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第14話「王都からの来訪者と、不穏な風」

午前の陽光がメルディナ館を包むころ――。

 その日は、いつになく館内がそわそわと落ち着かない雰囲気に包まれていた。


 使用人たちが廊下を行き交い、床を磨き、窓を拭き、飾り棚に整える花の位置まで何度も確認する。


「……王都からの使者って、そんなにすごい人なの?」


 リアが小声で尋ねると、メイドの一人がこくこくと頷いた。


「それはもう。下手をすれば、“リゼ様の療養に介入する”なんて話もあるらしくて……」


「介入……って、どういうこと?」


「もっと大きな薬術院とか、魔術師団の管理下に置くとか。そういう話が、噂では……」


 


 リアは思わず視線を落とした。

 せっかくリゼが“自分の意思”で外に出られるようになったばかりなのに――その生活を“正しさ”の名のもとに壊されるかもしれない。


 


◇ ◇ ◇


 


 そして、昼過ぎ。

 館の正門に、一台の馬車が停まった。


 紋章は紫銀の翼と蔦の絡んだ杖。

 それは王都の【医術院直属視察官】の象徴――つまり、“現場に口を出す力”を持つ人間が来たということだ。


 


「ご紹介いたします。王都医術院所属、ソリル・ヴァイン様です」


 案内に現れたのは、二十代後半ほどの、整った顔立ちの青年だった。

 淡い金髪を結い、淡紫の礼装を身にまとっている。全身から“育ちの良さ”と“理知的な自信”が滲み出ていた。


 


「お初にお目にかかります。医術院・上級書記官のソリルと申します。

 噂は王都でも聞き及んでおりますよ――“薬草で少女を癒す異邦の料理人”、ユウト殿」


 柔らかな笑みを浮かべつつも、目の奥は計算高く光っている。


「……お手柔らかに願いたいですね、ソリル殿」


「もちろん。私の目的は“成果の観察”と“将来的な可能性の確認”のみ。

 ですが……その結果、王都の管理下に移していただくのが最良であると判断された場合は――」


「“本人の意思があれば”、ですね?」


「……ええ。建前上は、もちろん」


 


 その一瞬、場の空気が静かに冷えた。

 レナも、リアも、言葉を挟めずにいた。


 


 だが、その空気を破ったのは――当のリゼ本人だった。


「ソリル様。お久しぶりです」


 ゆっくりと歩いてきたリゼは、堂々と視線を向けていた。

 昨日の“外出”が彼女の中の何かを変えたのだと、誰もが直感した。


「療養の一環で、今日は“ご挨拶”だけの予定だったのですが……よろしいでしょうか?」


「もちろん。あのリゼ嬢がここまで回復されているとは、正直、想定外でした。

 ユウト殿の食事療法、並びに環境調整の効果……いずれも驚嘆に値します」


 


 ソリルは微笑んだまま言葉を続ける。


「――ですが、その回復が“運による一時的なもの”である可能性も、我々は否定できません。

 故に今後の施療方針については、王都側から正式な“医学的評価”を出させていただく必要があります」


 


 ユウトは一歩、前に出た。


「俺のやっていることは、医学というよりは“生活”の積み重ねです。

 数字や文書にはなりにくいこともありますが……結果が全て、というのなら、それを見ていただければ」


「そのつもりで参りました。ご安心を」


 


 言葉は柔らかく、表情も優雅だったが――

 その裏には、圧倒的な“正当性”の力が潜んでいた。


 


◇ ◇ ◇


 


 夕刻、食事の席にて。

 ソリルも同席の上、ユウトの用意した療養食が並べられた。


 白身魚のハーブ焼き、消化促進スープ、低糖の果実コンポート。

 薬効と味の両立を意識した献立だった。


 


「……これは、ただの食事ではありませんね」

 ソリルはフォークを置き、真面目な表情で呟いた。


「リンドレアとセリカ、それにオルンミントをこの配分で使うとは……体内の熱循環に配慮されている。これは王都の薬術院でも新しい発想です」


「料理の世界では、香りも熱も“気配”として捉えますからね。食べる相手の顔を見ないと成立しない部分なんです」


「なるほど……“理屈では測れない施療”。確かに面白い」


 


 その後、数時間に渡る質疑応答が行われ、ユウトとソリルは“静かな戦場”を言葉で渡り合った。


 その間、リアはただ静かに見守っていた。

 ――自分が知らない世界の“最前線”に、ユウトが立っている。


 怖くはなかった。ただ、強く思った。


(……私も、ああなりたい)


(誰かを守る側に、立てるようになりたい)


 


◇ ◇ ◇


 


 夜、ソリルは館の離れの部屋へと下がった。

 レナとユウトが短く打ち合わせをし、リアとリゼは二人きりでテラスにいた。


「ねえ、リア」


「うん?」


「……もし、王都に行ける機会があったら……あなたは、行きたいと思う?」


「……ちょっと、怖い。

 でも、ユウトが行くなら、私も行きたい。

 私……この世界のこと、もっと見てみたいって、思ってるから」


 


 リゼは、わずかに笑った。

 夕風がその白金の髪を揺らしていく。


「私も、そう思うかもしれない。……もう少し、歩けるようになったら」


「その時は、一緒に行こう」


「うん、絶対」


 


 ふたりの少女の視線の先には、館の外、闇に沈む広い世界があった。

 その先には――きっと、まだ見ぬ希望と、試練と、そして新たな出会いが待っている。

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