扼殺
彼の指先は、最初からずっと優しかった。
あの晩も、まるでガラス細工を撫でるように私の肩に触れた。
「痛くない?」
その問いがどれほど嬉しかったか、もうきっと伝えられない。
私は首を振って、彼の手を握った。彼が私に触れるたび、体の奥で、何かが灯るようだった。
怖くなかった。恥ずかしくもなかった。ただ、彼がそこにいてくれた。それだけで。
ねえ、知ってる?
キスって、最初の一回目より、二回目のほうが深くなるんだよ。
呼吸のリズムが合って、心がほどけていって、身体が勝手に記憶して。
彼の吐息が耳にかかるたび、私は世界が終わってもいいって思った。
「もう少しだけ、強くしていい?」
彼が首筋に唇を這わせながらそう言ったとき、私はうんって言った。
その「うん」は、合図だった。鍵だった。彼の中の何かを開けてしまった。
次の瞬間、彼の手が私の喉に回った。締まる感覚。
でも、怖くなかった。本当に。
彼が私の名前を何度も呼んでくれていたから。
ちゃんと、愛されてるって思えたから。
あの夜、窓の外には雨が降っていて、カーテン越しに薄青い光が揺れていた。
シーツの皺と、ベッドの軋む音と、彼の低い声と、それだけで世界は完結してた。
時間の感覚も、重力も、消えていって、私はどんどん溶けていった。
息が、しづらくなった。
だけど、もうちょっとだけこのままでいたかった。
このまま、彼の中で全部なくなってしまいたかった。
私は彼にすべてをあげたかった。心も、身体も、呼吸も、鼓動も——。
彼と私がひとつに混ざりあった時さらに力は強くなった。私を愛してくれているんだと、そう強く思えた。混ざり合えば混ざるほど彼とひとつになれた気がして嬉しかった。たくさんの口付けをして身体をからませた。
もうダメ。彼がそういった時私も彼も絶頂を迎えた。力強く抱締められた。首を。その時は気持ち良ささえ芽生えていた。
ねえ、ママ。
さっき、ドアをノックしたよね。
心配してるの、わかってるよ。
「友梨奈あんた昨日から部屋から出てこないけど……大丈夫なの?」って。
ねえ、ママ。ごめんね。
玄関の鍵が開いた音がして、バタバタと急ぐ足音が近づいてくる。
部屋の扉が開いたとき、母は小さく叫んだ。
ベッドの上、乱れたシーツの中で、少女はまるで眠るように静かに横たわっていた。
窓からの光に、少し青ざめた唇が映えていた。
翌日のニュースには私の名前が載っていた。
「被害者は村島友梨奈さん21歳。都内の大学に通う学生だそう。死因は扼殺。首を絞められた跡があり、服を脱がされて殺されてる状況から、強制性交等罪及び強姦致死傷罪として捜査をしているとの事です」