50 政府との交渉の場
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50 政府との交渉の場
会議室の空気は張り詰めていた。
都内にある政府庁舎の一室。長い楕円形の会議テーブルを囲むように、スーツ姿の官僚たちが座っている。陽乃市の代表として、悠人と葵、そして市長の真鍋が出席していた。
「本日は、陽乃市における“未来創生特区”の進捗報告をお願いいたします」
政府の少子化対策本部の担当官、**牧村達也**が口火を切った。40代後半の男で、冷静かつ厳格な雰囲気を持っている。
「分かりました」
悠人がノートPCを開き、資料をプロジェクターに映す。
「まず、陽乃市の出生率についてですが、2029年の0.94から、2035年には1.42へと上昇しました。この数値だけを見れば、確かに成果が出ていると言えるでしょう」
官僚たちの間に軽いざわめきが走る。
「しかし、私たちはここで満足するつもりはありません。出生率の上昇が、本当に“持続可能な形”であるのか、慎重に検証する必要があります」
悠人はスライドを切り替えた。そこには、先日の市民集会で集めた意見が要約されていた。
無料保育サービスの恩恵は大きいが、柔軟性が求められている
地域ボランティアの負担が増加し、持続可能性に課題がある
外国人家庭向けの支援が不十分
「これらの意見を踏まえ、私たちは単なる出生率の上昇ではなく、“子育てしやすい社会”を数値化する新たな指標を作成しました」
悠人は新しいスライドを提示した。そこには、いくつかの新たな評価基準が並んでいる。
1. 育児負担軽減指数(子育て世帯の負担感をアンケートで測定)
2. 住み続けたい度指数(居住継続希望率の調査)
3. 育児支援充足度(保育や支援の利用満足度)
官僚たちがメモを取り始めた。牧村も興味を示しているようだった。
「出生率だけでは、本当に持続可能な社会かどうかは判断できません。我々は、こうした“生活実感”を測ることで、より現実に即した評価を行うべきだと考えます」
「ふむ……興味深い提案ですね」
牧村が腕を組み、しばらく考え込んだ。そして、慎重な口調で言葉を続ける。
「しかし、それらの指標が実際に有効であるかどうか、政府としても慎重に判断する必要があります。陽乃市単独の取り組みで終わるのではなく、全国展開の可能性を見据えた場合、本当に機能する指標なのか、さらにデータを蓄積していただきたい」
「承知しました」
悠人は一歩も引かず、堂々と答えた。
「では、今後半年間かけて、これらの指標を詳細に分析し、政府に報告する形でよろしいでしょうか?」
「その方向で検討しましょう」
交渉は一歩前進した。
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51 会議後の余韻
会議が終わり、悠人と葵は庁舎を出た。外はすでに夕暮れが迫っていた。
「……ふぅ」
悠人が長い息を吐く。
「お疲れ様です」
葵が隣で微笑む。
「思ったよりスムーズでしたね」
「そうだな。でも、まだ“課題の整理”が進んだだけだ」
「それでも、国と正式に協議できるのは大きいですよ」
葵は嬉しそうに言う。
「次は、しっかりデータを取って、実際に証明しなきゃいけませんね」
「そのためにも、もう一度、陽乃市の現場を回ろう」
悠人は力強く言った。
少しずつ、しかし確実に、未来は形を成し始めていた——。
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