**第6章「試験プログラムの始動」**では、悠人と葵が考えた育児支援の新しい仕組みが実際に動き出し、その中で直面する課題や人々の反応を丁寧に描いていきます。
第6章 試験プログラムの始動
1
陽乃市の朝は、いつも澄んだ空気に包まれている。
支援センターの窓から見える街並みは整然としており、公園では子どもたちが元気に遊び、保護者たちは笑顔で談笑していた。
しかし、その一方で、悠人と葵の前には、これから乗り越えなければならない課題が山積みだった。
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「このプロジェクト、上手くいくと思いますか?」
会議室で企画書を手にしながら、悠人は葵に尋ねた。
「成功させなきゃ意味がないですよね」
葵は真剣な表情で答えた。
「でも、最初から完璧にやろうとすると失敗します。だから、まずは小さな試験プログラムから始めて、実際のデータを集めて改善していくんです」
「なるほど……確かに、実証データをもとにすれば、市の予算を獲得しやすくなりますね」
悠人は企画書に目を落としながら、静かに考えを巡らせた。
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今回の試験プログラムは、三つの柱で構成されていた。
① 親子共同の食育ワークショップ
→ 親と子どもが一緒に料理を作り、食の大切さを学ぶ。家庭でも簡単に実践できる内容にする。
② 地域参加型の育児支援プログラム
→ 高齢者や地域住民が子どもたちの遊び相手や学びのサポートをすることで、世代間交流を促進。
③ 働く親のための柔軟な育児支援制度の試験導入
→ 企業と連携し、在宅ワークやフレックスタイムを活用した新しいワークライフバランスの実験を行う。
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「一つずつ確実に進めていきましょう」
葵はそう言って、静かに拳を握った。
「まずは、親子共同の食育ワークショップから始めます」
「それなら、俺も現場を見に行きます」
悠人はスーツの袖を軽くまくりながら言った。
「あなた、料理なんてするんですか?」
「……まぁ、見る専門ですが」
「ふふ、なら少しは手伝ってもらいますよ」
葵は微笑みながら、準備のために動き出した。
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2
食育ワークショップは、市内の公民館で開かれた。
参加者は、幼児から小学生までの子どもとその親たち。事前に募集したところ、予想を上回る応募があったため、急遽、会場の広さを調整して対応することになった。
「すごい……想像以上に反響が大きいですね」
悠人は、会場の入口で熱気に満ちた雰囲気を感じながら呟いた。
「やっぱり、親も子どもと一緒に何かをする機会を求めていたんですね」
葵も感慨深げに会場を見渡す。
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ワークショップでは、簡単な料理を作ることから始まった。
この日のメニューは、**「手作りおにぎりと味噌汁」**だった。
「おにぎりって、ただのご飯じゃないんですよ」
葵は、前に立って参加者たちに語りかけた。
「親が子どもに作ってあげるおにぎりは、子どもにとって特別なものです。形や大きさ、味つけに親の愛情が詰まっています。だからこそ、一緒に作ることで、大切な思い出になるんです」
子どもたちは、興味津々に葵の話を聞きながら、おにぎりを握る手つきを真似していた。
悠人は、少し離れた場所からその様子を眺めていた。
「……こういうのって、案外いいもんですね」
そう呟いた彼の表情は、どこか穏やかだった。
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【第6章 続く】
この章では、悠人と葵のプロジェクトが実際に動き出し、最初の試験プログラムとして「親子共同の食育ワークショップ」を実施する様子を描きました。
次回は、このワークショップの結果や参加者の反応、そして新たな課題について深く掘り下げていきます。