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第10話「旅のはじまりと、少女の緊張」

翌朝、ラグノルの空はどこまでも澄んでいた。

 軽やかな風が吹き抜ける街路。石畳には朝露が残り、通りに面した商店の布看板がはためいている。


 この街での暮らしにも、少しずつ馴染み始めていた――

 そう感じていた矢先に届いた、メルディナ家からの推薦依頼。

 その報せは、“停滞していた時間”を静かに押し出してくれる、そんなものだった。


 


「よし、これで最低限の支度は整ったな」


 革の簡易バックパックには、保存食、飲料用の水筒、携帯用調理器具、応急処置用の薬草セット。

 道中での野営も想定し、ギルドで貸し出された簡易テントもまとめて収納した。


 リアの荷物は最小限に抑えられていたが、ノートと筆記用具はしっかりと入っている。

 彼女の中で「学ぶこと」が、ただの義務ではなく“希望”へと変わりつつある証だった。


「……出発、なんだね」


「ああ。メルディナ領までは、徒歩で二日。途中、野営一泊になる」


「……緊張してるかも」


 リアは、マントの裾をきゅっと握った。


「無理もない。初めて“目的地”を持って旅に出るんだからな」


「うん。でも……逃げたいとは思ってない」


 その言葉に、俺は微笑み返す。


「それが大事だよ、リア」


 


◇ ◇ ◇


 


 街門を抜けると、世界が一変した。

 広がるのは、起伏のある丘陵地帯。低木が点在し、遥か先にはなだらかな山並みが続いている。


 街の喧騒とは異なる、自然の静けさがそこにあった。


「……なんか、空気がぜんぜん違う」


「街の中とは風の匂いが違うだろ? 森と土の匂いだ。……悪くないだろ」


「うん。ちょっと、わくわくする」


 


 俺たちはゆっくりと街道を進んだ。

 舗装は甘く、ところどころで地面が湿っていたり、獣の足跡が残っていたりする。


「ユウト。もし、途中で魔物が出たら……私、逃げないから」


「リア?」


「前に、スライムのとき……私、なにもできなかった。

 ユウトの腕が切れたの、見てるしかなかった。……でも今は、少しでも、戦えるようになりたい」


 


 リアは、腰に提げた短剣の柄に手を添えた。

 ギルドから貸し出された護身用の刃物。それは、彼女にとって“自立”の証でもある。


「無理はしないでくれ。でも……その気持ちは、嬉しいよ」


 彼女の瞳には、確かに“戦う覚悟”が宿っていた。


 


◇ ◇ ◇


 


 昼過ぎ、広場跡のような小さな野営地にたどり着いた。

 大きな切り株と石が点在し、誰かが焚き火をした跡もある。今夜の宿営地としては悪くない。


 焚き木を集め、火を起こす準備をする。


「……こうやって火を起こすのも、初めてだな……」


 リアが火打石をぎこちなく扱う姿を見ながら、俺は微笑む。


「最初はみんなそんなもんさ。俺だって、火起こしに30分かかったことあるしな」


「ふふ……それはユウトらしいかも」


 


 火が点いたとき、リアは小さく拍手をした。

 その表情は、どこか幼い達成感に満ちていて――それでいて、どこか誇らしげだった。


 


 俺は鍋に水を張り、乾燥野菜と塩漬け肉を放り込む。

 香草を数枚加え、風味を調えながら煮込むと、やがて夕食の匂いが周囲に広がった。


「……おいしそう。やっぱり、ユウトの料理はすごい」


「生活スキル極振りだからな。戦えない代わりに、飯と寝床は任せとけ」


「……うん。ユウトと一緒なら、どこでも生きていけそう」


 


 その言葉は、冗談めかしていたけれど、どこか真実を含んでいた。

 火の揺らめきのなかで交わされる言葉には、不思議な温度がある。


 


◇ ◇ ◇


 


 食後、リアはノートを広げ、草木のスケッチを始めた。

 見た植物を描き、それに効能を書き加える。旅の記録でもあり、学びの記録でもある。


「……ねぇ、ユウト」


「ん?」


「私、きっと……この旅が終わったら、“本当に強くなれた”って思える気がする。

 前は、ただ怖くて、誰かの後ろに隠れてたけど……今は、ちゃんと歩いてるから」


「……ああ。そう思えるなら、それはもう“変わった証拠”だよ」


 リアは、目を細めて笑った。


「ありがとう。……私、ユウトに出会えて、ほんとによかった」


 


 夜空に星が滲む頃、焚き火の火を落とす。


 木々のざわめきと虫の声が、まるでこの“静かな変化”を祝福してくれているようだった。

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