62 見えざる反発
62 見えざる反発
陽乃市役所の一室で、試験導入の次なるステップに向けた会議が開かれていた。
「企業側へのインセンティブを強化することで、導入へのハードルを下げることができます」
悠人が示した資料には、補助金制度や税制優遇の案が並んでいた。
「ただし、これを実現するには、政府の追加予算が不可欠です」
「なるほど……」
市長の真鍋は腕を組み、深く考え込んだ。
「今のところ、政府側の反応はどうなっている?」
「担当部署とすでに数回調整を行っていますが……」
葵が、やや歯切れ悪く答えた。
「政府内でも意見が割れているようです。少子化対策としての意義は理解されているものの、予算を大幅に増やすことに慎重な声も多いと」
「まあ、そうだろうな」
真鍋は苦笑した。
「ただでさえ財政は逼迫している。少子化対策は重要課題だが、目に見える即効性があるわけではない。予算を引き出すには、さらに強い根拠が必要になるだろう」
「例えば、どういうものが必要ですか?」
「具体的なデータだよ。試験導入によってどれだけの効果が出たかを、明確な数字で示すことだ」
悠人と葵は頷いた。
「そうですね……。企業側の労働生産性の変化や、従業員満足度の向上などを数値化できれば、交渉の材料になります」
「その通りだ。ただし……」
真鍋の表情が険しくなった。
「どうやら、一部の政治家や財界の中に、この制度自体を快く思わない勢力がいるらしい」
「……!」
悠人と葵は驚いた。
「つまり、反対派が動き出しているということですか?」
「そういうことだ。特に、従来の働き方を重視する保守派の経済界の一部が、この制度に否定的な意見を持っている」
真鍋は手元の資料をめくった。
「先日の会合でも、ある経済団体の代表が『このような制度は企業の競争力を削ぐ』と批判していたそうだ」
「……彼らは、どのような対策を取ろうとしているのでしょうか?」
「まだはっきりとは分からないが、制度の足を引っ張るような圧力を政府にかける可能性がある」
悠人は苦々しい表情になった。
「つまり、試験導入の結果が良くても、政治的な理由で潰される可能性がある……ということですね」
「そういうことだ。しかし、我々が諦める理由にはならない」
真鍋の目が鋭く光る。
「むしろ、ここからが本当の勝負だ」
悠人と葵も、改めて覚悟を決めた。
「まずは、データの収集を急ぎましょう」
「ええ。そして、政府への交渉も並行して進める必要がありますね」
しかし、この時、彼らはまだ知らなかった。
すでに、裏では彼らの動きを阻止しようとする勢力が、具体的な行動を起こし始めていることを——。
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次回は、反対勢力の暗躍と、悠人たちが直面する新たな壁をじっくり描きながら、物語を進めていきます。




