60 新たな視点
60 新たな視点
森山製作所でのヒアリングを終えた翌日、悠人と葵は市役所の会議室で試験導入の報告会に出席していた。
報告会には、市の担当者や、すでに試験導入を進めている企業の代表者たちが集まっている。
「では、まずはこれまでの試験導入の経過について報告をお願いします」
進行役の担当者が促すと、悠人が立ち上がった。
「試験導入が始まってから約半年が経ちました。現在、市内の15社が柔軟な働き方の試験導入を進めています。導入後の調査によると、育児中の社員や介護を担う社員からは『非常に助かっている』という声が多く聞かれています」
スクリーンに映し出されたグラフを指しながら、悠人は続けた。
「しかし、その一方で『負担が偏っている』という現場の声も多く聞かれました。特に独身の社員や、子育てを終えたベテラン社員からは『なぜ一部の人だけが恩恵を受けるのか』という疑問の声も上がっています」
会場内に静かなざわめきが広がった。
企業代表の一人、大手メーカーの人事部長・井上が手を挙げた。
「たしかに、育児支援や介護支援は重要ですが、それだけでは企業全体のバランスが崩れてしまう可能性もあります。我々の会社でも、時短勤務の社員が増える一方で、残業が増える社員が出てきているのが現状です」
「ええ。その問題について、私たちはすべての社員にとってメリットのある仕組みが必要だと考えています」
「具体的には?」
「例えば、時短勤務やテレワークを育児や介護に限定せず、すべての社員が利用できる制度にするという方法です。スキルアップのための学習時間や、副業との両立を認めることで、より多くの社員が柔軟な働き方を選べるようにするのです」
悠人の言葉に、一部の企業代表が頷いた。
「なるほど……確かに、特定の層だけが恩恵を受ける制度ではなく、誰もが活用できる仕組みにすれば、不満も減るかもしれませんね」
別の企業の代表が言葉を継いだ。
「ですが、それを実現するには、組織全体の業務フローを見直す必要があります。我々の会社では、すでにフレックスタイムを導入していますが、やはり現場の混乱が課題になっています」
「おっしゃる通りです。そのためには、単に制度を導入するだけでなく、企業文化そのものを変えていくことが必要になります」
「企業文化……」
井上が少し考え込んだように呟いた。
「たとえば、日本の企業では長時間労働が美徳とされがちですが、それを是正し、効率的な働き方を評価する文化を根付かせる必要があります。そのためには、評価制度の見直しや、チームごとの業務管理の最適化が欠かせません」
「評価制度……」
その言葉に、市の担当者がメモを取りながら質問した。
「具体的に、どのような評価制度の見直しが必要になるのでしょうか?」
「例えば、労働時間の長さではなく、成果や効率性を重視した評価制度を導入することです。短時間で成果を出せる社員が正当に評価される仕組みを作ることで、長時間働くことが当たり前ではなくなる」
「なるほど、それならば公平性が保たれますね」
「ええ。そしてもう一つ、企業側のインセンティブも重要です。たとえば、柔軟な働き方を導入して生産性を向上させた企業に対して、市として何らかの支援を行うことも検討できるのではないでしょうか」
市の担当者が大きく頷いた。
「それは面白い考えですね。たしかに、企業側にとってもメリットがあれば、より積極的に導入を進められるかもしれません」
「ええ。企業が積極的に取り組むことで、社員の満足度が向上し、結果として離職率の低下や人材の定着にもつながるはずです」
「ふむ……それはたしかに有益ですね」
会場の空気が変わった。
当初は「負担が偏るのではないか」という懸念が多かったが、話が進むにつれ、「すべての社員が恩恵を受けられる形にすれば、より公平で持続可能な制度になる」という方向性が見えてきた。
悠人と葵は、手応えを感じながら意見交換を続けた——。
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