表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/30

第17話「王都目前、忍び寄る影」

 クローネの宿を発ったのは、朝霧がまだ地表を包む時間だった。


 馬車の軋む音と、蹄のリズムが林の小道に響く。

 濡れた土の匂いと、冷えた空気に含まれる朝露の甘さが、旅の空気を静かに染めていた。


 


「ねえ、ユウト……王都って、もうすぐだよね?」


 リアが、馬車のカーテン越しに問いかけてくる。


「ああ。この林を抜けて半日も進めば、王都の外郭が見えてくるはずだ」


「……なんだか、夢みたい。あの奴隷館にいたときには、こんな未来があるなんて思えなかったから」


 リアの言葉は、明るく笑いを交えていたが、その奥には確かな“過去の痛み”があった。

 それを否定せず、抱えたまま前に進もうとしている。ユウトは、その在り方を肯定するように言った。


「夢を現実にしたのは、お前自身だよ。……俺はただ、その横にいただけだ」


 


 リアは少し照れくさそうに笑った。

 そしてリゼもまた、小さく微笑みながら窓の外を見つめていた。


「王都って……高い塔とか、いっぱいあるの?」


「あるさ。世界で最も高い魔導塔と呼ばれる『蒼天の槍』、王城の“七つの尖塔”、中央広場の“石の大書庫”……見上げるだけで首が痛くなるくらいのがな」


「すごい……。でも、あの町には“わたしみたいな人間”は、どこに行けばいいのかなって……ちょっと不安」


 その言葉に、ユウトはすぐさま答えなかった。


 


「……探せばいいさ」


 少ししてから、そう答えた。


「見つかる場所を待つんじゃなくて、自分が“生きていい”と思える場所を、自分で選べばいい」


「……うん。選んでみたい。今度こそ、自分の意思で」


 


◇ ◇ ◇


 


 昼前。

 一行が林道を抜け、開けた丘陵地に差し掛かろうとしたときだった。


 先頭を行く衛士が、手を上げて停止の合図を送った。


「……! 前方、異常確認!」


 全員が馬車を降り、様子を確認しに前方へ進む。


 道の先――獣道の合流点に、荷車が横倒しになっていた。

 近くに人の姿はない。しかし、荷の一部が荒らされた形跡がある。


「……これは」


 ユウトが地面に膝をつき、残された木箱の中身を確認する。

 中には薬草の茎、乾燥前の葉、未分類の花弁が混ざっていた。


 しかも――


「……この“セラス”と“ウィンドホップ”、それに“バリオン”……これは、すべて神経系に作用する植物だ。

 身体を麻痺させたり、逆に神経伝達を促進したり……調合すれば、薬にも毒にもなる」


「つまり……誰かが意図的に?」


 リアが声をひそめた。


「ああ。……これは、ただの盗難じゃない。明らかに“選んで持ち去ってる”」


 


 護衛隊長が近くの木立を調べ、戻ってきた。


「……何者かが足跡を隠しながら北に抜けた形跡がある。人数は不明。だが、装備と動きからして盗賊ではない。おそらく、“訓練された一団”」


 


 その言葉に、場の空気が緊張を帯びる。


「ユウト様、危険です。王都までは残り半日。護衛を倍にして、移動を急ぎましょう」


「了解。リア、リゼ、急ぐぞ」


「うん!」


「……はい!」


 


◇ ◇ ◇


 


 夕刻。

 視界の向こう、丘の向こうに――それは、現れた。


 


 王都・グランネスト。


 光を跳ね返す白銀の城壁と、七本の尖塔を擁する王城が見える。

 都市は三重の円状構造になっており、外郭から順に職人街、商人街、王城区と続いている。


 


「……着いた」


 リゼが、信じられないというように呟いた。

 その目には、目眩すら覚えるほどの世界の広がりが映っていた。


「この町が……“始まり”でもある。終わりじゃなくて」


「そうだな。ここからが本番だ」


 


 馬車が都市門を通過し、騎士の証と医術院の紹介状により、迅速に通過が許された。


 リゼの療養先は、王都中央の高台にある静養院――王族縁者も利用する格式高い施設だった。

 衛生、警備、静寂。すべてが整っているはず、だった。


 


 しかし――門番の騎士が小さく眉をひそめた。


「……静養院の裏手で、先ほど“小規模な爆発音”があったと報告が入っています。

 詳細は不明ですが、警戒態勢が敷かれております。案内には衛士をつけます」


 


 またか――そう思った。

 まるで何者かが、リゼの旅路のすべてを監視し、そして揺さぶっているかのように。


 


 王都という舞台。

 その中心で、何かが動いている。


 


 見えない敵か、偶然の災厄か。

 けれど、それは――確実に、“ただの旅”では済まない現実の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ