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第20話「公開検証、語られざる真実」

王都医術院――

 その本庁舎は、中央区の大通りに面する三階建ての白亜の建物だった。


 魔力波動を整える結界が張られ、出入りする者は皆、識別石によって身元を記録される。

 「正統な知識と理論による癒し」を理念に掲げ、王都の医療政策を支える中枢機関――それが、ここだった。


 


 公開検証の場として用意されたのは、第三講堂。

 半円状に椅子が並ぶ聴講室には、貴族、学者、医術士、そして王都新聞の記者までが詰めかけていた。


 


「……まるで見世物だな」


 ユウトは肩をすくめ、深呼吸をひとつした。

 その隣で、リゼが小さく微笑んだ。


「見てればいいよね。全部、“あったこと”なんだから」


 


◇ ◇ ◇


 


 壇上に立ったのは、筆頭導師のエリク・フォーマルハウト。

 整った口調で、今回の経緯と目的を説明していく。


「――本日は、王都静養院にて回復傾向を示したリゼ・メルディナ嬢の施療法に関し、再現性と有効性の確認を行います。

 併せて、実施者であるユウト殿の施療理論について、実演および質疑を通して評価を行います」


 


 続いて、控えの席にいたユウトとリゼが呼ばれた。

 ユウトは淡々と歩を進め、リゼはわずかに緊張しながらも、堂々と壇上に立った。


 


「では、まず基本情報を確認いたします。リゼ嬢の従来の状態は、神経魔力系の過敏症とされ、

 高濃度の魔素環境下においては激しい頭痛、痙攣、失神などの症状が確認されておりました」


「はい。……でも今は、それらの発作は、ほとんど起きていません」


 


「施療の中核は、“生活管理”によるものと伺っていますが、具体的には?」


 医術院側の質問に、ユウトが答える。


「栄養摂取の精査、日光・湿度管理、香草による空間調整。

 加えて、“本人が自身の生活を自ら行える環境を作る”ことで、自律神経の安定を図っています。

 俺がやっているのは、“医療”というより、“暮らしの地盤”を整えることです」


 


「……理論化・体系化はされていますか?」


「してません。“人間は環境と感情の中で揺れる存在だ”って前提を元に、ひとつずつ合わせてるだけです」


「つまり、“再現性がない”?」


「“機械的な再現”は無理でしょうね。人間が人間に向き合ってるから」


 


 会場がざわついた。

 冷ややかな笑いと、感嘆のような溜息が混じる。


 


「ユウト殿、王都の医療制度においては、再現可能な治療法こそが重視されます。“感覚”による施療は、属人的すぎる」


「じゃあ聞きますけど」


 ユウトは一歩前へ出る。


「“痛み”って再現できますか? “安心”って誰かに渡せますか?

 俺がリゼにやってきたのは、数値じゃなくて、“彼女の中にしかない不安”に、丁寧に向き合うことでした。

 その結果、彼女は“日常を取り戻した”。それが全部、“数字にできないから無価値”って言うなら――」


 


「――言いません」


 声が割って入った。


 立ち上がったのは、リゼだった。


 


「私、前は“壊れたもの”だと思ってました。

 誰にも治せない、どうせまた倒れる、って。

 でも……ユウトさんは、“壊れてるから守る”んじゃなくて、“壊れてるままでも、生きていい”って言ってくれたんです」


 


 その声には、震えがなかった。

 怯えていたあの少女は、もういなかった。


 


「生活が整って、食べるものが変わって……何より、“自分でできること”が少しずつ増えていって、

 私は、“自分の中の生きたい”って声を、初めて信じられるようになったんです」


 


「……それを、数値にできるなら、してみてください」


 


 会場が、沈黙に包まれた。


 


 やがて、年配の医術士の一人がゆっくりと立ち上がり、言った。


「……我々は、知識にすがるあまり、“人の営み”を軽視していたのかもしれません。

 この施療法は、確かに再現が難しい。しかし……“再現不能ゆえに無価値”と決めつけるのは、傲慢だった」


 


 やがて、拍手が起こった。

 まばらだったそれは、次第に広がり――やがて講堂全体を包み込んだ。


 


 公開検証は、“公式な合格”とはならなかった。

 だが、“異端でありながらも尊重に値する”という結論が文書として記録されることになった。


 


◇ ◇ ◇


 


 その夜。


 静養院の庭で、ユウトとリゼ、リアは並んでベンチに腰掛けていた。

 星がまたたく静かな空の下、今日という一日をかみしめるように。


「……ありがとう、ユウトさん。あなたがいたから、私、自分を信じられた」


「お前が変わったのは、お前自身の力だよ。……俺は、きっかけに過ぎない」


「それでも、出会えてよかった」


 


 その言葉に、ユウトはわずかに口元をほころばせた。


 


 しかし――その穏やかな夜の下、闇の中で別の声がつぶやかれていた。


「……実に、面白い。あの“異世界の施療士”――あれを使えば、“例の計画”に応用できるかもしれん」


 闇の中、密やかに広がる新たな陰謀。

 王都の影は、まだ収まる気配を見せていなかった。

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