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第28話「揺れる正義、静かなる反逆」

王都《風鈴の家》の片隅。

 朝の空気は澄んでいるが、その背後には確かに“監視の気配”が張りついていた。


 


 ユウトは静かに窓を開け、遠くの屋根を見上げる。

 その上に、魔導庁直属の“観測式霊具”――いわゆる“感応眼”が浮いているのが見えた。


 


(……あれが、庁の監視網か)


 力任せではない。だが、確実に締め付けは強くなっていた。

 それでも、“施療の列”は徐々に長くなっている。


 


 ――人々は“痛み”を抱えていた。

 魔法では癒えない、言葉にできない傷を。


 


 リゼがそっと背後から声をかける。


「今日も子どもたち、来てた。

 “ここなら怒鳴られないから”って、ずっと絵を描いてたよ」


「……その絵が、たとえ下手でも、誰かの心がほどけるなら――それでいいさ」


 


 微笑むユウトの横で、リアがいつものように紅茶を注ぐ。

 その手はしなやかに慣れていて、もはや“奴隷だった頃”の面影はない。


「ねえ、ユウト」


「ん?」


「“壊れる前に、気づける方法”ってあるのかな。心が壊れる前に、誰かが気づける手段って」


 


 ユウトは少し黙った後、答えた。


「……あるよ。でも、それは“痛みを想像する力”だ。

 誰かの笑顔の裏に涙があるって、想像できるかどうか。

 結局、“優しさ”って、それだけだと思う」


 


 その言葉に、リアは小さくうなずいた。

 そして――静かに窓の外を見た。


「だったら……王都は、ずっと“想像すること”をやめてたんだね」


 


◇ ◇ ◇


 


 一方その頃、王都庁舎・作戦会議室。


 粛清を進めていたラグナのもとに、一本の報告書が届いていた。


 


「ユウト・シノノメの施療により、“情動不安”による自殺未遂者の回復例多数」

「副次効果として犯罪発生率の微減、家庭内暴力案件の沈静化」

「市民の間で“魔導庁が否定する治療法”への信頼が静かに上昇中」


 


 これらの報告は、“粛清対象”だったユウトの影響が、王都全体へ波及し始めていることを意味していた。


 


「……バカな。たかが流れ者一人が、秩序を乱すとは」


 ラグナは拳を握り、机を叩いた。


「“民意”か。……そんな不確かなものに、魔導国家の体制が揺らぐはずがない」


 


 だがその時、彼の背後にいた副官が言った。


 


「失礼ながら、庁内の“中層職員”の中にも、ユウト氏の記録に感銘を受けている者が増えています。

 報告を見て“施療”を希望する者まで出始めており、庁内の空気が揺れております」


 


「……何?」


 


 庁内の一部が――“外敵”ではなく、“内部から揺れている”。


 


「内務局のハーラン三等官、情報解析課のネリ、第一魔法研究課の見習い達……

 すでに十数人が“非公式に風鈴の家へ訪問”しています」


「反逆……か?」


 


 ラグナの顔に、初めて“警戒”と“焦燥”の色が同時に浮かんだ。


「……ならば、“秩序を乱す芽”は、早期に摘み取る」


 


 彼は立ち上がり、新たな命令を下す。


「“施療者の不正魔導操作”を理由に、“実施現場への制圧部隊派遣”を決定する。

 同時に、庁内反乱の兆しがある者は、職務調査を名目に隔離。……次の命令で排除する」


 


 粛清は、“静かなる反逆”に姿を変えて広がり始めていた。


 


◇ ◇ ◇


 


 その夜。


 《風鈴の家》の裏手に、ふたりの影が立っていた。


 一人は、例の被験者04号――名前を持たぬ青年。

 もう一人は、庁内から密かに抜け出してきた、情報解析官ネリだった。


 


「この文書、見て。

 “あなたの記録”が、まだ魔導庁の端末に保管されてる。しかも、“上書き可能な状態で”。

 つまり……いつでも、また“あなた”は作られる」


 


「……消せる?」


「一部なら。君が拒否すれば、“施療の効果”でデータ反応も変わる。

 それが“本物の自己”なら、記録上の整合性が崩れる。……そうなれば、“模倣元”としての価値が消える」


 


 青年は、数秒の沈黙の後、言った。


「やろう。“俺は、俺だ”って、証明する。

 この記録に従うんじゃない。これからは……“俺が、自分を選ぶ”」


 


◇ ◇ ◇


 


 その数時間後。

 王都に流れる情報網に、一本の不可解なエラーが走った。


 


《記録ファイルNo.47304:感情模倣転写記録ユウト・シノノメ

《自己構造崩壊――整合性不一致、補完不能》

《模倣元の識別抹消》

《エラーコード:存在証明不能》


 


 それは、“模倣されたユウト”が、完全に“別の存在”になったことを意味していた。


 


 王都は、誰も気づかぬまま、ひとつの“人格の独立”を認めた。

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