第24話「揺れる灯火、壊される日常」
深夜、王都第六区画。
“風鈴の家”の小さな扉が、軋むような音を立てて開いた。
リアはその物音で目を覚ました。
警戒心の強い彼女は、些細な異変にも鋭く反応する。
(……鍵は? 閉めたはず。誰?)
布団から静かに抜け出し、足音を殺しながら廊下へ。
厨房からは、ほんのかすかな衣擦れの音と、“冷たい気配”が流れていた。
リアは、手元の小さな木杖を握りしめながら、そっと覗き込む――
そこにいたのは、全身黒装束の男。
目元を覆面で隠し、手には何かの“注射具”のような器具を携えている。
(子どもを……?)
数秒の静止。
だが、次の瞬間、リアはためらわずに叫んだ。
「そこまでよッ!!」
男がこちらを振り向く。
その眼光は、理性よりも任務を優先する“無機質な殺意”に満ちていた。
次の瞬間、男が小さな光弾を放つ。
リアはすんでのところで壁際に飛びのき、床に転がった木椅子が吹き飛ぶ。
音に気づいた職員や子どもたちの悲鳴が走る。
だが、男はそれを意に介さず、静かに撤退に移る――
そのとき、玄関が音を立てて開かれた。
「間に合ったか……!」
駆け込んできたのはユウトだった。
日誌に書かれたリアの不穏な言葉を見て、念のため訪れていたのだ。
男は一瞬、身を引くが――
その目に宿る魔力が、異様な波動を帯びる。
(麻痺性魔導具、か……!?)
ユウトが気づいた瞬間、男は床に閃光玉を叩きつける。
眩い光とともに、煙が室内を包んだ。
「リア、伏せろッ!」
ユウトが身を盾にし、リアを庇う。
数秒後、煙が晴れたときには、男の姿はもうなかった。
……だが、足跡と“置き去りにされた注射具”だけが、静かに残っていた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
《風鈴の家》は臨時休館となり、治安隊の聞き取りと保護者対応が続いていた。
「……何これ。成分不明の液体。毒物? それとも、魔力因子抽出剤……?」
ユウトは拾い上げた器具を見つめ、眉間に皺を寄せる。
「まさか、“感情の変調を人工的に再現する”つもりか……?」
そこへ、リゼが駆け込んでくる。
「聞いた……リアが無事って、本当?」
「怪我はなかった。あいつは強い」
リアはソファに座り、カップを両手で包んでいる。
少し蒼い顔をしていたが、しっかりと前を向いていた。
「……私、また守られちゃったね」
「違うよ、リア。お前は叫んだ。“止まれ”って」
ユウトの言葉に、リアの肩がわずかに震える。
それは、過去の“奴隷として声を押し殺した日々”とは、決定的に違っていた。
◇ ◇ ◇
その夜、三人はリゼの部屋で集まっていた。
王都の空気は静かだったが、その沈黙の裏に何かが蠢いているのを、全員が感じていた。
「……私、もう怖がってばっかりでいたくない」
リゼが口を開いた。
「私たちが手に入れたこの“日常”を、壊させたくない。誰にも、何にも」
「俺もだよ」
ユウトがゆっくりと頷いた。
「逃げてばかりじゃ、この世界で生きていけない。けど、“壊す側”に従う気もない。
だったら、守ろう。自分の生き方を、そして……お前たちのことも」
リアも、黙ってカップを置いた。
「私も……一緒にいる。怖くても、逃げても、ここが“居場所”だって思えるから」
三人の意志が、ひとつに結ばれる。
それは、王都という大都市の片隅に灯る、小さくとも確かな“意志の光”だった。
だが――その光を見つめる者が、確かにいた。
魔導庁第五研究塔、地下最深部。
“実験04号”の精神接続が暴走し、壊れた心像世界の中で、ひとつの言葉が何度も繰り返されていた。
『……ユウト、ユウト、ユウト……』
それは、かつて救えなかった誰かの“残響”なのか。
あるいは、“利用された名”が生み出した呪詛なのか――




