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第18話「静養院の影と、王都の洗礼」

王都・グランネスト。

 その中心――王城の西側、翠風の丘と呼ばれる高台に、静養院サンクティア・アレイは建っていた。


 石造りの荘厳な建物には、薬草と魔力浄化水の香りが漂い、風よけと防音を兼ねた結界が周囲を包む。

 ここは“王族縁者および重要客人”専用の療養施設であり、常時、高位医術士と魔術看護士が常駐しているという。


 


「ようこそいらっしゃいました、リゼ・メルディナ様。そして同行の皆様」


 出迎えたのは、緑のローブをまとった初老の男性。

 王都医術院直属の高位官、《癒しの導師》の称号を持つ男――エリク・フォーマルハウトだった。


 


「道中の疲労と緊張を考慮し、まずは診察ではなく“環境への慣れ”を優先いたします。

 リゼ様のお部屋は、南館二階の角部屋をご用意しております。陽光と風の流れを最大限に取り入れ、かつ音の少ない設計です」


「ありがとうございます。……ご配慮、感謝します」


 リゼは丁寧に頭を下げた。かつての彼女なら、顔すら上げられなかっただろう。

 それができたのは、“旅の経験”が彼女を一段階、前へ進ませた証でもあった。


 


 一方ユウトは、案内の途中、廊下に並ぶ薬草棚や医療器具の配置、さらには看護師たちの動きに目を走らせていた。


(……無駄がない。動線も整ってる。けど――)


 その目は、ただ効率や清潔さを見ていたわけではない。

 そこに“人間味”があるか――“回復”ではなく“生活”の視点があるかを見ていた。


(……これは、“治す”ことに特化してる施設だ。だが、“癒す”という発想はほとんどない)


 この差は、ユウトにとって本質的だった。

 なぜなら彼がリゼと築いてきた療養は、薬でも魔法でもなく、“日々の営み”そのものが基礎だったから。


 


◇ ◇ ◇


 


 その日の午後、施設内の検査が一通り終わった後、ユウトとリゼ、リアは応接間に呼ばれた。


 そこにいたのは、エリク導師に加えて、王都医術院の若手筆頭、《ソリル・ヴァイン》。

 彼は相変わらず柔らかな微笑を浮かべながら、書類を机の上に整えていた。


 


「まず結論から申し上げましょう。リゼ様の現在の身体状況は、想定以上に安定しており、

 脈拍・血中魔力濃度・神経反応、いずれも通常値に近い」


「おお……」

 リアが声を漏らす。ユウトも軽く安堵するが――次の言葉が、その空気をすぐに変えた。


 


「――ただし。これは“現状維持”が前提の状態です。

 つまり、“静的な環境と、特殊な生活指導”が合致して初めて成立する安定です。

 そのため、我々としては“再現可能性”と“恒常的管理”の必要性が懸念材料となります」


 


「つまり……?」


 ユウトが眉をひそめて問う。


「つまり、王都医術院としては、“あなたのやり方”を正式に認めるかどうか――まだ決めかねている、ということです」


 


 ユウトは静かに息を吐き、机の上の茶器に手を伸ばす。


「……この施療は、マニュアル化には向かない。食材の質も、気温も、相手の顔色も、全部“見る”ことから始めてる。

 だが、それが“意味を成した”結果が、今のリゼだろう?」


「認めています。ですが、王都医術院が求めるのは“方法”であり、“あなた個人の腕”ではないのです」


「……合理主義、ってわけだな」


「国家の中枢に属する以上、我々は“再現と分配”を優先しなければなりません。ユウト殿、あなたは個人として、素晴らしい仕事をされています。

 しかしそれが“国家として使えるかどうか”は、また別の話なのです」


 


 そのやり取りを聞いていたリゼが、机に手を置いた。


「……じゃあ、私の意思はどうなるんですか?」


 その言葉に、一瞬、場の空気が静止した。


 


「私の体なのに。……私が生きようとしてるのに、

 それが“再現できるかどうか”の評価で、切り捨てられるようなものなら――」


「リゼ様」


「私の中に、確かにあるんです。ここまで来れた“感覚”が。

 それを“記録できないから信じられない”って言われるなら……私、自分の体を誰にも預けたくありません」


 


 ユウトはリゼのその言葉を黙って聞いていた。

 その姿勢が、何よりの“答え”だった。


 


◇ ◇ ◇


 


 夕刻。

 リゼは静養院のテラスにひとり佇んでいた。


 眼下に広がる王都の街並みは、まるで宝石を散りばめたように美しい。

 その一つ一つの灯りの下に、きっと誰かの日常がある。


 ――そして、誰かの痛みもある。


 


「……私は、まだ弱い。たぶん、簡単に揺れる」


 ぽつりと、誰に言うでもなく呟く。


「でも、もう逃げたくはない。怖くても、わからなくても――自分の選んだ道だけは、歩いていたい」


 


 その言葉は、夜風に乗って、街へと溶けていった。


 だがその足元――庭の隅、影の中には、見えない気配が忍び寄っていた。


 暗がりにひそむ視線。

 王都の影の一部が、確かに、リゼに興味を抱いていた。


 


 王都は広い。だが――広いということは、それだけ“見えないもの”も多いということだ。

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