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未来の約束  作者: 蔭翁
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**第3章「陽乃市の日常」**として、悠人が実際にこの街での生活を始め、人々との関わりを通して「理想の裏側」を少しずつ感じ取っていく流れを描いていきます。

第3章 陽乃市の日常


1


 陽乃市に来て三日目。


 悠人は、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 ホテルの窓から見下ろすと、すでに街は動き始めていた。緑豊かな遊歩道を歩く親子、電動キックボードで通勤するビジネスマン、そしてAI搭載の配達ドローンが静かに空を飛んでいる。


 「完璧に整備された街……まるで近未来映画のワンシーンみたいだな」


 悠人は、カーテンを閉じると、ベッドサイドのスマートフォンに手を伸ばした。


 すると、画面には未読のメッセージが表示されていた。


 ——「10:00に市役所へ。陽乃市の生活支援制度について説明します。高瀬葵」


 「高瀬葵……?」


 どこかで聞いた名前だと思ったが、すぐには思い出せなかった。


 とにかく、今日から本格的にこの街の実態を知ることになる。悠人は、シャワーを浴び、身支度を整えると、市役所へと向かった。



---


2


 陽乃市役所は、市の中心にあるガラス張りの近代的な建物だった。


 入口を入ると、すぐにAI案内ロボットが駆け寄ってきた。


 「深澤悠人様ですね。本日10:00のご予約を確認しました。3階の会議室へお進みください」


 流暢な女性の声。画面には、悠人の顔写真とスケジュールが表示されている。


 「……便利なもんだな」


 悠人は、エレベーターで3階へと上がると、会議室の扉をノックした。


 「どうぞ」


 中から聞こえたのは、落ち着いた女性の声だった。


 ドアを開けると、一人の女性が悠人を待っていた。


 高瀬葵。30歳。陽乃市の育児支援プロジェクトの担当者。


 彼女は、シンプルな白いブラウスに黒のパンツという落ち着いた服装だったが、どこか柔らかい雰囲気をまとっていた。


 「はじめまして。深澤さんですね?」


 そう言って差し出された手を、悠人は軽く握った。


 「高瀬さん……どこかでお名前を聞いた気がしますが」


 「ああ、もしかすると……私、以前、テレビの特集番組に出たことがあるんです」


 「……ああ!」


 悠人は思い出した。


 以前、出張先のホテルでたまたま見た**『未来を創る街・陽乃市』**というドキュメンタリー。


 その中で、シングルマザーとして双子を育てながら、育児支援の新制度を作ろうと奮闘する女性が紹介されていた。


 「なるほど、あの番組に出ていたのが……」


 悠人が言いかけると、葵は微笑んだ。


 「ええ、恥ずかしながら」


 彼女はテーブルの資料を手に取ると、悠人の方を向いた。


 「今日は、陽乃市の育児支援制度について説明しますね。実際に住んでみて、気になる点もあると思うので、どんどん質問してください」


 悠人は椅子に腰を下ろし、静かに彼女の話を聞き始めた。



---


3


 「陽乃市の最大の特徴は、育児と仕事の完全両立が可能な環境を実現していることです」


 葵は、そう前置きすると、ホワイトボードにサラサラと図を描いていく。


 「まず、陽乃市では、すべての子どもが完全無料で保育・教育を受けられます。これは0歳から18歳まで続き、学費や給食費、教材費なども一切かかりません」


 「無料……財源は?」


 悠人が即座に問いかけると、葵は頷いた。


 「主に国の特別予算と、陽乃市が独自に設けた『未来基金』によって運営されています。この基金は、企業からの寄付や、政府の補助金を活用していて……」


 「つまり、税金と企業の協力によって成り立っていると」


 「ええ。ただし、陽乃市では企業が独自の育児支援制度を持つことが義務付けられています。たとえば、企業側が社員の子どもを育てるための追加支援を行うことで、税制優遇を受けられる仕組みになっています」


 悠人は腕を組み、考え込んだ。


 「なるほど……合理的なシステムですね」


 「そうでしょう?」


 葵は少し得意げに微笑んだ。


 「でも、本当にうまく機能しているんですか?」


 悠人がそう問うと、葵の笑顔が少し曇った。


 「……正直に言うと、課題もあります」


 彼女は、静かに続けた。


 「この制度は、まだ試験運用の段階。陽乃市は確かに育児しやすい環境を整えました。でも、全員が満足しているわけではないんです」


 「どういうことです?」


 「例えば——」


 葵は少し躊躇したあと、言葉を選びながら話し始めた。


 「この街では、育児の負担が軽減される一方で、逆に『育児をしない親』も出てきてしまっているんです」


 「……?」


 悠人は眉をひそめた。


 「AIに任せれば、育児のほとんどが済んでしまう。それが便利すぎるがゆえに、親が積極的に子どもと関わろうとしなくなるケースが増えているんです」


 葵はため息をついた。


 「子どもは確かに安全に育てられています。でも、親子の関係が希薄になってしまっている家庭もあるんです」


 悠人は、その言葉を噛みしめるようにゆっくりと頷いた。


 「便利すぎることの弊害……か」


 陽乃市の育児支援制度は、一見完璧に思えた。しかし、そこには新たな課題が潜んでいる。


 悠人は、この街の「理想と現実」のギャップを、少しずつ感じ始めていた。



---


【第3章 完】


この章では、悠人が陽乃市の育児支援の仕組みを知りながらも、その裏にある問題点に気づき始める流れを描きました。


次の章では、悠人が実際に住民たちと関わることで、さらに「陽乃市の現実」を深く知っていく展開にしていきます。


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