企業と連携した柔軟な働き方の試験導入に関する描写をじっくりと進めていきます。悠人と葵が市役所や企業と交渉しながら、現実的な課題と向き合う様子を丁寧に描いていきます。
第6章 試験プログラムの始動(続き)
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翌日、悠人と葵は陽乃市役所を訪れていた。
応接室には、陽乃市の市長・真鍋啓介と、市の産業振興課の担当者が揃っていた。
「企業と連携した柔軟な働き方の試験導入、ですか……」
真鍋市長は腕を組み、じっくりと話を聞いていた。
葵が資料を広げながら説明を始める。
「はい。現在、陽乃市では育児支援の充実を図っていますが、働く親が十分に子どもと向き合える時間を確保するためには、育児だけでなく、働き方そのものを見直す必要があると考えています」
「確かに、一理ありますね」
市長が資料に目を落としながら頷く。
「例えば、在宅勤務の推進、短時間勤務制度の柔軟化、フレックスタイムの拡充などを、市内の企業と連携して試験的に導入できればと考えています」
葵の提案に、産業振興課の担当者が慎重な表情を浮かべた。
「ただ、企業側の理解を得るのは容易ではないかもしれません。人手不足の問題もありますし……」
悠人がそこで口を開く。
「だからこそ、まずはモデル企業を募って、小規模な試験運用から始めるのが現実的だと思います」
「モデル企業?」
真鍋市長が顔を上げた。
「はい。すべての企業に一斉導入を求めるのではなく、まずは改革に前向きな企業数社に協力してもらい、効果を検証するのが良いかと」
「なるほど……」
悠人の言葉に、市長はしばらく考え込んだ。
陽乃市は未来創生特区として注目されているが、新たな制度を導入するには、慎重な検討が必要だった。
しかし、育児と仕事の両立は少子化対策の鍵となる問題だ。
市長は意を決したように頷いた。
「分かりました。市としても、このプロジェクトをサポートしましょう。モデル企業の選定に協力し、制度設計を進めます」
「ありがとうございます!」
葵が安堵の表情を浮かべた。
悠人も静かに頷く。
こうして、企業と連携した柔軟な働き方の試験導入が、具体的に動き始めたのだった。
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市役所との会談を終えた悠人と葵は、次に市内の企業にアプローチを始めた。
まず訪れたのは、陽乃市に本社を置く**中堅IT企業「ネクサス・ソリューションズ」**だった。
ネクサス・ソリューションズは、比較的若い社員が多く、リモートワークやフレックスタイムなど、柔軟な働き方を取り入れ始めている企業だった。
「なるほど……育児支援と働き方改革を組み合わせた新しい試み、ですね」
社長の佐伯信一は、興味深そうに資料をめくった。
悠人が前に乗り出す。
「はい。御社はすでに在宅勤務制度を一部導入されていますよね? それをもう少し育児と両立しやすい形に拡充できれば、働く親にとって大きなメリットになると思います」
佐伯社長は考え込むように眉を寄せた。
「確かに、在宅勤務を増やすのは理想的ですが、生産性の低下や業務の進行管理といった課題もあります。その辺りのバランスをどう取るかが重要ですね」
悠人は頷いた。
「そこで、試験導入の段階では、一定のガイドラインを設けることを考えています。例えば、業務の進捗管理を強化するツールを活用したり、週に何日かはオフィス勤務を義務付けるなどのルールを設けることで、柔軟性と業務効率のバランスを取ることができます」
佐伯社長はしばらく考えた後、微笑んだ。
「……面白いですね。よし、うちもモデル企業として協力しましょう」
「本当ですか?」
葵の表情が明るくなる。
「ええ。企業としても、働きやすい環境を整えることは、結果的に社員の定着率向上や優秀な人材の確保につながりますからね」
こうして、陽乃市での新たな試みが、企業の協力を得て少しずつ形になり始めた。
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それから数週間、悠人と葵は奔走し、ネクサス・ソリューションズをはじめとする計3社の協力を取り付けることに成功した。
試験導入の枠組みは以下のように定められた。
✅ 在宅勤務の試験拡大:育児中の社員を対象に、週3日まで在宅勤務を許可
✅ 短時間勤務制度の柔軟化:必要に応じて、勤務時間を細かく調整可能に
✅ フレックスタイムの導入:コアタイムを短縮し、勤務時間の選択肢を増やす
そして、市役所の協力のもと、試験導入の詳細が正式に発表された。
市の広報誌やニュースでも取り上げられ、陽乃市の取り組みは少しずつ注目を集め始めた。
しかし、その一方で、反発の声も上がり始める。
「企業に負担を強いるだけでは?」
「育児中の社員ばかり優遇されるのは不公平では?」
「こんな制度が全国に広がったら、日本の競争力が落ちるのでは?」
ネットや新聞の意見欄では、賛否両論が巻き起こっていた。
そして、それはやがて、陽乃市の行政を巻き込んだ大きな議論へと発展していくのだった——。
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【第6章 続く】
今回は、企業との連携による柔軟な働き方の試験導入が始動する様子を描きました。
次回は、試験導入の進行とともに、社会的な反発や企業内の葛藤をじっくり描いていきます。