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第21話「王都の誘い、そして魔導の闇」

 夜が明け、王都の空に鐘の音が鳴り響く。

 ユウトたちが“公開検証”という節目を越えてから、二日が経っていた。


 


「……おはようございます、ユウトさん」


 中庭の薬草棚の前で、リゼが声をかけてくる。

 白い療養服ではなく、今日の彼女は淡いベージュのワンピースを着ていた。

 すでに肌色も良く、顔つきには力が戻っている。


「よく似合ってるよ。だいぶ元気そうだな」


「うん。気分が軽いの……まるで、自分の身体が“私のもの”に戻ってきたみたいで」


 


 ユウトは微笑みながら、棚の上の乾燥ミントを渡す。

 ふたりで淹れるハーブティーは、王都の空気にそっと香りを広げた。


 


◇ ◇ ◇


 


 その午後、静養院に一通の封筒が届く。

 王都の貴族、“錬金庁”直属の第五魔導研究室長からの“正式な招待状”だった。


 


「……ユウト様、これ……」


 封を開いたリアの顔に、緊張が走る。


『ユウト殿の施療に深い関心を持ちました。魔導科学と生活医療の融合可能性について、

一度、静かにお話しできればと願っております。』


 場所:王立魔導庁・第五研究塔

 時刻:明日正午

 署名:イゼル・バルグルス


 


「……バルグルスか。魔導庁のなかでも異端寄りの連中だな」


 静養院付きの執事が、小声で補足する。


「“医療魔術の応用研究”の名目で、過去に王都騒動の元になった薬物事件に関与した、という噂もあります。

 現在は政治的に抑え込まれてますが、内部には“人体を改造対象と見なす者”も含まれているとか」


 


 ユウトは封筒をもう一度見つめる。

 その質感、文面の抑制された上品さ――そこから滲むのは、知的だが、冷たい“意図”。


「つまり、“俺の療法”が“改造技術の応用対象”にされる可能性もある……か」


 


「……行くの?」


 リアが不安げに問う。


「行くよ。断っても、どうせ手を回してくる。なら、“情報を得る”ために、こっちから出向く方がいい」


 


 リゼも、口を結んだまま、そっと頷いた。

 彼女は王都の裏側が、どれだけ“上品な顔で残酷”かを、もう十分に理解していた。


 


◇ ◇ ◇


 


 翌日――第五研究塔。


 塔の内部は、王城や医術院とは異なる、金属と石と魔石が混在する“技術の要塞”だった。

 廊下には魔力配線がむき出しで走り、すれ違う職員の目は、皆どこか機械的だ。


 


 ユウトが通されたのは、塔の上層――天井がドーム状になった会議室だった。


「初めまして、ユウト殿。私はバルグルス。貴殿の施療、拝見させていただきました」


 現れた男は、四十代半ば。黒銀の細縁眼鏡に、淡い灰のローブ。

 その身のこなしと口調は、貴族のそれに近いが、瞳の奥は“研究者”そのものだった。


 


「本題に入りましょう。我々は、貴殿の方法に“本質的な可能性”を見出しております。

 感情と環境による施療――それは、従来の魔導薬理と全く異なる。

 もしこの“感応式環境療法”を、魔導因子として抽出できれば……」


「待ってくれ。“抽出”ってなんだ?」


 


「“貴殿の感覚”を、“魔術式に翻訳する”ということです」


 言葉を遮ることなく、バルグルスは淡々と続けた。


「例えば、患者の脈拍・呼吸・魔素流動を自動解析し、反応に合わせて香気や光波を調整する。

 “貴殿の施療行為”を、“再現可能な医療装置”として結晶化する。……それこそが我々の目的です」


 


「それって、“俺”は必要なくなるってことだよな」


「貴殿の存在は“基礎素材”であり“触媒”です。最終的に不要になるかどうかは、結果次第です」


 


 明確な“切り捨て”の姿勢。

 だが、それは研究者としての誠実さの裏返しでもあった。


 


 ユウトは静かに椅子に座り直し、言った。


「お断りします。……俺がやってるのは、人の感情と共にある療法だ。

 “魔導装置”じゃ、それは救えない。……リゼを、救えなかったはずだ」


「……なるほど。だが、それが通じるのは“限られた奇跡”の中だけだと、理解してください。

 我々は、万人のための“仕組み”を作る。貴殿の行為は美しい。だが……効率は悪い」


「それでも、俺はこの道を選ぶ」


 


 やがて会話は終わり、ユウトは丁寧に一礼して、研究塔を後にした。

 だが――彼の背を見送るバルグルスの目には、明確な“興味”の色が残っていた。


 


「……素材としてでなく、協力者として扱う余地もある。あの男には、“純度”がある。

 使い方さえ間違えなければ――あるいは、“次の段階”に進めるかもしれんな」


 


 魔導庁の裏で動く計画――“精神同調型魔導療法”プロジェクト。

 それは、失敗すれば人格崩壊を招く、危険な研究だった。


 


◇ ◇ ◇


 


 その夜、静養院に戻ったユウトを迎えたのは、心配顔のリアと、緊張気味のリゼだった。


「……ごめん、無事に戻ってきたよ」


「本当に……よかった……」


 リアが、安堵のあまり小さな涙を見せる。


 


 そしてリゼは、言った。


「私、王都に残るよ。……静養院じゃなくて、自分で部屋を探して、生活してみたい。

 たぶんまだ不安定だけど……でも、“生きてみたい”って思える場所を、ここで見つけたいから」


 


「……そうか。なら、できる範囲で手伝うさ」


 


 王都の光と闇、その両方を越えて――

 それぞれの“新しい一歩”が、また静かに動き始めていた。

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