれど、食卓に並べた皿を見て――目を見開く。


「……これ、私の……?」


「ああ。昨日も言ったけど、飯と寝床ぐらいは、ちゃんと用意するって約束したからな」


 リアは黙って、ゆっくりとフォークを取った。

 ひとくち、口に運び、噛んで、飲み込む。その瞬間――。


「……おいしい」


 その一言が、俺の胸にじんと響いた。


「そうか。よかった」


 なんでもない会話。だけど、こんな当たり前すら、彼女には許されなかった日々があったんだろう。

 そう思うと、胸の奥に小さな怒りと、悲しさが込み上げてきた。


 


◇ ◇ ◇


 


 食後、リアを連れてギルドへ向かう。


 目的は二つ。

 一つは、リアの奴隷首輪の解除。

 もう一つは、俺自身が冒険者として「初めての依頼」に挑むことだ。


 


 ギルドに入ると、昨日と同じ受付の女性がこちらに気づいて微笑んだ。


「ユウトさん。おはようございます。今日は……お連れさまと一緒ですね?」


「ああ、こっちがリア。実は少し、相談があって」


 俺がリアの首元をそっと示すと、受付嬢は眉をひそめた。


「……奴隷の拘束具、ですね。それも魔導刻印式。解除には専門の聖具師が必要になります」


「ギルドで紹介してもらえるか?」


「可能です。ただ、費用がかかります。最低でも銀貨十枚ほど……」


 目がくらみそうな金額だ。銀貨十枚といえば、庶民が一ヶ月は暮らせる金額。


「……その分、働くさ。依頼を回してくれ」


「では、ちょうどよい初級依頼があります。郊外の薬草採取任務です。危険度は低めですが、道中にスライムが出ることもありますのでお気をつけて」


 薬草採取。生活スキル極振りの俺にはうってつけの依頼だ。


「リアは一緒でも大丈夫か?」


「保護者扱いでの同行は可能です。正式な冒険者登録は、首輪解除後でないと受けられませんが……」


「それでいい。まずは、できることから始めるよ」


 


 リアは、俺の隣でおずおずと俺の袖を握っていた。

 怯えた顔ではあるけど、昨日より少しだけ表情が柔らかくなっていた気がする。


「……わたし、役に立てるかな……」


「役に立たなくていい。まずは、風を感じることからだ」


 リアはきょとんとした顔で俺を見たあと、ふっと笑った。


 


 それは、名前を与えられてから、彼女が初めて見せた――本当の笑顔だった。

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― 新着の感想 ―
…主人公が、その世界の庶民が一ヶ月は暮らせる金額と、その世界の通貨を知ってるのが突然すぎて疑問でした。 主人公の所持金も知りませんので、作品の内容にて、読者にも説明を。
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